101 料理ギルド
クランゼルの海の玄関口にして、王都に次ぐ第2の大都市、バルボラ。
警備隊の詰所さえ、4階建ての超豪華仕様だな。サルートたちは王子たちが連行していったが、海賊はここに連れてこられたはずだ。その内、縛り首にでもなるだろう。え? 命を助けるって約束した? 俺たちは殺してないよ? ただ散々暴れてきた海賊相手に、俺たち以外が何をするかは知らんけどね。
100隻もの船が泊められるという巨大港には、20ヶ国以上の商船が出入りし、この町で手に入らぬものは無いとまで言われる商都でもある。
「すごい」
「オン」
『うおー、店がありすぎて目移りしちまうな』
港から続く大通りには、店舗から露店まで、様々な商店が連なっている。さすがバルボラと言ったところか。
200メートルほどの間に武器屋だけでも3軒はあったな。食い物屋も多く、食いしん坊ズの目がどんどん輝きを増していっているのが分かった。
まあ、金はあるし。好きなだけ買い食いすればいいさ――と言ったのが間違いだったのだろうか。
「うまうま」
「ホウン!」
「あれも」
「オンオン」
「もむもむ」
「ホフゥ」
口に食べ物を入れていない時間の方が短いのではないだろうか。抱えきれない程の食べ物を両手に持ち、ひたすら食べ続ける少女と大きな黒い犬。目立っているね。巨大串焼きを1口で食べた時なんて、周りから拍手が起きたほどだ。
そうこうしている内に、なんか大きな広場に出た。凄い広いな。多分直径で500メートルくらいはあるんじゃなかろうか。
広場に面する建物も巨大で、金がかかってそうな建物ばかりだった。いわゆる丸の内やタイムズスクエアみたいな、一等地なのかもな。自己主張の激しい建物を眺めていると、気になる看板を発見した。
『あれは……』
(師匠、どうした?)
『あそこの建物なんだが、料理ギルドって書いてあるぞ』
そう、俺が見つけたのは料理ギルドの建物だった。初めて聞いたな。どんなギルドなんだ?
「行ってみる?」
『頼む』
他にも、鍛冶ギルドとか商人ギルドみたいな超有名ギルドや、大使館の看板も見えた。それらと肩を並べて建っているんだから、相当規模の大きなギルドなんだろうか。
「ここ?」
『おう。そうなんだが……ウルシは入れないみたいだ』
入り口に「ペット、従魔を伴っての入場はお断りしております」という注意書きが書いてあったのだ。まあ、食べ物を扱うギルドなんだろうし、仕方ないよな。
(影の中に入ってれば?)
『それがいいだろう。ウルシ、建物の中では絶対に出てくるなよ?』
(クゥ……)
ウルシは少し悲しげに鳴くと、大人しく影の中に沈んでいった。どうやら、美味いものが食べられると期待してたみたいだ。しょうがない、あとで美味い物を食わせてやろう。
「たのもう」
一見、冒険者ギルドにも似ているな。中にいる人々が冒険者ではなく、料理人や商人であることを除けば。
「お嬢さん、何のご用ですか?」
「特に用はない」
「は?」
うん、受付の女性が困惑している。フラン、正直に言いすぎだ。
「料理ギルドは初めて聞いた」
「そういう事ですか。確かに、他の町には少ないかもしれません。ここは大陸中から食材が集まってくる料理人にとっては天国のような場所ですから。料理ギルドも普通以上に必要とされているんですよ」
フランみたいな子供にも丁寧に対応してくれるお姉さん。料理ギルドは、料理人や、食材を扱う商人、食堂やレストランの経営者など、料理に携わる人々が登録するギルドらしい。元は料理人の互助組織で、今でもレシピの研究と、料理人への援助が主目的なんだとか。
「お嬢さんは、料理人なのですか?」
「微妙?」
料理スキルはLvMaxだけど、料理は全然しないからな。
「師匠が、料理の達人」
「なるほど。では、その師匠さんは当ギルドに登録されてはいないのですか?」
「ん」
「では、当ギルドに登録されてはいかがですか? 食材の購入や、レシピの売買など、特典が沢山ありますよ? ぜひお薦めしておいてください」
ほほう。それは興味がある。俺は無理でも、フランに登録してもらってもいいかもな。でも、フランは既に冒険者ギルドに所属しているんだが、大丈夫なのか?
「ああ、それは大丈夫です。2重登録の方は多いですよ? と言うかですね、さすがに冒険者ギルドと比べられると、当ギルドの方が規模が全然小さいですからね。それに、拘束力もないですし。もっとお気軽な組織だと思っていただければよろしいかと。元々は料理人同士の互助会から発足した組織ですので」
「なら、登録したい」
「バルボラの商業取引資格をお持ちですか?」
「? 持ってない」
「では、料理人としての登録となってしまいます」
「それでいい」
「一応審査がありますが、大丈夫ですか?」
「審査? 何をする?」
「料理ギルドですから。作った料理をギルドの職員が食し、合格を貰えれば登録です。ここの調理室で作っていただいても、作って持ってきていただいても構いません」
それなら、俺の料理をフランに提出してもらって、代理登録とかできないかな?
「可能です。名前の登録と、料理ギルドカードの作製だけですから」
めっちゃお手軽だった。ギルドっていうからお堅いイメージだけど、その内容は会員カードとかポイントカードみたいな扱いなのかもな。
「もう持っている料理を出してもいい?」
「それは構いませんが……」
「じゃあ、これとこれで」
「え? ああ、アイテム袋」
フランが取り出したのはカレーとイノシシの串焼きだった。フロアに香辛料のスパイシーな匂いが広がり、他の料理人の注目が集まっている。
イノシシの串焼きは以前にフランが作ったやつだから不正じゃないぜ?
『審査とは言え、大事なカレーを出しちゃって良いのか?』
普段から他人に食べさせるのを嫌がるのに、どういう風の吹き回しだ?
(師匠の料理が審査される。下手な物を出すことは許されない。審査員の度肝を抜いて、合格する)
『お、おお。ありがとな』
「で、では審査員を呼んでまいりますので」
「? お姉さんじゃない?」
「一応幹部クラスの者が審査をすることになっております」
と言う事で、通された食堂で待つこと5分。お姉さんが1人の男を連れて来た。一言で言うなら気難しそうな美食家。いや、カイバラユ〇ザンかアジ〇ウ。マジでそんな雰囲気の男性だ。なんか緊張してきた。
「ほう、お主が新たな料理人かね」
「ん。これが私の料理」
「串焼きか……ふむ、いただきます」
男性がイノシシの串焼きをゆっくりと口に運んだ。ゆっくりと咀嚼し、味わう様に嚥下する。無表情が怖い。
「ふむ、普通だな」
「それは仕方ない」
フラン自身も分かっているんだろう。そう言われても、別段怒る素振りはない。まあ、気まぐれで作った、オヤツみたいな感覚なんだろうし。
「だが、悪くない。作り手の情熱が伝わってくる1品だ。少ない食材を、出来るだけ美味しく仕上げようという想いが感じられる」
「?」
ほほう。このおっさん凄いな。確かに、フランは結構頑張って作ってたんだよ。作り始めたのは気まぐれでも、やるとなれば本気なのがフランだ。
神経を使いながら火魔術を調整し、30分くらいかけてじっくりと焼き上げていたし。素材や調味料は何処にでもある普通の物だが、それにしては美味しく仕上がっていると思う。それだけ手間をかけたしな。ただ、そのせいで料理=面倒な物というイメージが付いてしまい、自分で料理をしなくなってしまったが。
1口でそれを見抜くとは、恐ろしい洞察力と観察眼だ。
「合格だ」
「ん」
良かった。こう言っちゃなんだが、この串焼きで合格できるんなら、俺も問題ないだろう。だったら、別に俺の登録いらないんじゃないか?
(だめ)
『なんでだ?』
(師匠の料理を食べさせる。そしてビックリさせる)
もう登録とかどうでも良いっぽい。カレーを食わせて、この偉そうなオッサンを驚かせたいだけみたいだ。
「次はこれ」
「面白いな。アゼリア料理にも似ているが、より芳醇な香りがしている。使っている食材もそれなりの物だ」
「カレーという。師匠が作った」
「君の師匠のオリジナル料理ということかね?」
「そう。血の滲む努力の末に創り出された、至高の料理」
違う! 違うって! 地球にあった有名な料理を何となく再現しただけだから! 香辛料さえあれば作れるお手軽料理だから!
「ほほう。それは楽しみだ」
「カレーは世界一美味しい」
「本当にそうだと良いのだがな」
そして、フランによってハードルが上がりきってしまったカレーを、美食家のおっさんが口に運んだ。
「ほうほう?」
「おいしい」
「ふむ」
「究極の料理」
我慢できなくなったのか、フランもカレーを取り出して一緒に食べ始めた。1口食べるごとに、ウンウンとうなずいている。そして、自信満々の顔でおっさんを見た。これは勝利を確信している顔だな。
「悪くない」
「ん。当たり前」
「だが、こんなものかね? 世界一には程遠いな」
男がそう言った瞬間。
「あ゛?」
フランの顔から表情が抜け落ち、凄まじい殺気が放たれた。




