1022 衝突後
天空から落下してくる巨大抗魔を睨みつけながら、アースラースは大地剣・ガイアを握る手に力を込めた。力んだ筋肉が盛り上がり、肥大化する。元々筋肉質な彼の体が、今は筋肉の塊のようだ。
体をねじり、巨大なハンマーのようなヘッドが地面スレスレになるように構える。ゴルフのバックスイングに似ているかな?
その状態で、神剣に魔力を集中させているのが分かる。アースラースは巨大抗魔を迎撃するつもりであるらしい。
両者ともに、俺たちなど足元にも及ばないような超エネルギーを内包している。そのぶつかり合いが、どのような破滅をもたらすのか?
『走れ走れ走れ!』
俺はフランを急かす。急かしてしまう。大分距離を取ったはずなのに、未だに危険察知が反応しているのだ。
走り始めて数秒。フランは全速力を出しているはずなのに、遅く感じてしまう。それほどのもどかしさが、俺を焦らせていた。
すでに、オーファルヴたちへと追いついてしまっている。
「みんな! 逃げる!」
「もう無理じゃ! 盾隊! 前に出ろ!」
「「「おう!」」」
フランは、ここで皆と一緒に踏みとどまることにしたらしい。ドワーフたちの後ろで、足を止めた。
『フラン! 共鳴魔術を使うぞ!』
(わかった!)
俺たちが共鳴させるのは、火炎魔術と風魔術だ。それも、攻撃ではなく、防御用の魔術である。
炎熱を遮断するフレイムバリアと、風を防ぐウィンドシールド。これを共鳴させることで、爆風を弱めるための巨大な壁を生み出すのである。
完全に防げずとも、少しでも弱めればドワーフ盾隊の手助けになるだろう。
「広域衝撃結界!」
さらに、セリアドットが巨大な結界を展開する。いざという時に対応できるよう、静かに力を練り上げ続けていたらしい。
俺たちの張った共鳴魔術と、セリアドットの結界が二重の壁としてドワーフたちの前方に展開した直後。
流星が墜ちた。
大地にぶつかる寸前、その動きが鈍ったように見えたのは、アースラースの迎撃の成果なのだろう。
それでも完全に跳ね返すことはできなかったようだ。
凄まじい大爆発が発生し、閃光と爆風と瓦礫が大地を薙ぎ払っていた。
俺たちの張った壁など、一瞬で破壊される。セリアドットの結界は少し持ちこたえたが、それでも一秒は防げなかっただろう。ドワーフたちが突き出す魔力の盾も一気に削り取られる。しかし、それでもドワーフたちは耐えきっていた。
魔力を全て注ぎ込み、なんとか盾が完全破壊されることを防いだのだ。数秒のせめぎ合いの後、周辺の暴風が収まる。
ドワーフ盾隊は、まともに立っていられるものが一人もおらぬ程に消耗し、その場で倒れ込んでしまった。だが、そのおかげで、大きな被害はない。
降ってくる瓦礫で怪我をしたものはいるが、死者はいないだろう。魔族たちがすぐに動き出し、怪我人を回復している。
救護は彼らに任せ、俺たちは巨大抗魔の攻撃に備えるためにすぐに風魔術で周囲の砂塵を吹き払った。すると、驚きの景色が目に飛び込んでくる。
大地が大きく抉られていた。俺たちが立っている場所だけはドワーフたちのお陰で無事だが、周辺は重機で掘り下げたかのように一段低くなっている。
それが延々と続いているのだ。むしろ、俺たちがいる場所が周囲に比べて一段盛り上がったかのような状況だ。
衝撃波によって、大地が大きく削り取られてしまったのだろう。だが、爆心地に比べればはるかにましだ。
超巨大な穴が開いてる。円形の柱を大地に深々と突き刺して引き抜いたのかと思うような、丸く深い穴だ。
衝突の衝撃のほとんどを、抗魔が真下に集中させたのだろう。
このエネルギーがもっと周囲にまき散らされていれば、俺たちだって無事には済まなかったに違いない。
そして、肝心の当事者たちであるが、巨大抗魔は大穴からやや離れた場所に転がっていた。満月のように真球だったその体は砕けて抉れ、ここから見ると三日月が大地に墜ちてきたかのようだ。
体積の7割くらいは失ったのではないだろうか? 表層部分が一部残っているような状態で、核の部分は消滅している。
ただ、まだ魔力は失われていない。すでに内部では再生が始まっているのだろう。
対するアースラースは、大穴のすぐ近くに転がっている姿が見えた。全身が焼けこげ、ピクリとも動かない。
「アースラース!」
駆け寄って確認すると、かろうじて生きているような状態である。腕が一本失われ、下半身は潰れてひしゃげていた。
しかし、まだ生きていれば助かる。そもそも、既に再生が始まっているのだ。ただ、俺たちは大急ぎで治癒を行う。魔力を全て使い切る覚悟で、ただひたすら治癒魔術を使い続けた。
「……角の光、止まった」
『ああ、危なかったな……』
倒れるアースラースの額の角が赤く輝き、ドンドンと強さを増していたのである。宿主の死に瀕し、狂鬼化が発動しようとしていたのだろう。
傷が癒えたことで、止まってくれたらしい。
『今アースラースに暴れられたら、どうなるか分からんからな』
「ん」
アースラースが巨大抗魔に襲い掛かり、倒してくれるのであればいい。だが、そう都合よくはいかないだろう。
こちらの軍勢に襲い掛かり、大きな被害が出る可能性の方が高いはずだ。
そうなれば、仲間たちは壊滅、抗魔は完全復活ということにもなりかねなかった。
『フラン。俺たちも行くぞ。ここで倒せなけりゃ、かなりヤバい』
目覚めたアースラースが再度戦えるかも分からないのだ。今ここで、止めを刺さねばならなかった。
近づいてきた冒険者たちにアースラースを任せると、フランはドワーフたちに合流する。だが、攻撃は思うようにいかなかった。
準備が終わっておらず、抗魔を消滅させるには火力が足りていないのだ。アドルが先走った時と、同じ状況になってしまっていた。
頼りにしていたメアたちも、爆風に吹き飛ばされてどこにいるのか分からない。死んではいないと思うが……。
全軍に、焦りの色が見え始める。巨大抗魔の回復速度が、こちらの攻撃を上回り始めていたのだ。
奴が完全回復してしまえば、もう本当に打つ手がなくなる。どうする? 俺が思いつく反撃手段は、ソフィだけでも逃がして、冒険者の歌を使えるノクタで巨大抗魔を迎え撃つという作戦だけだった。
大勢の人間が死ぬだろうが、それ以外に勝てそうな作戦なんかないだろう。
そんなことを考えていると、馬車から少女が降りてきた。兵士たちが身を挺して守ったのか、損傷がほとんど見えない。
そうだ、彼女のことを忘れていた。
「アジサイ」
「サカキ、シキミ。後は頼むね」
「……分かりました」
「……任せてください」
「巻き込むかもしれないけど。ごめんなさい」
アジサイは周囲のドワーフや魔族たちに向かって、場違いなほど気楽な様子で頭を下げた。そして、神剣を抜き放つ。
「アジサイ!」
「フラン。ここでお別れ。ベルセルクを国元へ戻すためには、アレを倒さないといけない。私が、止めを刺す」




