1048 新型水竜艦
レイドス王国の艦隊に追われ、クランゼル王国へと進路を変えた船。
だが、こちらでも想定外の事態に見舞われていた。
『おいおい! バルボラが燃えてるぞ!』
「あれ、水竜艦!」
「オン!」
ようやくたどり着いたバルボラにも、レイドス王国の魔の手が伸びていたのだ。港や町からは火の手と黒煙が上がり、かなりの被害が出ているのが見えた。
海上にはレイドス王国とシードラン海国の船が並び、魔術による砲撃が行われている。
しかも、一際大きな戦艦からは、見覚えのある鎖が前方の海中へと伸びている。あの先に、水竜が繋がれているはずだ。
そう、バルボラを襲っているのはただのレイドス王国軍ではなく、水竜艦を擁するシードランとの合同艦隊だったのだ。
「まずいな! 見つかる前に進路を変更! 北は無理だ! 再度南へ向かう!」
「どこか寄港先を選定しなければ……」
当然だが、ブルネンたちは、艦隊へ突っ込むような真似はしない。勝てるはずがないし、その義務もないのだ。
「……ブルネン。私の契約は、もう終わってる」
「嬢ちゃん、まさか……! 行くつもりか?」
「バルボラには知ってる人もたくさんいる」
「オン!」
だが、フランはそれでは困る。フランがあれを見過ごせるわけがなかった。
俺としてはこのままブルネンたちと逃げる方がいい気もするし、何なら契約を盾に引き留めてくれてもいい。
しかし、ブルネンは話が分かる男だった。
「……俺たちはいけねぇぞ? 国同士の争いに、本国の指示なしには介入できん」
「分かってる」
フランの固い意志が理解できたのか、ブルネンは残念そうに首を振った。
「……武運を祈るぜ、フラン」
「ん。ありがと。またね」
「おう!」
「フラン! また会いましょう!」
「フラン! 俺の分も、頼む!」
「ん!」
ヒルトとコルベルトも、厳しい顔だ。彼らの性格上、ここで逃げることは口惜しいものがあるのだろう。特にコルベルトにとっては、活動拠点の一つなのだ。
しかし、ブルネンとの契約もあるし、この船を見捨てることもできない。結局、彼らができるのはフランを応援することだけであった。
「嬢ちゃん! 頑張れよ!」
「ウニ、美味しかったです!」
「またなー!」
船員たちの声援に頷き返したフランは、ウルシに跨る。
「ウルシ、全速力。でも見つからないように」
「オン!」
ウルシは限界ギリギリの高度まで駆け上がると、闇魔術で自身とフランを覆い隠した。これで、感知能力に優れた相手でなければ、違和感すら覚えないだろう。
術が解けないようにややゆっくりと駆けたウルシは、一〇分ほどかけてバルボラ上空へと到着する。
眼下を見ると、レイドス、シードランの連合艦隊が砲撃を続けていた。人々が町の外へと避難しようと、港とは反対側の門へと殺到している。
本来であれば避難所にもなるはずの城は、砲撃によって無残な姿をさらしていた。城の各所には穴が開き、尖塔は崩れ去っている。火が回り始めており、あと数時間もしないで完全に使い物にならなくなるだろう。
現在は、元領主のクライストン家とは違う貴族が詰めているはずだが、無事だろうか? もし指揮系統が混乱しているのなら、避難にも影響が出そうだ。
冒険者たちも、逃げている。上陸してくればともかく、海の上からの砲撃には反撃が難しいんだろう。
だが、何十人か、固まっている者たちがいるな。大通り脇の兵士の詰め所だ。誰かは分からないが、いざ敵が上陸してきたときに、市民が逃げるための時間を稼ぐつもりなのだろう。
ただ、砲撃が何度か着弾しており、そのうち建物が崩れそうだ。
「攻撃をやめさせる」
『まあ、それが一番手っ取り早いな』
「どうする?」
『そうだな……』
百隻を超える船を全部沈めるには、時間がかかる。だとすれば、旗艦を狙って指揮系統を混乱させるしかないだろう。
狙う相手は1つしかない。
『水竜艦に、全力で攻撃だ』
「わかった!」
まだ見つかっていない今なら、限界まで力を溜めた最高の一撃をぶっ放せる。それで水竜艦を撃沈し、混乱している敵の数を減らす。
それが一番やりやすい流れだろう。問題は、水竜艦を一撃で沈められるのかという点だった。
最強の戦艦と名乗るだけあり、あの船には水竜を強化する魔道具が積まれている。以前の俺たちは、その防御を突破することはできなかった。
しかも、前に見た水竜艦に比べ、魔力量が段違いであった。新型の船なのだとすると、防御力も増しているだろう。
「それでも、やらなきゃならない」
『そうだな』
今は自分たちの力を信じて、全力をかけるだけだ。向こうが強化されているのと同様に、俺たちだって成長している。
「きっと、やれる」
『おう!』
「ウルシは援護!」
「オン!」
まず、ウルシが魔術を発動した。無数に生み出された漆黒の槍が、水竜艦目がけて降り注いだ。普通の船ならこれで穴だらけになるだろう。
しかし、全ての黒槍は、薄い光の膜に防がれてしまっていた。水竜の水魔術ではなく、普通の結界に見える。古い型よりもさらに防御力が増しているらしい。
しかし、ウルシの初撃が防がれることは想定内だ。というか広範囲の攻撃をあえて防がせることで、防御の手を分散させる狙いだった。
水竜艦を覆うようにドーム状の結界が張り巡らされている中、俺とフランが追撃を発動する。
「はぁぁぁぁ! カンナカムイィィ!」
『くらえぇ! 多重カンナカムイ!』
斬撃ではなく魔術を使ったのは、使用後に影響が大きい方を選んだからだ。天断と黒雷神爪の併用は、確かに絶大な攻撃力を発揮する。
だが、範囲が狭い。水竜艦か水竜、どちらかしか狙えないだろう。
それに比べて雷鳴魔術であれば、範囲はより広いし、海を伝って他の船にも影響を及ぼすこともできる。敵がたくさんいる時には、メ〇ゾーマではなくイ〇ナズンの方が便利ってことなのだ。
天空から放たれた白い雷の束が、宙で絡み合って水竜艦へと降り注ぐ。ただ同じタイミングに放っただけではなく、より威力が上がるように計算されているのだ。
ゴルディシアで手に入れた情報処理スキルと、大魔法使いのお陰で可能な荒業だった。魔力がこの1回で1万以上もっていかれたが、問題ない。
それだけの価値がある一発であった。
怒る天龍のように猛り狂う雷が、水竜艦の結界とせめぎ合い閃光を放つ。結界が潰れ始めているのが見えた。
もう少しだ!
放出を維持し続けていた俺たちは、さらに魔力を注ぎ込む。
「いけぇ!」
『おらぁぁぁ!』




