1058 ダーズの現状
バルボラのレイドス艦隊を壊滅させた翌日。俺たちはダーズ目指して海岸沿いを北上していた。
道中にはいくつかの漁村があるのだが、異変が起きたことすら気づいていなかった。一応、バルボラに最も近い漁村では、魚を買い付けにくる商人が来ないということで、多少不審には思っていたらしい。
しかし、それよりも北にいくと、レイドス王国による侵攻が始まったということも知らず、いつも通りの生活を送っていたのだ。
レイドス王国艦隊は異変を気取られないよう、漁村の住人たちに見つからない航路を使ったのだろう。
村よりは少し大きめの港町で、ようやく異変の情報が届いて防備を整えようと動き出しているくらいだった。そこから周囲の漁村へ情報が行くまで、もう少し時間がかかりそうだ。
まあ、各漁村でバルボラが襲われたという情報を伝えておいたので、今ごろは町へと使いを走らせているだろう。
そこからさらに海岸線を辿り、港町ダーズ近くまでやってくる。さすがにダーズのすぐそばの漁村では、異変に気付いており、色々と情報を得ることができた。
ダーズは元々レイドス王国に近いことから、それなりに備えをしていたようだ。防衛艦隊が敗北した直後には、周辺の村々に避難を指示する使者が送られていた。
すでに、多くの人間が内陸の町へと避難したそうだ。
それでも村に残っていたのは、避難を拒否した老人たちである。村を捨てて逃げることなんてとんでもないと語り、フランが避難するように言っても聞かなかった。
それどころか、ダーズに向かうというフランを心配して、ポーションをくれたのである。
『フラン。どうした?』
「……あのおじいちゃんたち、だいじょぶかな?」
『食い物とかはありそうだったけど、レイドス兵が来たらヤバいかもな』
フランが気にするくらいだったら、無理にでもふんじばって、町へと運んじまえばよかったか? だが、村を出たくないって言われちゃうとなぁ。
無理矢理救出したとしても、生きがいを失って漫然と生きるだけになるかもしれない。それが幸せなことなのか? だが、死ぬよりはマシ?
難しい問題である。ただ、フランは彼らの意思を尊重することにしたらしい。
「ダーズ、もう占領されてるって言ってた」
『まあ、船団が壊滅しちまえば、どうしようもないんだろうな。冒険者の数も少ないし』
「シャルロッテたち、だいじょぶかな?」
『かなりの人数が脱出できたっていうし、その中に入ってればいいんだが』
「ん」
ただ、今回の場合、シャルロッテたちはバルボラの代表としてダーズへ赴いている。防衛への協力を頼み込まれたら、断ることはできないだろう。
レイドス王国との戦闘に参加している可能性も高かった。
「まずは、町の様子確認する」
『ああ。近くの町に報告に向かうにしても、敵の船団の規模とか、兵士の数くらいは確認しておかないとな』
本当は夜を待つ方がいいんだろうが、それだと敵の陣容の確認も難しくなる。多少のリスクはあるが、とりあえずは高空からダーズを偵察することにした。
俺たちは一気に上昇しながらダーズを目指す。晴天にウルシの黒は目立ちそうなので、ちゃんと偽装はしているよ?
幻像魔術で周囲に空を投影しつつ、さらに周囲の風景に馴染むように光魔術のカモフラージュを使用する。
完全に透明とまではいかないが、簡易光学迷彩と言える程度の偽装はできているだろう。余程注意深く空を見つめなければ、発見される恐れはないはずだった。
はずだったんだが……。
「キュイイイイィ!」
「キュキュイィ!」
「でっかい鳥たくさん!」
『レッサーロックだ!』
俺たちの周囲を、三匹の巨鳥が飛び回っていた。体長は2メートルほど。翼長は10メートルほどだろう。
脅威度Dの魔獣、レッサーロックであった。戦闘力はさほどでもないが、こちらの偽装を見抜くほど探知力に優れているらしい。
レイドス王国が使役しているのだろう。ともかく、一度発見されてしまうと、もう隠れることは難しそうだ。そもそも、こいつらが俺たちを取り囲んでいるせいで、地上からも見つかっている。
「ごめんなさい、師匠」
『ありゃあ、仕方がない! 気にすんな! それより、こいつら倒すぞ!』
「ん!」
実は、上空から偵察している最中に、連行される知人たちを目撃してしまったのだ。戦闘の傷跡が残り、そこかしこに兵士や冒険者の死体が放置されたダーズの町を、三〇人ほどの冒険者たちが連行されていた。
どうやら、港から船へと乗せられる最中であったらしい。既に列の先頭は港へと足を踏み入れているのだ。
その中には緋の乙女のジュディス、マイア、リディア。半蟲人のユージーンもいた。全員が傷だらけなうえ、手枷を嵌められているのが見える。それに、歩くのが少しでも遅いと、後ろから小突かれていたのだ。
それを目撃したフランが思わず殺気を放ってしまい、そのせいで上空を警戒していたレッサーロックたちに発見されてしまったという訳である。
ほんの一瞬だったんだけどね。それに気づくくらい察知能力が高いから、警備に使われているのだろう。
『ウルシ! 奥の1匹頼む!』
「オン!」
「私右やる!」
『じゃあ俺が左のだな!』
俺たちは隠蔽を解いて、レッサーロックに襲い掛かった。大きく速くて感覚が鋭いという、中々厄介な相手だが、今の俺たちの敵ではない。
勝敗は一瞬で決着していた。ウルシの牙が頭部を抉り取り、フランの斬撃と俺の雷鳴魔術が、それぞれ狙った相手を仕留める。
だが、問題はこの後だ。レッサーロックの死骸を収納しながら、眼下を見下ろした。皆を助けようにも、港にはレイドス兵がひしめいている。
『どうする? 一度離脱して、夜に潜入し直すか? 完全に見つかってるし』
(それじゃ、どっか連れてかれちゃうかもしれない! 今助ける!)
『ちょ、フラン! もしかしてこのまま港に突っ込む気か!』
(ん!)
今の港には大量のレイドス兵士がいるんだぞ! そこに突っ込むつもりかよ!
『ガムドに無茶するなって言われて、大丈夫って答えてただろ!』
「ん! 敵は全部ぶっ飛ばすから、だいじょぶ!」
『そういう意味かよ!』
フランが抱いたレイドスへの敵意を、甘く見過ぎていた!
『……はぁ。仕方がない。でも、ただ突っ込んでいって、闇雲に戦うだけじゃダメだ。作戦はしっかり立てないと』
一度姿を隠して夜を待ったとしても、事態が好転するとは限らない。むしろ、船の中から大勢を救出するのはかなり難しいだろう。ならば、救助対象の姿が見えている今、無理にでも助けだす方がマシかもしれない。
結局、どっちを選んでもメリットデメリットはあるのだ。だとすれば、フランのモチベーションが維持できる分、ここで戦う方がましかもしれない。
「師匠、ありがと」
『油断せずにいくぞ』
「ん!」




