1050 魔人鬼の力
マールという軍服少女と戦うフランだったが、奴隷の首輪を付けた相手を目の当たりにして、攻撃の手が鈍ってしまっていた。
奴隷の少女であるという点が、フランのトラウマを刺激するのだろう。普通に戦えば圧勝できる相手であっても、攻撃をしなければ勝つことはできない。
『くるぞっ!』
氷の足場と風魔術を使って空を駆け回る少女は、自分すら巻き込むような距離で氷雪魔術を解き放った。
「ダイヤモンドダスト」
「くっ!」
『かなりの威力だな!』
吹き付ける冷気に、フランが顔をしかめる。
魔人となっていることで、魔術の威力も底上げされているのだろう。1発で障壁がかなり削られた。
少女がさらに連続で魔術を放ってくる。分割思考を使用し、複数の魔術を時間差で詠唱し続けているのだ。そうすることで、間断なく魔術を放ち続けるという戦法なのだろう。
生身の人間では激痛に耐えられないはずなんだが……。操られているせいで、痛みを無視して動いているようだった。
しかも、それだけではない。
「白い煙」
『これは……!』
ダイヤモンドダストを連発することで、周囲に冷気を充満させることが目的だったようだ。白い冷気によって視界が制限されるうえ、明らかに氷雪魔術の威力が増している。
『フラン! このままじゃ、無駄に時間を消費するだけだぞ!』
(ん……)
『殺せないなら、動きを止めるんだ。手足をぶった切って、行動不能にする!』
(……分かった)
燃え盛る町を見て、時間がないことを思い出したのだろう。フランは悲壮な表情で、俺を構えた。本当は麻痺らせることがいいのだが、マールは状態異常耐性を持っているからな。
「てやぁぁぁ!」
『恨みはないが、大人しくしてもらう!』
フランは障壁を全開にすると、氷雪魔術を弾きながら一気に前に出た。立ち込める白い冷気の中から飛び出してきたフランを見ても、マールは表情一つ動かさなかった。
淀みない動きで腰のサーベルを引き抜くと、斬撃を受け止めようとする。しかし、この距離まで近寄ってしまえば、俺たちが負けるはずがなかった。
フランはマールのサーベルを、左の裏拳で弾き飛ばす。そして、がら空きになった右腕を斬り上げるとともに、剣を振り上げた勢いを殺さず弧を描くような軌道で左足を斬り落とした。
痛みを感じている様子はないが、さすがにバランスを崩したらしい。動きを止めて、体勢を立て直そうとしている。
そんなマールに向かってフランは真上から蹴りを繰り出し、眼下の船目がけて叩き落した。神属性の込められた、凶悪な左足だ。
マールの体は凄まじい勢いでマストに激突し、へし折る。ただ、そのおかげで勢いが殺されたのか、甲板を突き破ることなくドサリと投げ出されていた。
動かないけど、意識がないのか?
『よし、このまま拘束する! 奴隷の首輪が、俺の契約魔術で上書きできるレベルならいいんだが……』
「ん!」
船員がマールに駆け寄るのが見えるが、魔術を放って牽制する。だが、それでも船員たちは逃げ出さず、マールに何とか近づこうとしていた。
「姫様!」
「姫を助けろっ!」
マールのことを姫と呼んでいる。折れたマストに掲げられているのは、八本首の蛇のような紋章だ。どうやら、ダメージ入れ替え用の小型船は、シードラン海国の人間が乗り込んでいるらしい。
つまり、最初からシードランの人間は使い捨て目的ってことなんだろう。
それが理解できたのか、フランが顔を歪める。レイドス王国のやり口に、嫌悪感を抱いているようだ。
船員たちを魔術で吹き飛ばし、甲板に降り立ったフランはマールへと駆け寄った。
「くそ……姫様……」
「マール姫さまは、やらせない……!」
船員たちは甲板に倒れ伏しながらも、自分たちの姫の心配をしている。きっと、操られていなければいい王女だったのだろう。
出会い方が違えば、フランと友人になれたのかな?
「師匠、首輪を――」
『離れろフラン!』
拘束して首輪の解除を試みようとした直後、膨大な氷属性の魔力がマールから放たれた。一瞬で甲板を覆い尽くし、さらに周囲へと溢れ出していく。
海面は凍り付き、マールのことを心配していた船員たちも氷の彫像と化していた。
「ぐ、が……があああああああぁぁぁ!」
『再生? いや、氷で失った手足を作った?』
マールが、甲高い咆哮を上げながら立ち上がる。先ほどまでの無表情から一転して、まるで威嚇する獣のように険しい顔だった。
その体が大きく見えるのは、威圧感のせいだけではない。マールの肉体を氷が覆い、白いオーガのような姿になっているのだ。失った腕と足も、氷で補ったらしい。
特にぎこちなさを感じさせることもなく、立ち上がっていた。
「ウウオオオォォォォォォ!」
魔術の発動が一瞬かよ! しかも、先ほどまでよりもその効果範囲も広い。
小型とは言え、それは他の船と比べたらだ。戦艦である以上、そこらの漁船などよりは十分大きかった。地球で言えば、大型クルーザーくらいのサイズである。
マールが放った冷気は、そんな船を一瞬で呑み込み、船全体を白く凍り付かせた。もう、仲間のことなど、考えていないのだろう。
マールの視線は、フランだけを見つめている。
彼女のことを心配していた船員たちの変わり果てた姿には、目もくれない。ただ、マールにとってはその方がいいかもしれないな。
「ガアアアア!」
「てやぁぁ!」
殴りかかってくるマールの一撃を躱し、フランがその腕を斬り飛ばす。魔力を纏っていることでその強度はかなり高く、俺の耐久値がかなり減ったな。
それでも、フランの斬撃を弾くほどではない。右肘から先が撥ね飛ばされ、宙を飛んだ。だが、今のマールは完全に人間を辞めていた。
「……すぐ生えた」
『今の感触、確実に本体も斬ったはずなんだがな。ただ氷を纏っただけじゃないぞ。肉体も、変異してる』
「ん」
ゴルディシアから帰ってきて、ゆっくりする間もないな!




