1029 炎獄
「あとは、任せろ」
「ん……」
「いいところを貰っちまって、悪いな」
「イザリオ、だいじょぶ?」
「なに、嬢ちゃんたちが弱らせてくれたんだ。おじさんも頑張らないとな」
フランが表情を曇らせている理由は、イザリオを心配しているからだ。彼の放つ気配が、明らかに弱々しいのである。
神剣を開放し続けたせいでレベルが下がっているうえ、度重なる激戦で反動と消耗も凄まじいのだろう。
イザリオも自分の限界を悟っているはずだが、自信ありげな表情で笑い飛ばす。フランを心配させまいと振舞ってくれているのだ。
「嬢ちゃん。動けるか? できるだけ離れろ」
「ん……」
『大丈夫だ。俺がフランとソフィを連れていく』
「頼んだぜ」
『……こっちこそ、頼む』
「おう」
イザリオは手をヒラヒラと振ると、巨大抗魔に向かって駆けて行った。さほど速くないのは、俺たちが離れる猶予を与えてくれているんだろう。
『逃げるぞ!』
「ん……」
俺は動けないフランとソフィを念動で抱きかかえると、できるだけ距離を取る。
少しでも、イザリオの負担を減らさなくてはならないのだ。他の仲間たちも、動き始めている。ウルシが手伝ってくれれば早いんだが、まだ影の中から出てくることはできないらしい。
あの一撃に、全魔力を込めて使い果たしてしまったのだろう。共食いのお陰で魔力が大分回復したので俺は動けているが、それがなかったら危なかったかもしれない。
必死に離れていると、背後で神気が大きく動くのが分かった。
すでに100メートル以上は離れているが、イグニスが放つ凄まじい熱気が伝わってきていた。
イグニスから立ち上る熱気によって陽炎が生まれ、周囲が歪んで見える。しかも、イザリオの肉体が焼け爛れ、煙が上がっていた。
イグニスの周囲に渦巻く炎は、イザリオも制御がしきれないほどの超高密度の神炎なのだろう。
イザリオがイグニスを振り被ると、炎が周囲に舞い踊る。美しい光景だが、地面に触れた炎によって大地が溶け、ブクブクと泡立っているのが見えた。まるで、地獄の釜だ。
神炎を纏うイザリオに対し、危機感が刺激されたのだろうか? 巨大抗魔が大きく蠢いた。放たれているのは、強烈な邪気だ。
抗魔というより、まるで邪神の欠片かと思うほど、邪気が濃密である。そして、その肉体が弾けるように変形した。
何十本もの触手が生み出され、イザリオに向かって伸びていく。まだあんな動きをするだけの力があったのか。
そんな邪気に塗れた抗魔に対し、イザリオは冷静に技を発動する。
「神剣技・炎獄」
振り下ろされたイグニスから放たれたのは、小さな火の玉だった。失敗したファイアー・ボールのようだ。
だが、そんなわけがなかった。一直線に飛ぶ赤い玉が、巨大抗魔にぶつかった直後――。
ゴオオオオオオオオオオオオオォォ!
太い炎の柱が、巨大抗魔のいた場所から立ち上っていた。天を穿とうとしているかのように、一直線に昇る真っ赤な炎。
炎の柱の中で巨大抗魔の触手が大きく蠢いたかと思うと、すぐに燃え尽きて消滅していった。
イザリオに制御されているおかげで、俺たちのいる場所はせいぜいサウナ程度の温度で済んでいる。だが、炎の柱の内に閉じ込められた熱量は、俺たちの想像など遥かに超えたものになっているだろう。技の名前の通り、炎の地獄だった。
周囲に漏れ出す余剰エネルギーだけで、台風のような風が吹き寄せている。
そんな状態が数秒ほど続いた直後、不意に轟音と爆風が消え去った。同時に炎の柱もその姿を消している。
そして、巨大抗魔の姿も完全に消え去っていた。イザリオの炎獄によって、完全消滅したのだ。魔力を探知しようとしても、どこにも気配がない。
さらに、この周辺を覆っていた紫のドームが消え去る。
俺たちの勝利だった。
「ししょ、終わった……?」
『ああ! 巨大抗魔を倒せたぞ!』
ずっと治癒魔術を使い続けてきたおかげで、フランの状態も持ち直した。しばらく戦闘はできないだろうが、衰弱して死んでしまうような状態は脱したのだ。
神属性の反動もあるが、俺の魔力が大幅に増えた分、フランへの負担も大きいものになってしまったのだ。今後、気を付けなくてはならないだろう。
「イザ、リオ……」
『なに? あ! イザリオ!』
倒れ込んだイザリオから、急速に生命力が失われていくのが分かった。これは、危険な勢いだ。
代償でレベルが下がり過ぎた結果、神剣の反動を受け止めきれなくなってしまったらしい。長時間神剣を開放し続けたせいで、いつも以上の反動が襲っていることも原因だろう。
(師匠、イザリオを、助けて。もう、自分だけでだいじょぶだから)
『……わかった。ウルシ、いざとなったら2人を頼むぞ』
(オン)
俺はフランとソフィを地面にそっと寝かすと、イザリオに向かって飛んだ。ヤバイ! 急げ俺!
『イザリオ! 絶対に助けるからな!』
「……ぅ」
もう意識がない!
俺は神気を練り込んだグレーターヒールを連発したが全く効果がなかった。
これは、もっと上位の回復術が必要か? 今の俺の治癒魔術はLv5。状態異常の回復や、範囲回復などの術は覚えたが、グレーター・ヒール以上の純粋な回復特化の術はまだ入手していない。
あと1つか2つレベルを上げれば、憶える可能性もあるんだが……。いや、イザリオには散々世話になった。この男のためなら、自己進化ポイントを使うのも惜しくはない。
俺は治癒魔術と生命魔術、補助魔術を使い続けながら、自己進化ポイントを使用した。すると、治癒魔術を一つ上げただけで、目当ての回復術を引き当てる。
『マキシマム・ヒール!』
少し回復した! でも、これでも全然だめだ! グレーター・ヒールよりはましだが、生命力が減る方が早い!
『くそ!』
「剣よ」
『!』
なんだ? 急に気配が湧いて出たっ!
「イザリオが、危険であるようだな?」
こんな時に! 狙ってやがったのかっ!
『トリスメギストス!』
全開は、更新時間に間に合わず、ご心配おかけいたしました。
まだ完全に治りきっておらず、次回はまた4日後とさせてください。




