1063 剣士ヴァルーザ
剣士が剣を構えながら、口を開く。その顔には、紛れもない喜悦の色があった。
「俺はヴァルーザ。今は、レイドス王国西部騎士団所属だ」
「フラン。ランクB冒険者」
「そうか。この港の惨状も、お前か?」
「ん」
フランが頷くと、ヴァルーザはさらに嬉しそうに笑いだす。
「ふはははは! 見下していた冒険者にご自慢の艦隊が壊滅させられるとはな! レイドスの奴らの顔が今から見ものだな!」
「? レイドスの人間じゃないの?」
「俺は誰にも支配されん。俺の王は俺だけだ。レイドスに所属しているのは、その方が強い相手と殺し合える機会が多いからだ」
真正の戦闘狂だった! 戦闘欲さえ満たせれば、他のことはどうでもいいタイプであるようだ。
「それに、レイドスに協力すれば強くなれる。錬金術師は寿命がどうこうと言っていたが、強くなれるのであれば寿命の半分くらいくれてやっても構わん」
『こいつ、種族が亜魔人になってる。多分、マールと似たような存在だとは思うが……』
魔人鬼と何が違うのかは分からんが、レイドスの人体改造を進んで受け入れていることは間違いないようだ。
名称:ヴァルーザ 年齢:42歳
種族:亜魔人
職業:瞬閃剣士
ステータス レベル:49/99
HP:669 MP:687 腕力:458 体力:400 敏捷:678 知力:111 魔力:228 器用:328
スキル
回避:Lv8、弓技:Lv2、弓術:Lv4、気配察知:Lv7、剣技:LvMax、剣術:LvMax、剣聖技:Lv3、剣聖術:Lv4、剛力:Lv2、再生:Lv7、柔軟:Lv6、瞬発:Lv9、水泳:Lv6、水上歩行:Lv5、船上戦闘:Lv7、投擲:Lv5、登攀:Lv5、毒耐性:Lv9、反応速度上昇:Lv9、麻痺耐性:Lv7、鑑定察知、気力制御、鷹の目、痛覚鈍化、反射神経、魔力視
固有スキル:虚実斬線、閃斬
称号:殺人者、裏切り者
装備:魔剣・ソウルドレイン、海竜革の軍服、海竜革の戦靴、魔鯨の外套、水中呼吸の首輪、鷹の目の指輪
「レイドス王国の錬金術師に、体を改造されたの?」
「鑑定を使ったな? その通りだ。西と東の錬金術師の合作だとか言っていたな? 小型の魔石と、鬼人族の心臓を移植しているらしいぞ? おかげで、より強い体を手に入れた」
だからって、寿命削ってんだろ? 嬉しそうに笑う神経が理解できん。
「お前らの目的は何?」
「俺を倒したら――と言いたいところだが、どちらかは死ぬだろうしなぁ。まあ、知っていることは教えてやる。その代わり、俺と殺し合え。ああ、先に言っておく。お前の目的があの娘だけか、他にもいるかは分からんが、ここで逃げるのであれば町の者は皆殺しにするぞ?」
「……別に逃げない」
「ならばいい。なに、貴様がここで俺と殺し合うのであれば、他の者はどうでもいい。好きに逃げればいいさ」
フランが、シャルロッテだけを連れて逃げる選択肢を潰しにきたのか? 本当に戦いだけが目的であるようだ。
「この町を落としたのは、補給路の確保が主目的だ。ああ、後は陽動もあるか」
「補給と陽動?」
「フィリアースへの橋頭堡を確保するために、少数精鋭部隊がすでに出発している」
もっと内陸の、フィリアースへとしっかりと道が繋がっているいくつかの村をピックアップしているのだという。その中から、使いやすそうな村を狙って、拠点化する計画があるらしい。
その拠点化した場所への補給路を維持するため、ダーズが都合がいいのだろう。
「だが、内陸拠点への補給は、制海権さえ確保していればどうとでもなる。それよりも、クランゼルの目を引きつける方が重要だ。国内の戦力をダーズへと惹きつけ、分散させる狙いがあった」
「……その割には、強い奴がお前しかいない」
「クランゼル艦隊を滅ぼした今、水竜艦がなくとも負けはしないという計画だったのだ。まあ、お前の出現で、それも頓挫したが」
「……バルボラの艦隊も、やっつけた」
「ふはははは! それはそれは! レイドス王国にとって、まさに疫病神というやつだな!」
多分だが、ランクB以下を想定していたんだろう。ランクAは国境線に投入されているはずだから、ダーズ奪還にはそれ以下の冒険者しか投入されないと考えていたのだ。
いや、冒険者のことを下に見ているレイドス王国なら、ランクAのことも過小評価している可能性もある。
海上から砲撃を続けていれば、負けないとでも思っていたのかもしれない。
「本来は俺も橋頭堡確保部隊に入る予定だったんだが、ここで奪還にくる冒険者を相手にする方が楽しそうだと思ってなぁ。俺の勘は正しかったらしい。国境線では、入り乱れ過ぎてまともな立ち合いもできんからな」
「国境……アレッサとかの方にも、レイドス軍が襲い掛かってる?」
「そのはずだ。まあ、俺は西征公の事情しか知らんが。西征軍の最終目的はフィリアースを支配し、神剣を手に入れることだ」
ヴァルーザはそこまで語ると、剣を構えた。
「そろそろいいだろう? さあ、殺し合うぞ!」
「最後に一つ」
「なんだ?」
「シャルロッテを何に利用しようとしてた?」
「シャルロッテ? ああ、あの踊り子か? なんでも、あの手の職業には、龍脈に干渉する力があるらしいな? それを使い、フィリアースを攻撃するための魔法陣を強化するという話だったな」
「なるほど」
「生きていられたら、せいぜい今の情報を活用するといい」
「そのつもり」
「ふはははは! ではいくぞ!」
ヴァルーザがゆっくりと上段から斬りかかってくる。フランがそれを見て眉をしかめ――慌てて横に跳んだ。
「いいぞ! よく躱したな!」
(今の……!)
『多分、虚実斬線ってスキルだ!』
殺気や風切り音を再現することで、まるで本当に斬りかかっているように思わせるスキルであるようだ。その実、本当の斬撃は殺気も音も殺した、超高速の横薙ぎである。
普通に躱せそうな振り下ろしに油断したら、見えない一撃で胴が泣き別れるという質の悪い連係だった。
掠りすらしなかったのに、ヴァルーザは笑っている。むしろ、楽しくて仕方がないといった印象だ。
「くっくっく! 強くなってからというものの、同レベル以上の剣士と死合えず、無聊をかこっておったのよ。よくぞ現れてくれたな!」
ただの戦闘狂ではなく、特に剣での戦いにこだわりがあるのか。
「てやあぁぁ!」
「ふはははは! 凄まじいな! いいぞ!」
フランの一撃を往なしながら、ヴァルーザが哄笑を上げる。
「当たらない!」
「しゃぁぁ!」
ヴァルーザの剣聖術はレベル4。しかも、ステータスでもフランに劣っている。しかし、それでもフランと斬り合えていた。本当に互角だ。
フランが、あえて強化系スキルを使っていないということもあるだろう。フランの意地なのか、ステータスでのごり押しで勝つ気はないようだ。
それでも、剣王術を持つフランとやりあえているのは、異常だ。こだわるだけあって、剣のために生きてきたのだろう。
経験値が膨大で、戦闘中の引き出しが無数にあった。使いどころが難しい虚実斬線と、超神速の攻撃を放つ閃斬スキルを使いこなし、ヒヤリとする攻撃を何度も繰り出す。1度として同じパターンの攻撃はなく、対してフランの繰り出す攻撃はまるで経験したかのように対処してくるのだ。
そして、そんな相手と正面から互角以上に切り結べているフランも、また凄まじい。しっかりとスキルを使いこなすことができているのだ。
5分、10分と剣戟は続き、それでも両者は息を乱すことはない。体力はともかく、魔力の消耗も凄まじいはずである。互いに複数のスキルを同時使用し、剣に魔力を伝導させ続けているのだ。
実は、ヴァルーザの魔剣には、こちらの魔力を吸い取る能力があった。打ち合う度に、魔力を持って行かれている。しかも、奥深くから。邪神やフェンリルなどからも力を吸い取っているようだった。以前の不安定な状況だったら、悪い影響が出ていたかもしれん。
ともかく、ヴァルーザの魔力が尽きるのはまだまだ先だろう。
「いいぞいいぞ! 動きが良くなってきたんじゃないか?」
「ふふん!」
どうやら、ヴァルーザとの濃密な斬り合いを経験することで、フランの剣王術がより洗練されてきたようだ。
フランはドヤ顔で斬撃を返す。フランも、この男との斬り合いをどこか楽しんでいるらしい。だが、そんな楽しい死合いも、終りの時間を迎える。
天高く、黒い魔力弾が打ち上げられるのが見えた。
『ウルシからの合図だ!』
(……了解)
フランが軽く頷き、俺を構え直す。その動きに何かを感じたのか、ヴァルーザも仕切り直すように足を止める。
「……終わりか?」
「終わらせる」
「残念だ。だが、簡単に倒せるとは思わんことだ!」
「……本気でいく」




