1057 バルボラでも料理をする
港で食事をしていると、次々と人々が集まってきた。カレーの匂いに釣られた――訳ではなく、戦闘の音が途絶えたので、様子を見に来たのだろう。
そして、港に人がたくさんいるという話が広まり、続々と港へと集まり始めたのだ。
ガムドたちに料理を出して、その後にやってきた人に何も出さないわけにはいかない。料理コンテストの時に知り合った顔見知りなども結構いるし。
結果、収納の中の料理を出し続け、いつしか炊き出しの様相を呈していた。
レイドス艦隊から奪った兵糧を荷ほどきして豆や麦を煮たり、目の前にある海からウルシに魚を獲ってきてもらったりと、戦闘時よりも忙しいほどである。
途中からは食材を持参した料理人たちや料理ギルドの人間も参加してくれて、最後は数千人規模の大炊き出し大会になったのであった。
どっかから運ばれてきた、何人も入れてしまうような超巨大鍋の横に梯子がかけられ、数百人分のスープが槍でかき混ぜられている。なんか、山形の芋煮会を思い出した。
港にはたくさんの笑顔があった。中には酷い被害を受けた者もいるだろうが、空元気でも、無理をしていても、笑っている。落ち込んでいても仕方がないと分かっているんだろう。
それに、奪い合いにもなっていない。皆が譲り合いながら、食べ物を分け合っていた。バルボラの人たちの強さを実感したね。
「フランよ。炊き出しだけではなく、レイドス王国の奴らを倒してくれたらしいな。ありがとう」
「メッキャム」
港の縁に腰かけて、海を見ながらカレーを食べているフランに話し掛けてくる老人。料理ギルドの重鎮にして、フランの天敵メッキャム翁であった。
そこらの冒険者なんかよりも、フランからよほどライバル視されているだろう。
「それに今回の炊き出し……。随分と椀飯振舞だったが、大丈夫なのか?」
戦闘については素人でも、料理に関してはプロフェッショナル。提供された料理を見て、材料費などが相当なものになることを理解しているようだ。
だが、フランはフルフルと首を振る。
「だいじょぶ。敵から奪った材料とか使ってるし、魔獣はまた倒せばいいから」
「……そうか。だが、本来であれば料理ギルドがせねばならないことだった。今後、料理のことで困れば相談しにこい。力になる」
「ん。分かった」
メッキャムは、金を出すとは言わない。今回の襲撃の復興に金がかかるというのもあるが、フランの想いを汲んでくれたのだろう。
「フランさん。ありがとうございました。子供たちも元気になったようです」
次いで声をかけてきたのは、孤児院のイオさんであった。孤児院の関係者が炊き出しのことを伝えたらしく、途中で子供たちを連れてやってきていたのである。
少々不用心にも思えるが、冒険者たちが複数護衛に付いていたし、子供をずっと地下室に閉じ込めておくわけにもいかないのだろう。
アマンダが気にかけていることは知られているので、荒くれ者たちが絡むようなこともない。むしろ、皆で見守っているような気配さえあった。
子供たちが笑顔で食事を食べる姿に、フランも町の者たちもほっこりだ。
「シャルロッテは?」
「あの子は、北へと向かいました」
「レイドスとの戦い?」
「いえ、ダーズです」
北で戦争に参加しているかと思ったら、シャルロッテは港町ダーズへと出かけているそうだ。豊穣の祈りを捧げる祭りがあり、その祭りの舞手として招かれたらしい。
「ダーズに行ってる? いつ?」
「1週間ほど前に旅立ちました。今頃はもう、ダーズにいると思いますが……」
ダーズって、レイドスにもう攻め落とされたって話だが……。シャルロッテは無事なのか? フランも心配になったらしい。
イオには何も言わず、冒険者たちが集まっている一角へと向かった。シードランの船乗りたちの拘束が一段落つき、使える物資や資材の引き上げ前に、今は食事をしながら英気を養っている。
「ガムド」
「フラン、どうした?」
「ダーズがどうなってるか、知りたい」
「……こっちきな」
余り大っぴらに話せることではないのだろう。ガムドは、フランを離れた場所に連れて行った。
「正直、詳しい状況は分からん」
「何か、連絡とかは?」
「ねぇ。こちらから通信を送ってもみたが、反応はない。捕らえたやつらの言葉が本当なら、今頃は……」
「そう……」
この状況で、便りがないのは良い便りなどと言えるわけもない。どう考えても、通信に出られない状況なのだ。
「ダーズの祭りには、バルボラから冒険者が何人も行っていた」
今回の依頼はシャルロッテへの個人依頼ではなく、ギルド間での依頼である。そこで、護衛や交渉役なども含め、10名が派遣されているそうだ。
その中には俺たちの知り合いである緋の乙女の3人や、錬金術師のユージーンも入っていた。緋の乙女は護衛、ユージーンはダーズで講演を行う予定だったらしい。
「フラン。お前さん、これからどうするつもりだ? この町にずっといてくれりゃ有難いが、そのつもりはないんだろ?」
「アレッサいく」
「そうか……。なあ、一つ依頼を受けちゃくれんか?」
「依頼?」
「おう。ダーズも含めた沿岸部の様子を見てきてほしいんだよ。どうだ?」
ようやくリンフォードによって刻まれた忌々しい傷跡が癒えたと思ったら、再びの大損害だ。町の冒険者を派遣するような余裕、ないのだろう。
通信の魔道具は、ダーズへと連絡をした後、魔術砲撃によってギルドごと灰になってしまったそうだ。もう、使うことはできない。
となると、外部の冒険者で足の速いフランに頼み、各所の情報を集めてきてもらうのがもっとも確実だと考えたらしい。
それに、フランは気づいていないが、ガムドはフランをアレッサに行かせたくないんだろう。確実に戦争に巻き込まれる。
それよりは、港町の情報収集という依頼を与えておく方が、まだましだ。そんな狙いもあると思われた。
『フラン。俺はこの依頼受けてもいいと思う』
(でも……アレッサへいきかな?)
『多くの冒険者が北へ向かったっていうし、そもそもクリムトとアマンダとジャンがいるんだぞ? フォールンドやフェルムスも行ってるし』
(なるほど……)
フランとしても、アレッサが落とされる心配はしていないようだ。それでも心配ではあったらしい。しかし、ここでより心配な相手ができてしまった。
結局、フランはガムドの依頼を受けることにしたらしい。
「ん。ダーズ見てくる」
「頼んだ。だが、一人で突っ走るなよ? 相手が多かったら、無茶せず報告だけに留めるんだ。いいな?」
「ん! だいじょぶ!」




