1023 魔国の宝剣
アジサイがベルセルクを抜くと、ハガネ将国兵たちから呻き声が漏れ出た。巻き込まれることに恐怖を感じたのかと思ったが、そうではない。
彼らの顔には、明らかな悲哀と悔恨が浮かんでいるのだ。
「儂らが不甲斐ないばかりに……」
「アジサイ姫様まで……」
アジサイがベルセルクを使い、犠牲となることを悲しんでいるのだろう。やはり、ハガネ将国の兵士たちはベルセルクの所持者を大切に思っているようだ。
ただの上位者という以上の、敬意や親愛の情を抱いているように見える。
フランはアジサイを止めたそうな顔だが、その想いを口には出さない。現状、彼女に頼らなければ巨大抗魔にとどめを刺すことは難しいのである。
それに、神剣の使い手が、覚悟を決めたのだ。その想いを無下にすることは、フランにはできないだろう。拳を血が出るほどに強く握りしめながらも、立ち尽くしていた。
「フラン」
「アジサイ」
少女たちの視線が交錯する。見つめ合うこと、数秒。だが、その数秒で事態が大きく動く。
「待ちなさい。ベルセルクの少女、あなたが犠牲になる必要はなくなるわ」
声の主は、魔王ジェインだった。
「? どういうこと?」
「こういう時に命を懸けるのは、大人の仕事ということよ」
ジェインは少女の前にスッと立ちはだかると、真剣な顔でアジサイを止める。しかし、アジサイは首を振って前に出ようとした。
「もうあの抗魔が再生し始めている。時間がない」
確かに彼女の言う通り、巨大抗魔の体が目に見えて治り始めている。これ以上放置はできないだろう。
それでも、ジェインは退かなかった。
「だからお待ちなさい。大丈夫。あなたが攻撃しなくても――」
キュドォン!
ジェインの言葉に合わせるかのように、抗魔の体表で大爆発が起こる。爆炎がその体を焼き、再生していた部分を灰と化した。
明らかに、普通の魔術ではない。上空にいる人影の仕業だろう。
「ワタクシたち大人が。そして、あの男がうんと頑張るから」
「あれは……イザリオ!」
フランが叫んだ通り、爆炎を放った人影の正体は行方不明だったはずのイザリオであった。その体を、半透明の幽霊のようなモノが支えている。
「ジェインが、イザリオを見つけてくれたの?」
「その通り――よ!」
フランの言葉に応えていたジェインが、その手を軽く横に振った。すると、一振りの短剣が手品のように姿を現す。
高速で飛翔し、ジェインの手の内に戻ってきたらしい。魔王の証の1つだという、国宝の短剣だ。
「この剣は、死霊術の触媒としては最高峰なの。探知能力と、配下の指揮能力を最大限に高めたゴーストを生み出して、瓦礫の下を捜索させていたのよ」
この短剣を核にした強化ゴーストを召喚して、そいつにたくさんのゴーストたちを指揮させる。そうすることで、瓦礫の下でも問題なく活動できるイザリオ捜索隊を作り上げていたってことらしい。
ジェインがあまり戦闘に積極的に参加していなかったのは、そちらを重視していたからだろう。
「でも、イザリオだいじょぶ?」
「まあ、長くは戦えないでしょうねぇ。でも大丈夫よ! 何せ、ワタクシが加勢するのだから!」
そう叫んだジェインが、短剣を高々と掲げる。そこからは、神属性の魔力が溢れ出していた。
「死をもって死を贖い、死によって死を言祝ぐ。死を識り、死を記し、死を活かせ! ネクロノミコン!」
驚愕する俺たちの前で、扉が開かれる。
「神剣開放っ!」
国宝の短剣から青黒い光が放たれ、周囲の者の視界を奪う。光が収まり皆の視力が回復した時、そこにあったのは武器ですらなかった。
「本?」
『あれが、神剣か? まあ、超兵器の総称で、武器の形をしてない場合があるってのは分かっていたが……』
ソフィのオラトリオも、楽器形態だった。まさか、こんな近くにまだ神剣が隠れていたとはな!
浮かんでいるのは、金属の表紙を持った巨大な本だ。サイズは、22インチテレビくらいかね? 銀色の表紙には、開放前の短剣と同じような彫刻が施され、共通点が見いだせる。
溢れ出す威圧感と神気を見れば、誰であってもあれが神剣であると確信できるだろう。
宙に浮いていた神剣――魔導剣・ネクロノミコンは、ジェインの手の上にスッと滑り込んだ。触れてはおらず、掌の数センチ上に浮いている状態だ。
「英霊の章、第7項、記述再現。七つの戦場にて不敗を誇りし、七人目の魔王。一度剣を引き抜けば七つの首を落とし、七つの城を墜とした。七日七晩戦い続け、七つの国を退けし偉大なる戦王――」
ジェインの言葉に合わせて、ページが勝手にパラパラと捲られる。そして、開いたページから小さな文字のようなものが虚空へと飛び出すと、そのまま円形に並んで魔法陣のようなものを描き出した。
魔法陣が光を放ち、その中からさらに何か大きな物がせり上がってくる。
棺桶だ。
全体に彫刻が施された、非常に豪奢で威圧感のある、石製の棺である。中に埋葬されている者は、高貴な身分であることは間違いないだろう。
皆が息を呑んで見守る中、棺の扉が勝手に開いた。思いのほか狭い棺内には、一体のミイラが安置されている。
「目覚めなさい。英霊よ! 我らが先達よ!」
『……久々の戦場であるか』
包帯の合間から覗く顔が、ニタリと笑った。
「その通り。ワタクシたちとともに、あのデカブツを倒しなさい」
『ほう? よいぞよいぞ! なんと悍ましい存在であろうか! 力の振るいがいがあるというものだ! 元魔王、モルテン・ドゥービー! 暴れてくれようぞ!』
名前からして、ジェインの祖先であるようだ。首飾りのトートと同じだろう。だが、その力は段違いだ。モルテンを魔獣として考えたら、脅威度Aに届くのではなかろうか?
ミイラの体を包んでいた包帯が光の粒へと変わりながら解け、鎧兜となって再びモルテンを飾り立てる。身に纏う魔力は、敵には絶対回したくない禍々しさを放っていた。
トートが肉体を得て戦う姿を見たが、それよりもはるかに強い。
「おいきなさい。次いで、英霊の章、第――」
しかも、ジェインはさらに2体、ドゥービーの姓を持つ死霊魔獣を召喚し、戦場へと送り出していた。どいつも、強い。
モルテンが剣士で、新たに呼び出したディエス、マウトは魔術師タイプと、様々なタイプが揃っているようだ。
強力なアンデッドを使役できる神剣ということなのか?
フランの疑問の視線に気づいたのか、ジェインが簡単に教えてくれた。
「彼らは、歴代のネクロノミコンの使用者たち。その成れの果てよ。魔族を導く剣であるネクロノミコンと契約した者は、英霊となって死後も魔族を守護し続けるというわけ」
代償が、死後もネクロノミコンの内部に取り込まれて、使役され続けるということなのか? 俺もフランもゾッとしたが、ジェインに悲壮感はない。
「あはははは! 素晴らしい力でしょう?」
本気でそう言っているらしい。強力な死霊術師である彼女にとって、忌避することではないのかもしれないな。
「さあ! イグニスにオラトリオにネクロノミコン! 神剣3本の競演! 目に焼き付けなさい!」
 




