1024 時間を稼げ
ジェインが開放したネクロノミコンの能力は、過去の神剣使いの英霊を召喚するだけではなかった。
「出でよ! 出でよ! 出でよっ! 黄昏に蠢く亡者どもよ! 死を抱きし軍団よ!」
ジェインによって100体を超えるハイ・ゴーストが召喚されていく。それぞれが魔術を扱う上位種であり、物理攻撃では倒されない物理透過能力を持つ。さらに、ジェインの指揮の下、儀式魔術すら扱うのだ。
そんな凶悪な死霊たちが、ネクロノミコンやソフィの魔曲で強化されている。1体1体が脅威度Bクラスの強さがありそうだった。
ソフィはもう隠す余裕もないのか、普通にオラトリオを開放している。イザリオたちが現れたことで、勝負どころであると理解したのだろう。ソフィを護衛するように、メアやヒルト、ゼフメートにコルベルトの姿もある。あの凄まじい落下攻撃も、耐えきったらしい。
死んではいないだろうと思っていたが、元気なようでなによりだ。
イザリオの火炎とジェインのハイ・ゴースト。そしてソフィの支援を受けたメアたちや兵士、冒険者たちの攻撃で、巨大抗魔の肉体が少しずつ削られていく。神剣3本が協力することで、大技を放たずとも抗魔の再生力を上回っているのだ。
特に凶悪なのが、イザリオの操る炎だろう。純粋な攻撃力に秀でているだけあり、抗魔の体を少しずつ灰に変えていた。
だが、イザリオが万全の状態なのかと言えば、そうではない。
(イザリオ。レベル下がってる?)
『ああ。明らかに動きが遅くなってるな』
イザリオは長時間の神剣使用で、レベルがかなり下がってしまっているようだ。これ以上の無理は、本当に命に関わるだろう。
それに、ジェインも心配だ。
「あはははは! 全力で潰してあげる!」
一見、ハイテンションで絶好調に見えるが、顔色が悪い。元々青白く見える肌の色をしているが、今は蒼白と言ってもよかった。
「ジェイン、へいき?」
「もうちょっとはね! でも、案外硬くて、ワタクシちょっと大誤算?」
ちょっとなの? 大なの? どちらにせよ、想定以上に巨大抗魔が硬いということらしい。
ジェインは軽く言っているが、神剣の消耗はかなり激しいはずだ。
「やはり、私が――」
「まあまあ、お待ちなさいな。さっきも言ったでしょう? ワタクシたち大人に任せておきなさいって。子供を続けて犠牲にしたとあっては、魔王の名が廃るのよ」
再びベルセルクを構えようとしたアジサイを、ジェインが止める。
「見ていなさい。我が国の至宝、ネクロノミコンの奥の手を! まあ、ちょっと時間かかるけど」
アドルの邪神斬りのような、奥の手を持っているようだ。ネクロノミコンの放つ神気が、段々と強さを増していく。
アジサイが死ぬのも止めたいが、ジェインに死なれてもフランは悲しむだろう。無茶はしないで欲しいが、そうも言ってはいられない。
深淵喰らいからの魔力供給によって、再生速度が初期よりも格段に上昇しているようなのだ。
明らかに、強くなっていた。体は砕けていても、魔力だけは上昇していくのが感じられる。一度撤退して戻ってきたときには、手が付けられないほど強くなっていそうだった。
「私たちも行く」
『ああ』
「!」
フランが、決意と共に駆け出した直後だ。その口から、悲鳴が漏れ出す。俺たちが攻撃されたわけではない。
「イザリオ!」
攻撃されたのは、イザリオだ。巨大抗魔は無抵抗を装いながら、力を溜めていたらしい。それもこれも、最も厄介なイザリオを排除するための一刺しを繰り出すためなのだろう。
巨大抗魔の眼の一つから放たれた魔力の弾丸が、イザリオの防御をぶち抜いて吹き飛ばすのが見える。
地面を転がるイザリオに追撃が加えられようとしているのを察知して、フランは一気に跳び出した。大地を蹴る前にその身を黒雷と化し、抗魔とイザリオの間に飛び出す。
「くぁぁ!」
『フラン! ああ! くそっ!』
さすが、あのイザリオを吹き飛ばすほどの攻撃だな!
障壁をあっさりと貫通され、俺とフランは弾き飛ばされていた。一撃受け止めただけで、俺の刀身には大きくヒビが入っている。フランも両腕がへし折れ、大ダメージを食らっていた。
それでも、止まるわけにはいかない。
『フラン! 次がくるぞ!』
「ん……!」
俺が治療している間にもフランは地面に着地し、そのまま前に向かって走った。勢いを殺さずイザリオを攫うように抱きかかえると、身を捩って魔力弾を躱す。掠った魔力弾に猫耳が削り取られて、血が舞った。
小脇にイザリオを抱えたまま駆けるフランに、次々と放たれる魔力弾。やはり、イザリオを逃がすつもりはないのだろう。
『イザリオ! イザリオ!』
「……すまねぇ! 助かった! デカいのをぶっ放そうと思って力溜めてたら、ちょいと動きが遅れちまった……」
大丈夫そうだな。魔力を溜め続けていたせいで、防御が僅かに疎かになってしまったらしい。今も、イザリオの中で大きな魔力が維持されているのが分かる。
それを阻止しようとするかのように、濃くなっていく弾幕。
イザリオの炎が止んだことで、再生に回していた力や魔力をより攻撃に割けるようになったのだろう。
「フラン、俺を捨てろ! もう大丈夫だ!」
「ん!」
フランの手から離れたイザリオは、地面を転がりながら勢いを殺し、フランとは反対方向へと走り出す。
これ以上、フランが攻撃されないように、距離を取ろうとしてくれたのだろう。
しかし、イザリオを救出したことで、フランも抗魔の攻撃対象になってしまっていた。イザリオと同時に、こちらにも魔力弾が飛んでくる。いや、イザリオとジェインの奥の手が発動するまでの時間を考えたら、いいことなのか? だが、攻撃が激し過ぎる!
フランはギリギリで直撃は避けているが、このままでは危険だろう。俺もフランもここまでの激戦で、かなり消耗してしまっていた。動きのキレが、かなり落ちているのだ。
それでもフランは魔力弾を見切り、スレスレで躱しつつ、俺で攻撃を斬り裂いている。
しかし、抗魔の放つ圧縮された魔力弾は、俺たちの想定以上に威力が凄まじかった。数回魔力弾を防御したところで、俺の刃が真っ二つに折れてしまう。
「師匠っ!」
『大丈夫だ! それよりも、躱せぇっ!』
「くああああ!」
『フラン! 無茶すんな!』
「くぅぅ……。だい、じょぶ」
俺がさらに破損することを怖れ、使うことを躊躇したらしい。魔力弾を、腕で無理やり弾いていた。フランの右肘から先が、千切れ飛ぶ。
千切れた手に握られて宙を飛びながら、俺は治癒魔術を全力発動させた。俺もフランも、瞬間再生ですぐに傷は塞がる。しかし、ダメージのせいでフランは足が軽くもつれ、逃げ遅れてしまっていた。
『うおおおぉぉぉぉ!』
俺は、フランの盾になるように滑り込む。障壁最大でどこまで耐えられる?
フランの顔が、悲痛に歪むのが分かった。だが、フランの想像した最悪の未来は訪れない。
俺とフランの間に、さらに人影が出現していたのだ。彼女は障壁を張って、魔力弾をなんとか防ぐ。腕が破損してしまったらしいが、そこから血が流れ出ることはなかった。
それどころか、痛みを覚えている様子もない。まあ、それも当然だ。何せその正体はゴーレムだからな。
「跳びます」
銀髪の女性は、フランを抱えて一気にジャンプした。魔力放出を使いながら、空中を滑るように駆けていく。
「なんで、ここにいる?」
「ナディア様に関しては、商人のムルサニに任せております。そして私がここにいるのは、我が身を最も有効に使い切るため」
そう答えたのは、神級鍛冶師ゼックスに作り出されたという人そっくりなゴーレム。銀の女であった。
 




