1049 艦隊の盾と槍
俺たちの放った多重カンナカムイによって、水竜艦の上部に展開された結界がたわみ始めるのが見えた。
今のカンナカムイは、胸を張って極大魔術と言えるだけの威力がある。それを受け止めることができているだけでも、十分強力な結界と言えた。
以前戦った水竜艦よりも、相当強化されている。水竜の魔力と、魔道具の魔力の相乗効果で、結界の強度を上げているのだろう。
だが、ゴルディシアで成長した俺たちなら、ぶち抜ける!
『だあぁぁぁぁぁ!』
俺がさらに魔力を注ぎ込んだ瞬間、バチィィィィン! という甲高い音とともに、結界が弾け飛んだ。
白い雷がそのまま水竜艦に直撃し、その船体を粉々に――。
『は?』
「?」
しなかった。
何故か水竜艦には一切の傷はなく、その後方に位置する中型の船が爆発炎上していた。海水を伝って雷が届いたのだとしても、あの爆発の仕方はおかしい。
そもそも、その1隻以外、全くの無傷というのがありえないのだ。
『なにがあった?』
「あれみたい」
『あれ?』
「ん。盾の技」
『なるほど!』
言われてみたらその通りだ。俺たちも何度も苦しめられた、自分のダメージを仲間に移し替える盾技にそっくりであった。
だが、船同士でそんなことが可能なのか? それとも、それを可能にする魔道具でも存在しているのだろうか?
ともかく、これで水竜艦をピンポイントで狙うことが難しくなってしまった。
「何回もやれば、その内全部消える」
『いや。結界はもう修復されているし、同じ攻撃を艦隊が消えるまで続けるのは無理だ。魔力がもたないぞ』
「だったら、乗り込んで全員倒せばいい」
『うーん。結界の内部に閉じ込められるのが怖いんだよな。時間はかかるが、水竜艦以外を潰していくのも手だと思うぞ?』
ダメージの移し替え要員である他の船を沈め、最後に水竜艦を倒す。町を制圧するための人員も減らせるし、遠回りに思えるが一番堅実な戦い方だろう。
「なら、他の艦を潰す!」
『おう!』
「ガルッ!」
俺たちは2手に分かれて敵艦隊に攻撃を開始した。あえて姿をさらすことで敵の注意をこちらに引きつけつつ、一隻一隻敵艦を潰していくのだ。
最初は上手くいった。その巨体を見せつけつつ、時には小さくなって海中から船を攻撃するウルシと、空を飛び回りながら雷を降らせるフラン。
敵艦隊は大混乱だ。小型船ではあるが、数隻は沈めることにも成功した。
だが、すぐに異変が訪れる。
なんと、水竜艦以外にも結界が張られ始めたのだ。海域全体を常時覆っているというよりは、こちらの攻撃に反応してその場所だけに分厚い結界を張るような運用であるらしい。
しかも、攻撃が成功しても、あの盾技と同じような現象が発動して、より小さい船にダメージが移し替えられてしまう。
主要な船を守るため、色々と策を講じているんだろう。明らかに、単騎で船団を壊滅させるような強者を想定している。
つまり、守備面でもこれだけ用意周到ということは?
「む? 人?」
『いきなりか!』
突如、水竜艦の甲板から何かが飛び上がった。そして、殺気や闘志を感じさせることもなく、こちらへと氷の弾丸を放ってくる。
トリスメギストスで似た戦いを経験していなければ、1発貰っていたかもしれない。
「女の子……? あの首!」
『奴隷にされてるな』
現れたのは、黒い軍帽と軍服に身を包んだ少女であった。黒髪金瞳に赤銅色の肌をした、フランと同じくらいの年齢の美少女だ。
飛んでいるのではなく、氷の板を空中に作り出し、それを足場に跳躍しているらしい。風魔術で跳躍を補助してもいるようだ。
トレンチコートのような黒い外套をはためかせながら、フランに迫ってくる。こめかみから生えているのは、角か? 鬼族なのかと思ったが、なんか生え方に違和感があるが……。
角の生えた少女はフランに魔術を放ってくるが、何故か殺気も戦意も感じられない。
『あの子、意思を奪われてるっぽいぞ』
「ん……!」
フランが忌々しいものを見る目で、少女の首を見つめた。鈍色に光る武骨な金属の輪が、少女の首を絞めつけるように装着されている。
奴隷の首輪だった。しかも、何らかの方法で意思を奪われ、操り人形のようにされているようだ。
少女はこちらを誰何することもなく、問答無用で氷雪魔術を放ってくる。
名称:マール・シードラン 年齢:14歳
種族:魔人鬼
職業:堅陣提督
状態:傀儡
ステータス レベル:41/99
HP:388 MP:3397 腕力:269 体力:366 敏捷:131 知力:871 魔力:741 器用:120
スキル
詠唱短縮:Lv5、風魔術:Lv5、風読み:Lv5、弓技:Lv2、弓術:Lv3、宮廷作法:Lv6、気配察知:Lv3、剣技:Lv3、剣術:Lv3、剛力:Lv4、再生:Lv7、指揮:Lv1、瞬発:Lv4、状態異常耐性:Lv8、水圧耐性:Lv7、船舶修理:Lv3、跳躍:Lv3、天候予測:Lv2、遠見:Lv2、氷雪魔術:Lv5、魔術耐性:Lv3、魔力察知:Lv5、魔力障壁:Lv3、魔力放出:Lv6、水魔術:Lv5、遊泳:Lv5、暗視、サハギンスレイヤー、水中呼吸、聴覚強化、氷神の加護、分割思考、魔力制御
ユニークスキル
水竜の絆、氷雪鬼
固有スキル
船舶守護、堅陣
称号
サハギンスレイヤー
装備
風霧のサーベル、水竜鱗の皮鎧、適応の外套、水竜革の手袋、水竜の靴、指揮官帽子、大雪の指輪、製氷の腕輪
かなり強かった。レベルとステータスが一致していない。明らかに、レベルにそぐわない強さを持ってるだろう。魔力関係が目を引くが、腕力なども十分に高い。
状態が傀儡になっており、やはり自由意思を奪われている状態であるようだ。
それに、名前も気になる。シードラン? つまり、シードラン海国の関係者ってことか? 普通に考えたら、王女様なんだろう。スキルに水竜の絆ってのがあるしな。
それが操られているということは、レイドス王国に何かをされているのかもしれない。フィリアースの王家を狙ってきたことからも、あの国が他国の王族を尊重するような真似するはずもないのだ。
ただ、最も目を引かれるのは、種族の部分であった。
『魔人鬼……。魔人なら、ゼライセの研究だが』
「ん」
人に魔石を埋め込んで、超人を生み出すという研究だったはずだ。
しかし、魔人鬼というのは? 元々鬼人だった少女に、魔石を埋め込んだのか?
だが、少女の兄であると思われるスアレスは、人間だったよな? それに、あの違和感のある生え方。
もしかして、人の体に魔石と鬼の角を合成した? それが、マールの強さの秘密なのだろうか?
しかも傀儡にすることで、理性を失って暴走してしまう魔人の制御を可能にしたようだった。
「――アイスバレット」
「! ねえ!」
『無駄だ。フラン。奴隷にされているうえ、魔人なんだ』
「でも……!」
フランは放たれる氷雪魔術を躱しても、反撃には出なかった。少女を攻撃するのを、躊躇っている。
「フリーズショット」
『フラン! 攻撃を!』
「ダメ! だって!」
視覚に強烈に訴えかけてくる銀色の首輪を目にするだけで、かつての自分に重ね合わせてしまうらしかった。
ただ操られているというわけではなく、奴隷の首輪を嵌めているという点が重要なんだろう。しかも、自分と同年代の少女だ。
重ね合わせるなという方が難しいのかもしれないが……。
このままでは、一方的に攻撃されるだけであった。
 




