1064 剣神vs剣狂い
「閃華迅雷……剣神化」
フランの全身が黒雷と神気に包まれる。ヴァルーザほどの男であれば、今のフランがどれほど強いかしっかり理解できているはずだろう。
しかし、ヴァルーザの顔には、今まで以上に楽しそうな表情が浮かんでる。
「素晴らしい! 王に達していたか!」
「いく」
「こい!」
剣神を降ろしたフランが、跳んだ。
相変わらず前兆を感じさせない挙動で、静かにヴァルーザとの距離を縮める。
放たれる一閃は、鋭さを突き詰めた神速の一撃だった。
だが、ヴァルーザは反応している。自らの魔剣を俺の斬線に割り込ませると、その一撃を何とか受けてみせたのだ。
俺だけではなく、フランでさえ驚いたのが分かる。
剣神化中に繰り出した必殺の一撃が決まらなかったのは、初めてなんじゃないか? 倒しきれないことや、再生されたことはあるが、剣で受けられたのは初めてだった。
だが、剣の神は冷静で、残酷だ。
ヴァルーザが全身全霊で受け止めた斬撃を、再度放っていた。
すでに、ヴァルーザにはそれを受けるだけの余裕は残っていない。なんとか反応はできたが、今度は剣ごと斬り伏せられていた。
俺の刀身がヴァルーザの胴を薙ぎ、赤い血が刃を濡らす。それに対しフランは、折れ飛んだ切先が掠り、頬が僅かに斬れただけであった。
神属性の傷は再生せず、ヴァルーザの長身が地面に倒れ込む。灰色の髪を自身の血で汚しながら、ヴァルーザがフランを見上げた。
「感謝、するぞ。最後に、自分の道が間違っていなかったと知れた」
「……そう」
「剣の神を、驚かせたのだ。才が頭打ちになっても、諦めなかったかいがあるというもの……」
剣に狂っている割には、剣聖術のレベルが4というのは、低いとは思っていたのだ。どうやら、これ以上スキルレベルが上がらない、限界へと達してしまっていたらしい。
それでも鍛え続けた結果、剣王とやり合えたのだから、満足なのかもしれない。
「……レイドス軍は、外に出ている侵略軍など、所詮は使い捨て……。守護者たちこそ、真の精兵。その長は怪物、だ……」
「赤騎士?」
「ほう……知って、いたか。そうだ。せいぜい、気を、付けろ……」
「ん」
「はははは……いい、死合いだ、ったなぁ」
ヴァルーザはそう言って、満足げな顔で事切れた。
そんな男を見下ろすフランの顔は、どこか神妙だ。数秒ほど見つめていたかと思うと、コクリと頷く。
「勉強になった」
『ああ、そうだな』
「スキルに頼りきりじゃ、ダメ」
剣をより鍛えねばならないと、決意を新たにしたらしい。
「……師匠、いこう」
『おう』
ヴァルーザの遺体を、砕けた魔剣ごと大地魔術で地面に埋めると、フランはその場から背を向けた。
駆け足で広場に戻ると、そこにはもう誰も残っていない。ウルシが上手く脱出させてくれたようだ。
そのままウルシの魔力を頼りに後を追うと、もう少しで大手門という場所で皆に追いつくことができた。大勢が武装しているが、これは事前にウルシに渡して置いた、レイドス兵から奪った武器である。ちゃんと、渡してくれたようだ。
「フランさん!」
「シャルロッテ! だいじょぶ?」
「はい。今はなんとも。フランさんは大丈夫なんですか?」
「ん! へいき」
シャルロッテが心配そうな顔で、駆け寄ってくる。ヴァルーザの強さを間近で感じ、フランのことを案じてくれていたらしい。
フランの無事を確認し、胸を撫で下ろしている。
町の門には当然レイドス兵がいるが、そこはフランとウルシが蹴散らして終了だ。想定より多かったのは、港から逃げ出してきた兵士がいたからだろう。
とりあえず、仲間がいるはずの場所へと逃げこんでいたらしい。フランの姿を見て、悲鳴を上げていたのだ。
閉められていた門を魔術で吹き飛ばし、ダーズから脱出する。ただ、足を止めてしまう者たちもいた。
これから歩きで近隣の町へ移動すると聞かされ、気力が尽きたのだろう。傷はフランの魔術で治っても、肉体的、精神的疲労は残ったままだし、空腹や渇きを訴える者もいる。
フランがいればレイドスの兵士も撃退できるし、少し休んで体力を取り戻した方がいいという者もいた。
もっと言ってしまえば、ダーズを出たくないと考えている者もいるようだ。どこまで略奪されたか分からないが、ここには彼らの家があるし、財産もある。生まれた町を脱出するというのは、勇気がいることなのだろう。
フランとウルシがいれば、ダーズをこのまま奪還できるのではないかなどと言い出す者もいた。
しかし、それは無理な相談である。フランの戦闘力を当てにしているところ悪いが、ずっとダーズに残って彼らの面倒を見続けることなどできないし、そんな義務もない。
それに、フランの最大の目的は、シャルロッテをダーズから助け出すことだ。言い方は悪いが、他の住人たちはそのついでである。
「好きにすればいい。でも、私はここには残らない」
その言葉に騒ぎ出す住人もいたが、すぐに他の者に黙らされた。まあ、大多数の人間は、脱出するしかないって分かっているんだろう。
それでも偉そうな態度で文句を言うやつはいた。どこにでも、「大多数に入らない俺、カッコいい」って感じの、実は社会性が欠如しているだけのお馬鹿さんがいるのだ。その尻馬に乗っているのは、資産家たちだろう。何とかして、自分の財産を取り戻したいのだ。
だが、フランはそんなやつらに心底興味がない。
「もういく」
「いや、だが……」
「置いていけばいい。別に、あんなのまで助けたいわけじゃない」
「そ、そうかい?」
「ん」
フランがドライで、みんなが驚いているな。そして、シャルロッテのついででしかない自分たちは、フランの気分を損ねたら見捨てられるのだと心底理解したらしい。
その後、フランの言うことなんか聞けないと言い張るお馬鹿さん数人以外は大人しくフランに従うことにしたらしく、スムーズに脱出が行われたのであった。港町の様に町へと残りたいという人も少しいたのだが、今回は全員が親族に説得されていたな。




