1026 人の剣と滅びの歌
《余剰魔力を、仮称・師匠に還元します》
『すげー魔力がっ!』
《今の仮称・師匠であれば制御可能です。大魔法使いスキルに、集中を》
『お、おう』
アナウンスさんが言う通り、漏れ出す膨大な魔力を自身に留めて操ることが可能だ。時間が経てば霧散してしまうだろうが、次の攻撃に全て叩き込んでしまえばいい。
ただ、集中しながらも、ちょっと気になったことがある。
『なあ、アナウンスさん。俺の事、仮称・師匠って呼んだか?』
《是。希望の運び手と同化したことにより、存在の格が上昇。結果、神域からの名付けが行われました。緊急事態と判断し、通知は一時的に凍結中です》
『気を使って、無駄口は叩かないようにしてくれたってこと? ていうか、名付け? ま、まじ? つまり、ネームドアイテムになったってこと?』
フランの鎧とかと、同じ存在ってことだよな? し、神剣とは違うのか?
《個体名、人剣・師匠が真の名前となっています。神剣ではありません》
『で、ですよねー。にしても、名前あんま変わらないんだけど。というか、じ、人剣って……』
ダサくない? 超絶ダサくない?
魔剣とか霊剣とか炎剣とか竜剣とか、格好いい名前はいっぱいあるのに! 俺だけ人? 人の剣? 間違ってないけど、なんか弱そう! だって人剣だよ? もっとこう、違うのでもよかったんじゃない? 神剣と人剣! 濁点がついただけで大違いですよ神様っ!
それに、これはただ喜んでいいことなの?
『俺にデメリットはないのか? あっちの俺みたいに、感情をなくしちまうとか』
《問題ありません。名付けによる悪い影響は、全て仮称・アナウンスさんが防御可能》
『やっぱ、あるんじゃん! 悪影響!』
本当に大丈夫なの? ちょっとでも影響が出たら、結構マズいんだけど!
《合理性の上昇と、情緒の喪失。それらは元々仮称・アナウンスさんの特性であり、現在は個体名・希望の運び手の力から得た人格、情緒等のデータを元に防壁を構築済み。仮称・師匠の剣化を予防可能です》
『つまり、アナウンスさんは元々機械っぽいし、今は希望の運び手の力もあるから、気にしなくていいってこと?』
《是》
『本当に、大丈夫なんだな?』
《全く問題ありません》
『なら、いいのか?』
名前に関しても、全然違う名前になっていたら嫌だったが、フランが付けてくれた師匠のままだしな……。人剣はダサいけどさ!
とりあえず自身のステータスを確認してみると、確かに変わっていた。名前が、師匠から、人剣・師匠へと変化している。
さらには、この世界に来てからずっとお世話になっていたスキル、魔法使いの名称が変わっていた。
名前に大が付いただけだが、その性能は段違いだ。明らかに、スキルの能力が大きく向上しているだろう。
きっと、魔術の威力や、スキルの効果が今まで以上に上昇するはずだ。しかも、希望の運び手の力を受け継いだ恩恵は、それだけではない。
「師匠、凄い魔力」
「オン」
なんと、保有魔力が5000増え、魔力伝導率がSSへと上昇していた。つまり、今まで以上の魔力を刀身に纏い、攻撃力を増すことができるということだ。
破邪顕正、金式、魔力統制、邪気奔流と、スキルを全部使うつもりで自身を強化し、フランとウルシにも魔力を受け渡す。
《余剰魔力の一部を、個体名・フラン、個体名・ウルシへと譲渡します》
『フラン、ウルシ。大丈夫か? 無理するなよ?』
「ん! だいじょぶ! 使いこなしてみせる!」
「オン!」
言葉通り、フランは俺から供給された魔力を操り、自分のものとしていく。今のフランが黒雷転動からの天断を放てば、過去最強の一撃を放てると確信できた。
だが、未だに力を練り上げ続けるフランより先に、動く者がいる。
ポロロン。
「ソフィ」
「確かに、私のオラトリオは、攻撃する力が弱い。でも、戦えないわけじゃないのよ」
ポロン。
小さな音だ。だが、そこには膨大な神気が込められている。何故か震えてしまった。たった一音に感動した? それとも恐怖か?
慄く俺たちの横に立つ、大量の楽器に囲まれた聖女。
その手に持った小さなハープに指を添え、軽く爪弾く。すると、それに呼応するように、楽器たちが音を奏で始めた。
鍵盤から始まり、木管、金管、打楽器と、次々と音が増えていく。そうして、いつしか数十の楽器が完璧にかき鳴らされ、楽団によって演奏されるような荘厳で雄大な音楽が戦場に響き渡っていた。
最初はゆったりとしたテンポだった曲は次第に速さを増し、まるでハードロックやメタルかと思うほどの激しい曲調へと変化していく。
しかし、それでは終わらない。
テンションが上がり続けるアップテンポな曲は、聞く者を不安にさせるような速過ぎる曲となり、遂にはリズムに乗ることが不可能なほどの速弾き曲へと変貌していた。
間断なく放たれる魔力は、波動となって戦場を包み込み、光り輝かせる。だが、不意に音が途切れた。
何事かと思ったら、今までは前奏のようなものだったらしい。
「滅びよ。逃れえぬ滅びよ」
ゆったりとした主旋律に合わせ、ソフィの口から美しい歌声が流れ出る。
「万物が逃れえぬ、終の定めよ」
神秘的であるのに、その言葉は不吉だ。楽器の奏でる讃美歌のような高い音と、ソフィの歌い上げるオペラのような高音の歌声が合わさって、人の心をざわつかせるというか、どこか不安にさせるような音楽が生み出されていた。
「誰もが嘆き、悲しみ、恐れる、滅びよ」
以前聞いた冒険者の歌は、未来に向かって前向きになれる活力の歌だった。だが、これは歌詞の通り滅びの歌なのだろう。音楽には、希望の音もあれば絶望の音もあるのだ。
《仮称・巨大抗魔のステータス低下を確認。内部魔力が減退しています》
効果も全く違うようで、冒険者の歌が仲間たちを強化するバフ系の最上位だったのだとすれば、滅びの歌は敵の力を弱めるデバフ系の効果があるらしい。
ソフィの歌声が青黒い光へと変換され、巨大抗魔に幾度も叩きつけられる。その度に、巨大抗魔の纏う魔力が減少していくのが分かった。
しかも、その体表が、少しずつ削れているか? まるで抗魔の肉体が風化し始めているかのように、サラサラと崩れ始めていた。
「さあ、滅べよ! 汝が定めの通りに!」
聞き惚れているのか、畏れのあまり聞かずにはいられないのか、多くの者が攻撃の手を止めて棒立ちになっている。
ソフィの歌が影響を与え、巨大抗魔の存在感が明らかに弱っていた。だが、同じように弱っていく者がいる。
「我が狂気は呪いのごとくっ!」
絶叫するように声を放つソフィの両目から、血の涙が流れ出ていた。さらに、その顔色は真っ青で、唇からは血の気が失せている。
滅びの歌の反動が、ソフィの生命力を削っているのだろう。しかし、ソフィは歌を止めない。仁王立ちのまま声を上げ、オラトリオを奏で続けた。
爪が割れて剥がれ、血が溢れだしてハープの弦を真っ赤に染め上げた頃、ようやく滅びの歌が終わる。
「終末を迎えるがごとく! 疾く滅びよっ!」
最後の言葉を咳き込むように吐き出した直後、ソフィは口や目から血を流しながら、その場に倒れ込んだ。




