1060 砕かれる軍隊
フランが俺を振るう度に何人ものレイドス兵が命を散らし、俺の放つ魔術が人間を火だるまに変える。
対するフランは魔力を消耗するだけで、毛ほどの傷すら負っていなかった。
一方的な戦闘に見えるが、実は兵士の質は悪くない。集団戦闘の練度はそれなりである。多分、ある程度情報のある魔獣相手であれば、持ち味を発揮するのではなかろうか?
攻撃を前衛で受け止めつつ、周囲の槍や弓部隊がダメージを与えるという戦法だ。
それに、精神面も鍛えているようだった。命を捨ててでもフランを倒そうとする気概の持ち主も、かなりいたのである。
だが、今回はレイドス兵にとって、悪い条件が重なり過ぎていた。
港という狭い場所での戦いであるうえ、バラバラに港に到着するせいで、隊列が上手く組めないのだ。しかも、指揮系統が混乱しているように感じる。
どうも、俺たちが捕まえた指揮官が、この場所での最高指揮官であったらしい。その引継ぎができない内に戦闘が始まったため、混乱が続いているようだった。
そして、最大の問題は、フランが強すぎることだった。
「助けてくれぇぇぇ!」
「ぎいいぃぃぃぃぃぃ!」
「お母ちゃぁぁぁぁん!」
レイドスの兵士たちがどれだけ頑張ろうとも、鎧袖一触。凄まじい勢いで兵士が斬り捨てられ、千切れ飛んでいくのだ。対して、レイドス側からの攻撃は、全く通用しない。回避能力が凄まじいし、当たってもあっさりと障壁で弾かれる。
兵士が増えれば増えるだけ、被害が増え続けていた。
最初は威勢が良かった兵士たちも、明らかに腰が引け始めていた。
港のそこかしこに死体が積み重なり、海に浮かぶ仲間の骸に魚が群がって啄んでいる。その光景を作り出した張本人は、幼く見える黒猫族の少女だ。たった一人の少女に、軍隊が何もできずに砕かれていた。悪夢でしかないだろう。
遂には武器を構えることなく、悲鳴を上げて逃げ出す者が出始めた。
上官に命令違反だと叫ばれても、関係ない。すると、それが皮切りとなって、逃げだす者が段々と増え始めていた。
だが、レイドス王国側に、新たな戦力が出現する。それは、大量の魔獣たちであった。
先頭にいるのは、虎のような魔獣だ。スニーク・レオという、探査能力に優れた猫型の魔獣である。レッサーロックと同じように、警備目的で導入されているのだろう。
その数、四匹。他にも狼型の魔獣たちや、荷運び用の牛型の魔獣などの姿もある。
「グルルルル」
「よそ見をするな! 標的はあの小娘だ!」
「ガオォ……」
その後ろにいる男たちが、魔獣使いなのだろう。兵士の死体を見て涎を垂らす魔獣を、鞭で叩いて叱り飛ばしている。
さらに上空には、小型の蝙蝠のような魔獣も集まってきていた。
魔獣が援軍として現れたことで、兵士の一部も冷静さを取り戻したようだ。フランが完全に包囲されたように見えるが――。
(魔獣、いい魔石もってるかな?)
『そうだな』
この程度の魔獣の群、抗魔の軍勢に比べたら可愛いものだった。俺たちにとっては、魔石が向こうからやってきたとしか思えない。
五分とかからずに蹴散らされ、再び潰走を始めていた。
いや、その様子は、先程よりも酷い。魔獣が何もできずに全滅する姿を見せられた兵士たちは、狂乱とすら言えるような状態なのだ。
このまま追撃すれば、さらに多くの兵士を討ち取ることが可能だろう。ただ、俺たちは追撃を行わなかった。
『ついに動いてきたか!』
「ん!」
ダーズの港に停泊するレイドス艦隊から、砲撃が行われ始めたのだ。
フランを余程の脅威と感じたのか、まだ仲間が残っていることなどお構いなしだ。フランの周辺に残っていた勇敢なレイドス兵士たちが、砲撃によって吹き飛んでいく。
フランは魔獣使いの首根っこを掴んで引きずりながら、俺が作り上げた土の壁の陰に駆け込んだ。魔獣使いを連れてきたのは、情報を得るためである。
自分がいながら砲撃に晒されたことで、見捨てられたとでも思ったんだろう。魔獣使いはペラペラと内情を語り出した。
ダーズの住民の多くは避難したが、それでも300人近くの捕虜がいるらしい。逃げ損ねた住人や船乗り、殿で戦った兵士や冒険者などが主だ。
その内、健康な成人や子供は船で北へ運ばれ、怪我をしている者や老人は暫くダーズに留め置かれる予定であるという。
ただ、俺たちが助けた冒険者が移送の第一陣で、まだ船に乗せられた住人はいないらしい。つまり、ダーズに停泊するレイドス艦隊の船には、レイドス王国の兵士しか乗っていないということだろう。
因みに、シードラン海国の船がいないのは、バルボラ攻略へと投入されたからであった。
(師匠)
フランの目は、やる気満々だ。まあ、ここでレイドス艦隊を壊滅させれば、ダーズだけではなく、バルボラの安全にも繋がるしな。完全に、戦闘態勢だった。
しかし、懸念もある。
『……またマールみたいな戦力が出てくるかもしれない。そいつが、無理やり操られていたら、戦えるのか?』
(……できる)
フランは覚悟を決めた顔で、頷いた。またフランの心が傷つくような戦い、俺としては回避したいところなんだが……。
ここまできて、フランが退くわけがなかった。
『分かった。やろう』
「ん!」
魔獣使いは縛って、物陰に転がしておく。戦闘が終わってそれでも生きていたら、情報源としてギルドに引き渡せばいいだろう。砲撃などに巻き込まれてしまったら――まあ、その時はその時だ。運が悪かったな。
俺がグレイトウォールを消すのと同時に、フランが飛び出す。
『まずは、一発デカイのをお見舞いするぞ』
「わかった!」
TVアニメPV第2弾が公開されましたー!
 




