1017 ドワーフと魔族
既に神剣開放状態のアドルが、巨大抗魔に攻撃を仕掛ける。
さすが神剣。アドルのレベルが多少下がっているとはいえ、その威力は絶大だ。神剣から伸びる圧縮された神気の刃が、巨大抗魔の足を簡単に切断していた。
空間ごと斬り裂いたのかと思うほどの、圧倒的な斬撃だ。しかも、一撃では終わらない。
幾重もの斬線によって両足が細切れにされ、その巨大な体が大地に叩き落される。
まるで、ビルでダルマ落としでもしたかのような、現実味がない光景だった。
だが、失った足はすぐに再生を始める。木の種が一瞬で芽吹き、凄まじい速度で大樹へと成長していく過程を見ているかのようだった。
さすがに一瞬で再生とはいかないが、あの超巨大な足が元通りになるまで30秒はかからないだろう。
それを見て、アドルは歯噛みをしている。
「最上級の抗魔なだけはあるな。ならば、消滅させるまでだ!」
確かに、再生できなくなるくらいまで消滅させてしまえば倒せるだろうが……。いくら神剣でも、可能なのか?
ただでさえデカく強いのに、深淵喰らいから無限の魔力を得ていることで、再生力や障壁もトップクラスなのだ。
「できるの?」
「……我が剣は、シラードの威信たる最強の神剣! この程度の敵を打ち倒すなど、奥の手を使えば容易なこと!」
それは、自分自身に言い聞かせるかのような言葉であった。嘘ではないだろうが、本心とも思えない。まるで、そう在らなければならないと、自分を鼓舞しているようだ。
だが、アドルがこの場で奥の手を放つことはなかった。
突如、巨大抗魔の周囲に大勢の気配が湧き出してたのだ。1000を超える軍勢が、いきなり現れていた。
その中心にいるのは、肌を刺すような威圧感を放つ背の低い女性ドワーフと、禍々しい死霊属性の魔力を纏った魔族の女性である。
「ふはははは! スノラビット軍、見参である!」
「あはははは! 魔王様の推参よ! 頭が高い! 控えおろう!」
ドワーフ国と魔国を率いる、女王たちであった。
以前もそうだったが、ジェインの能力で軍全体を隠していたのだろう。戦闘中では、俺たちですら発見できないほどの超隠密性。しかも、出現するのは魔王と、その親衛隊。
これって、万の軍勢よりも余程厄介だよな。対大軍や、対国家で考えたら、下手な超越者一人よりもよほど危険だろう。
聖国やスノラビット相手にこの能力を晒しているのは、平気なのか? あの国は危険だから、先に攻撃してしまおう的なロジックが用いられても、おかしくはないと思うんだが。
オーファルヴたちドワーフならともかく、聖国なんざ信用はできんだろうし……。攻められる心配がない距離だからか? それとも、全軍隠密能力を教えても問題ないほどの奥の手があるとか?
女王たちの軍を見たアドルが攻撃の手を止め、軽く舌打ちをする。さすがに巻き込むような攻撃はできないらしい。
「やれい!」
「「「おう!」」」
見守る俺たちの前で、魔族の補助魔術で強化されたドワーフたちが、一斉に攻撃を開始した。狙うのは、未だに再生途中の右足である。
「おいさぁぁ!」
「どらさぁぁ!」
豪快な掛け声とは裏腹に、その動きは統制が完璧に取れている。
魔力を最大限に込めた一撃を、数十ものドワーフたちが完全に同じタイミングで繰り出していた。
巨木であっても一撃で斬り倒せるような強烈な斬撃が、同時に何十発も炸裂するのだ。さしもの巨大抗魔の障壁であっても、あっさりと突破されていた。
爆発のような衝撃によって、抗魔の装甲が大きく抉れて弾け飛ぶ。すぐに再生が始まってしまうのだが、再生しきる前に次の攻撃が繰り出されていた。
五列隊形を作ったドワーフたちは、先頭を次々と入れ替えながら、全力攻撃を叩き込み続ける。
だが、巨大抗魔も、ただやられ続けているわけではない。長い腕を伸ばして、ドワーフたちに叩きつけたのだ。高層ビルが勢いよく倒れ込んでくるのと同じである。
思わずフランが声を上げたが、ドワーフたちは動じない。
「盾隊ぃぃぃ!」
「「「おう!」」」
女王の声に応えて、左右に控えていたドワーフたちが一歩前に出た。そのまま、背負っていた大盾を頭上に高々と掲げる。そして、同時に叫んだ。
「「「盾聖技・パワーシールド!」」」
壮観な光景だった。密集し、同時に盾技を発動することで、超巨大な一枚の盾のように見えるのだ。ドワーフたちの魔力の盾は、巨大抗魔の手を受け止め、弾く。
どうも、盾自体が強力な魔道具であり、盾技の強度を上昇させる効果があるらしい。だとしても、まさか受け止めるどころか、押し返すとは思っていなかった。しかも、弾く方向さえ、計算していたらしい。
腕を外側に弾かれた巨大抗魔は、バランスを崩していた。それを狙っていたのか、ジェインの号令によって魔族が一斉に攻撃を加える。
結果、巨大抗魔は再び仰向けに倒れ込んだ。体が大きすぎて、いまいち制御しきれていないのかもしれない。この辺は、巨人型と同じだった。
ドワーフと魔族の連合軍は、集団の力の凄まじさを体現している。だが、なぜか2人の女王は苦々しい顔だ。
「これはダメだな」
「そうねぇ。このままじゃ負けちゃうわね」
なんと、弱気な言葉がその口から出る。
「無理なの?」
「うむ。無理だな。黒雷姫よ、お主だってわかっておるだろ? あのバカみたいな再生力を発揮しても、魔力が減らぬ。それどころか、今も増え続けているのだぞ?」
「チマチマ削っても、無意味ってことよねぇ。やるなら、一発ドカーンとやらないと」
「今はまだ押し止めることができているが、いずれこちらの力が尽きる」
「これだけ厄介な敵、私も生まれて初めて見るわねぇ」
やはり、彼女たちの結論もそうか。俺も、同じことを考えていたのだ。結局、アドルが言った通り、再生できないくらい全身を完全消滅させるくらいでないと、こいつを倒すことはできそうもなかった。




