1041 ナディアと希望の運び手
「フラン、心配かけちまったみたいだね」
「おばちゃん!」
フランを出迎えてくれたのは、ベッドの上で体を起こすナディアであった。
「おいおい、病み上がりなんだ。あまり揺するんじゃないよ」
「ごめんなさい」
「あっはっは! 冗談さ! ほら、おいで」
「ん!」
フランが少し強めに抱き着いても、よろける様子もなく笑っている。どうやら肉体的にはかなり回復したようだ。
顔にはまだ疲れが残っていて、やつれているけどね。
「大変だったみたいだねぇ」
「ん」
フランの髪の毛を優しい手つきで撫でてくれるナディア。フランも安心しきった顔で、身をゆだねている。
しばらく互いの無事を確かめあった後、ナディアが色々と尋ねてくる。大きな抗魔が出たという話は聞いていても、事件の詳細は知らないらしい。
「……おばちゃん。聞いてほしいことがある」
「なんだい?」
「銀の女のこと」
「……聞こうか」
ナディアが銀の女に対し、どのような感情を抱いているかは分からない。簡単には言い表せない、複雑なものだろう。
だからこそフランは、彼女の最期をナディアに教えておかなければならないと考えたらしい。気持ちの整理を付けてもらうために。
「銀の女は、師匠と合体した」
「うん?」
ただ、相変わらずのフランでした。
『フラン、それじゃ分からんだろ。俺が説明するよ。俺の方が分かってるしな』
「頼むよ師匠」
「ん。お願い師匠」
俺は、銀の女が戦場に現れて、俺に同化吸収されたこと。彼女の本当の名前が希望の運び手であり、自身の意思で俺に力を預けたことなどを説明していく。
希望の運び手という名前を聞いた時のナディアの表情は、何とも言えないものだった。怒っているわけでも悲しんでいるわけでもない。ただ、切なそうな表情である。
「……そうかい。眠れたのかい。だとしたら、いい終わりだったんだろうねぇ」
『なんか、すまない』
「なんで師匠が謝るんだい? あの女は、あたしにとっては恩人さ。この先もずっと、ああしてオーバーグロウスを運んで、行く先々で傷ついていくのかと思うと哀れでねぇ」
希望の運び手には、僅かに感情があった。そんな彼女が、使い手をいつか必ず殺す廃棄神剣を運び続けて、何も思わないわけがない。それは、希望の運び手と同化した俺だからこそ、よく分かる。
ナディアはそれを感じて、希望の運び手の行く末を案じていたらしい。
希望の運び手は、自分の使命に疑問を持ってしまっていた。自分がやっていることは、本当に希望を運んでいるのか? 多くの人を不幸にしているだけなのでは?
そんな葛藤を抱いていたのだ。
しかし、違っていた。歴代のオーバーグロウスの使い手たちにとって、銀の女はまさしく希望の運び手だったのだ。
希望の運び手が、俺に全てを託して安心して消滅した。ナディアが想像していたものよりは、幾分マシな結末だったのだろう。
安堵したように微笑んでいる。
ナディアの手が、俺に伸びてくる。俺もフランも何も言わずに見守っていると、そっと俺の鍔に触れ、軽く撫で始めた。その手つきは優しく、慈しみが感じられる。
「……お疲れ様。ありがとう」
俺に向けられてはいても、俺に対しての言葉ではない。
少しの間俺を撫でていたナディアだったが、すぐに調子を取り戻していた。しんみりした空気を出してしまったのが恥ずかしいのか、顔がちょっと赤いね。
「湿っぽい話はこれくらいにしておいて、フランがあれからどんな冒険をしたのか、教えておくれよ」
「ん! わかった!」
ナディアに請われたフランは、身振り手振りを多めに用いて、カステルを守って以降のことを話しだす。
抗魔に竜人に神剣に神様。
センディアではゲオルグやメルトリッテ、その他様々な思惑と陰謀が絡み合い、神剣と歌に救われた。
大陸の中央では巨大な抗魔と連戦し、神剣たちの力を結集して超巨大な抗魔を打ち破り、最後は神罰が下される場面に遭遇した。
なんというか、濃い時間だったな。
ナディアが一番食い付いたのは、神剣の話だった。自分が廃棄神剣を使っていたこともあり、神剣について興味があるようだ。
色々と質問をしてくる。
「どの剣のことが知りたい?」
「そうさねぇ。やっぱり、イグニスについてかね」
「? イザリオの剣、見たことない?」
「普通の剣の姿の時は見たことあるけど、本気を出しているところは遠目で何度か見たことがあるくらいでねぇ。大昔に間近で見たことはあるはずなんだが、その時はいっぱいいっぱいで、敵を灰に変えたところしか覚えてないのさ」
この大陸にイザリオがいると言っても、頻繁に神剣を使うわけではないだろう。それに、人を巻き込まないように1人で使うことが多いはずである。今回が特別だったのだ。
「イグニスは、超凄い! 超ほのお!」
「炎を扱うのは知ってるよ?」
「ん! でも、剣も炎! 持つとこも全部炎になる! すっごく熱そう!」
「あー、剣本体が炎そのものになるってことかい?」
「ん!」
いつもよりテンションが高いせいで、フランの語彙がヤバイことになっている。元々、人との関わりが少なかったせいで同年代に比べるとやや幼く感じるフランだが、今はもっと年下に感じた。
それでも、ナディアは根気よくフランの話を聞き続け、時には質問して理解しようとしてくれた。
ここで、俺が全部簡潔にまとめて説明するような、無粋な真似はしないよ? 彼女も、フランとの会話を楽しんでいるのが分かるのだ。ウルシも空気を読んで、影の中で眠っている。
「イザリオが叫んだ。炎獄!」
「ほほう」
「大きな抗魔がドカーン!」




