102 いつの間にか1次予選突破?
カレーを貶されたフランは、戦闘中でも見せたことがないくらいの殺気を美食家のおっさんに向けて叩きつけた。
待て待て! 威圧も発動してるし! 一般人にこんな殺気ぶつけたら、最悪失神とか失禁とか、もっと酷い事態だってありえるぞ!
「カレーは、世界一美味しい」
「まあまあ美味いことは確かだな。だが、断じてこれを世界一とは認めん」
すっげー。このおっさんすっげー! このフランを前にして、眉毛1つ動かしてないし! 肝が据わっているとかいうレベルじゃないぞ。さすが、どの世界でもその道の達人は半端じゃないんだな。
『フラン、落ち着け』
(落ち着いている!)
『落ち着いてないから。とりあえず、理由を聞こう! な? そうすれば納得できるかもしれないし。だから俺の柄から手を離せ!』
「ん。理由を聞いてやる」
偉そうだな。フランにとって、このおっさんは完全に敵認定みたいだ。手だけは出さないでくれ!
「味に関しては、改良の余地はありつつも、中々の完成度だ。珍しさもあり、私でさえ初めて食した。それは認めよう。だが、この料理から料理人の矜持が感じられん!」
「矜持?」
「意気や情熱、誇りと言っても良い。料理人なら当然持っている物。そして、料理に込める物。だが、この皿にはそれらがない。丁寧に作ってあるが、家庭料理以上の物ではない」
いや、それは仕方ないじゃん。フランに旨い物を食わせてやりたいから、それなりに頑張ったけどさ。大量に作りまくった大鍋料理の1つだし。失敗しない様に丁寧には作ったが「究極の料理を作ってやるぜ!」とか全然思ってなかったもん。
言ってしまえば、料理スキルを持っている素人の作った料理だ。やっぱ、このおっさんスゲーな。そこまで見抜くんだもんな。フランは敵視してるけど、俺はそこまで嫌いじゃないな。なんかカッコイイし。
「ぐぬぬ」
俺、ぐぬぬって唸った人間初めて見たぞ。
「まあ、合格は合格だ。その師匠とやらのギルドへの加入を認めよう。ただ、期待したほどではなかったな」
「……認めない」
「ほう?」
「カレーは究極! 絶対に! 次は認めさせる!」
「面白い。だが、こう見えてわしは忙しい。ただ訪ねてきても、わしには会えんぞ? 明日からは特にな」
「むむむ」
いや、合格を貰ったし。別にいいんじゃないか?
(ダメ!)
『だって、忙しいって言ってるし』
(カレーが最強! 譲れない!)
『ああ、そうっすか』
「どうすれば会える?」
「そうさな……。わしに料理を食べさせたければ、これに出場してみたらどうだ?」
「?」
おっさんがフランに渡したのは、1枚のチラシだった。何々? バルボラ料理ギルド主催、料理キングコンテスト?
1次予選は持ち込み審査。2次予選が屋台勝負。決勝が至高の一皿勝負?
「今は1次予選の最中でな。この味と物珍しさなら、2次予選に出る資格はある。そこで勝ち抜き、決勝まで来れば、わしに料理を食わせることができるぞ。決勝の審査員の1人だからな」
「出る!」
『ちょ、フランさん? そんな勝手に!』
出るにしてもカレーを作らなきゃいけないんだぞ? しかも、屋台勝負だ。フランに売り子ができるとも思えん。何より、決勝なんて行ったら、さすがに顔を見せない訳にもいかないだろう。フランが代わりに出て、料理するのか? このおっさんを欺けるとも思えないし。勢いだけで決めたら、絶対に後悔するぞ。
(絶対に出る)
『だいたい、料理自慢が集まってくるんだろう? 決勝に行けるかも分からないんだぞ?』
(だいじょうぶ。師匠なら優勝間違いない)
『そう言ってくれるのは嬉しいけどさ』
普通に考えたら、俺が決勝に行ける可能性は低いだろう。きっと何十年も料理人をやってる、すごい奴らが出てくるんだろうしさ。
(これは絶対に負けられない戦い。カレーを舐められたまま終われない)
『でもなー』
正直自信はゼロなんだが。
(大丈夫。師匠を信じてる)
『俺はそこまで自信満々にはいられんよ。スキルがあっても、所詮は素人だからな~』
(私の舌が信じられない?)
『いや、フランの味覚は信じてるぞ?』
食べることが大好きな上、お世辞も言わんし。料理スキルもLvMaxで、味覚強化も持ってるんだ。フランが美味しいと言ってくれるんだから、美味しいことは間違いない。ただ、世界一とか、至高とまでは思えないってだけで。
(じゃあ、師匠を信じてる私を信じて)
『おま、そのセリフ』
俺的死ぬまでに言ってみたい台詞ランキング第3位。「お前を信じる俺を信じろ!」じゃないか! う、羨ましい。素でそのセリフが出るなんて……。フラン、恐ろしい子!
『く、それを言われちゃ、拒否できん!』
(じゃあ、出場して良い?)
『ああ、やってやろうじゃないか。出るからには優勝だ!』
(おー)
「どうしたかね? 怖気づいたか?」
「ふふん。気合を入れてただけ。絶対に優勝する」
「では出場すると言うことで良いかね?」
「ん!」
「ならば、こちらで出場規約に目を通し、サインをしてもらおうか」
その後、おっさんに呼ばれた係の人にコンテストの詳しい話を聞いた。
1次予選へのエントリーは2000人以上。その中から20人が選ばれ、2次予選に進める。俺達、こんな簡単に2次予選に出場しちゃって良かったのか?
2次予選は3日間の屋台勝負。その名の通り、屋台を引いて料理を売り、その儲けを競うらしい。この時、支度金として10万ゴルド貰えるっていうんだから、コンテストの規模の大きさが窺えるぜ。
食材などの持ち込みも可能なんだと。中には希少な食材を使う料理で勝負する者もおり、単に10万ゴルドだけじゃ不足する場合もあるらしい。
という事で、自分で用意した食材を事前に申告しておけば、使用しても良いのだ。とは言え、持ち込み食材の価値は厳正に算出され、儲けから引かれることになるから、絶対に有利とも言えないけどね。売上じゃなくて、儲けでの勝負だからな。
そして、2次予選での成績上位者4名が決勝に進み、そこで最高の一皿を審査されるという訳だ。
優勝者には、賞金10万ゴルドが与えられる。支度金と同じ額で、ちょっとしょぼい感じもするが、料理人にとっては優勝したという名誉の方が何倍も重要だという。なにせ、優勝した料理人の店は絶対的な繁盛が約束され、国内外に名前が轟く。中には王室の料理人に抜擢された者までいるらしい。
「2次審査は3日後から。決勝は4月7日だ」
月宴祭は、3月31日から1週間続く。最終日に決勝戦という事か。
「準備は間に合うかね?」
(師匠?)
『大丈夫だ。なんとかする』
「ん。バッチリ」
「よかろう。では、これが支度金の10万ゴルドだ。持ち逃げなどせんようにな」
「当たり前。そっちこそ、首を洗って待ってる」
「ふん。精々楽しみにさせてもらおう」
「ん!」
という事で、何故か料理コンテストに出場することになってしまったのだった。
調理場はここの施設を貸してくれるっていうが、人に見られちゃうからな。どっか、秘密に調理できる場所を探さないと。あと、どんなカレーにするかも考えないといけないし。それに合わせて食材も調達しなきゃならん。香辛料があるのは不幸中の幸いか。冒険者ギルドに顔を出して、錬金術師の話も聞きたい。どっかで双子のところに遊びにもいかんと!
ああ、なんとかするだとか啖呵を切っちまったが、間に合うかな……。




