1025 希望の運び手
「使い切る……? どういうこと?」
突如現れ、俺たちを救ってくれた銀の女。彼女の放った「我が身を最も有効に使い切る」という言葉に何かを感じたのか、フランが聞き返している。
だが、銀の女は質問には答えず、抗魔からの魔力弾を躱しながら、その手を俺に向かって翳した。
「?」
「情報共有……回路確保」
『な、何をやってるんだ?』
「同種の存在と、情報の共有を行っています」
《是。情報及び領域の共有確認。一時的に、機能が復帰しました》
同種って、アナウンスさんのことか! 銀の女と何かしらの繋がりを得たことで、アナウンスさんが一時的に目覚めたらしい。このギリギリの場面で、頼もし過ぎる援軍だ!
《跳びます。転移を》
『お、おう!』
アナウンスさんが補助してくれているおかげなのか、問題なく転移ができるという確信が湧き起こる。その感覚に従い、俺は長距離転移を発動した。
巨大抗魔から大きく離れたおかげで、追撃の手が止む。だが、銀の女の真の目的は、アナウンスさんを復活させて俺たちを逃がすことではなかった。
銀の女とアナウンスさんが、機械的な声色でナニかやり取りを始める。
「情報取得終了」
《同期完了……よいのですか?》
「問題ありません。ただ朽ちるよりも、よほど有意義ですので」
《……無駄にはしません》
「感謝します」
どういうことだ? もっと深い部分の情報共有で、これからやることを理解しあっているようだが……。
『な、なあ。何を言ってるんだ?』
何となく落ち着かないというか、不穏な空気を感じてしまっているんだが。危険察知は働いていないが、2人がやろうとしていることをこのまま進めさせていいものか?
《申し訳ありません。ですが、必要なことなのです》
「全ては私の責任です。気に病む必要はありません」
『だから! どういう――』
俺が、詳しく問いただそうとした時であった。
俺の刀身が持ち上がり――ズブリ。
『なっ!』
「師匠っ!」
「オン!」
俺の驚愕の声と、フランと影の中から出ていたウルシの悲鳴が重なる。
「なんでっ!」
『お、俺じゃない! アナウンスさん! どういうことだよっ!』
俺の刀身が勝手に動き、銀の女の胸を刺し貫いていた。俺がそんな動きをすると思っていなかったせいで、フランも俺を掴んでいる手を止めることができなかったのだろう。
自身の手に伝わってくる感触が信じられないのか、目を見開いて自身の腕を見ていた。
今俺を動かしたのはアナウンスさんだ。友好的じゃなかったのか? 動揺する俺たちを他所に、銀の女は相変わらずのテンションで首を横に振る。
「ご安心を。私が望んだことです」
「なん、で……?」
「先ほど言った通りです。我が身を有効に使うため」
銀の女は自身を貫く俺の刃にそっと手を添えると、微笑んだ。
「準備はいいですね?」
《是。統合を開始します》
直後、俺の中に膨大な力が流れ込んでくるのが分かった。単に魔力が供給されているというだけじゃない。
もっと重要な、ナニかだ。俺のシステムに不思議な力が満ち、強化されていく感覚があった。
『こ、れは……!』
「!」
フランは俺を引き抜こうとしたが、できなかったらしい。俺とともに銀の女の体が引かれ、フランの手の内に倒れ込んだ。
フランに抱えられた銀の女の体は、ピクリとも動かない。まるで死体のようだが、もともと血肉のないゴーレムだ。どんな状態なのか、いまいち分かりにくかった。
フランの腕に抱えられた銀の女だが、すぐに変化が訪れる。全身が微かに光ったかと思うと、髪の先端や指先から、光の粒となって崩れ始めたのだ。
「体が!」
「問題ありません」
『問題ないって……! おいおい、どうなって……。ちょ! 光が!』
《問題ありません。そのまま受け入れてください》
『いや、だって!』
銀の女の体が変換された光が、俺の刀身へと引かれるように集まり出す。それだけではなく、明らかに俺の中へと吸収されていた。
俺がやっていることではない。
どうやら、アナウンスさんと銀の女、双方の意思が働いているようだ。
驚いている内に、力が戻ってくるのが理解できた。この大陸で摩耗し、消耗した力が、回復している。それどころか、強まっているのが分かった。
特に、アナウンスさんだ。
『アナウンスさん。俺、アナウンスさんが感じ取れるかもしれない』
《個体名・希望の運び手の力を吸収することで、一時的に仮称・アナウンスさんの利用可能領域が拡張されているからでしょう》
『一時的ってことは、すぐに元に戻っちゃうのか?』
《この状態では、仮称・師匠にも大きな負担がかかります。ただちに、師匠へと還元します》
『あと、希望の運び手って、銀の女のことか?』
《是》
希望の運び手……。それが、神級鍛冶師ゼックスが彼女に付けた名前か。
どんな人物か分からないが、抗魔をどうにか倒したいと考えていたことは間違いないんだろう。そのために、オーバーグロウスを育て、その運び手である銀の女を作ったんだろうしな。
『なあ、これでよかったのか? 俺なんかに、力を渡すような真似して……』
「はい。主の願いを叶えるためにも、自分が存在した証を残すためにも、これが最適であると考えました」
《吸収した全情報を、同期して還元します》
『うぉ!』
薄っすらと感じていた力が、はっきりと存在感を増す。そして、俺の中で明確な形を成していく感覚があった。
『魔力の通りが……よくなってるのか?』
《仮称・師匠の持つ『魔法使い』が、『大魔法使い』へと進化しました》
凄いぞ! 魔力が、思い通りに操れる! これなら極大魔術もスキルも、完璧に使える!
俺が喜ぶ感情が伝わったのか、銀の女が微笑みを浮かべた。ゴーレムとは思えない、美しい笑いだ。
「お役に立てて、光栄です。私は、最期に、希望を運ぶことができたのでしょうか……?」
『!』
希望の運び手の体が、先程以上に光り輝き、光へと急速に変わっていく。
『ああ! この力! 今の俺たちにとって最高の希望だっ!』
「ふふ。ありがとう……」
その言葉を遺し、希望の運び手は俺の中へと吸い込まれていった。もうその姿はないが、確かに新たな力を感じる。彼女の名の通り、希望の力だ。
『ありがとうな』




