1009 フォールダウンとエビル・イータ
トリスメギストスは自らが持つ剣を軽く掲げると、事も無げに言った。
「ファンナベルタが、お前らにはまだ利用価値があるというのでな。ここで死なれては困るそうだ」
やっぱ、あの剣がインテリジェンス・ウェポンなのか!
その言葉を、メルトリッテが凄まじい形相で聞いている。自分の祖先たちを追い詰めたこの竜人王に対し、深い恨みを持っているのだろう。
そんな相手に命を救われ、利用価値があるなどと上から目線で言い放たれる。それは、復讐者であるメルトリッテにとって、この上ない屈辱に違いない。
「私は、お前も殺すわ!」
「そうか。好きにすればよい」
本当に、この2人はどんな関係なんだろうな。
メルトリッテとの会話を打ち切ったトリスメギストスは、もう話は終わりだと言わんばかりに彼女から背を向ける。
メルトリッテはその背をギラギラとした目で睨みつけているが、攻撃をするようなことはしなかった。
殺せないことも分かっているし、ここでトリスメギストスが死に戻っては、自分がフランに倒されるとも分かっているからだろう。
憎くて仕方がない竜人の王に、庇われなければ死んでしまうという、自分の立場。噛みしめられた唇の白さを見れば、どれだけの激情を押さえつけているのか分かる。
突如立ちはだかった超越者を前にして、フランは冷静に口を開いた。
「メルトリッテと、仲間なの?」
「違うな。ただ、その娘の才は、珍しい。故に、殺すのは惜しいらしい」
「才?」
「廃棄神剣を使うための才だ。正規のナンバリングから外れているとはいえ、元々神剣として作り上げられた剣。誰でも扱えるわけではない。それを、2本同時に振るっている。ゼックスの廃棄神剣と余程相性がいいのだろう」
やはりあの2本は、神級鍛冶師ゼックスが造り上げたものだったか。作り上げた剣が神に認められず、一本も神剣を生み出さなかったという、珍しい神級鍛冶師だ。
オーバーグロウスも、ゼックスが作り上げたものだったはず。ゼックスの剣は廃棄神剣と呼称されてはいるものの、本当に廃棄されたわけじゃないようだった。
トリスメギストスの言葉から推測するに、正式な神剣として認められていない準神剣は、廃棄神剣と一括りで呼ばれるのだろう。
「自身を邪人と化す代わりに、邪気を操る力を得る堕天剣・フォールダウン。自らの肉体を抗魔と化す代わりに、抗魔を操ることを可能とする邪蝕剣・エビル・イータ。その双方を同時に扱い、正気を保っている」
なるほど、メルトリッテの支配能力の絡繰りが何となくわかった。
邪気を操る剣と、抗魔を操る剣。それに加えて、ウィステリアの血筋が持つ邪神の先導。これらを合わせることで、抗魔や、邪竜人を操ることが可能なのだろう。
抗魔を生み出す力も、2振りの廃棄神剣の力だろうか? 深淵喰らいの核に刺していたことを見るに、エビル・イータの能力で核に命令を下せるとか?
「ここで退くのならば、追わんが?」
「メルトリッテは……、何するつもりなの?」
「答える必要を感じんな」
「くっ……!」
さらに質問をぶつけたかったのだが、トリスメギストスはそれを許さなかった。敵意を微塵も感じさせない状態で、いきなり斬りかかってきたのである。
「ほう? 反応するか」
感心しながらも、その手に持ったファンナベルタを振るう。その斬撃は的確で鋭いのに、相変わらずこちらへの敵意も戦意も感じられなかった。
これほど雰囲気と行動が噛み合っていない相手は、初めてである。しかも、その剣の腕前は、フランと互角以上だった。
(強い!)
『こいつ、確実に剣王術級の腕前だ!』
長年、ゴルディシア大陸で剣を振るい続けているのだ。むしろ、極めていなくては不自然なのかもしれない。
フランは気合を入れ直し、反撃し始める。
「たぁぁぁ!」
「なるほど。剣王術を使うか。その剣をファンナベルタが危険視するのも分かる。うん? ただ利用価値があるだけだと? そうであるか。分かった」
急に独り言をつぶやき出すトリスメギストス。あれは、確実に念話で喋っているな。俺とフランも、傍から見るとああ見えるのかもしれない。
「ファンナベルタ以外のインテリジェンス・ウェポンは初めて見たぞ」
「! なんで、分かる?」
「ファンナベルタは、情報分析に長けている。他者の念話を傍受することなど、容易いのだよ。解析してみたいところだが、手に入らぬのであれば破壊せよと我が副官が言うのでな。壊させてもらう」
俺の念話を盗み聞きして、正体を看破されたってことか! 俺自身は鑑定遮断や隠蔽で偽装しているが、喋っていることがバレたら推測は可能だろう。
そして、ファンナベルタに危険視されたってことらしい。
「師匠を、壊す……?」
「今差し出せば、傷付かずに済むが?」
「ふざけるな……!」
俺を破壊すると宣言したトリスメギストスに対し、フランがブチ切れてしまった。
俺ですら寒気を覚えるほどの、禍々しい殺意だった。
怒りを直接向けられているわけではないメルトリッテが、血の気の失せた真っ青な顔でガタガタと震え、あのイザリオがビクッと背筋を震わせるほどである。
何も知らない人間が今のフランを見たら、どう考えても狂っていると思うだろう。それほど、今のフランから理性の色が感じられない。
フランは獣のような野太い咆哮を上げると、その殺意のままに俺を叩き付けた。
「うあああぁぁ!」
「いい動きだ」
次回は、4/8更新予定です。
今月末に、原作13巻、コミカライズ11巻、スピンオフ4巻が発売されます。
また、アニメのPVも公開されましたので、ぜひご覧ください。
まじで素晴らしいできなので!
レビューをいただきました。
ペン神化、使いたいですね。いや、もしかして無意識に使っている?
その代償が、逆流性食道炎だったのか!
今年はアニメの放映もありますので、しっかりと療養したいと思います。
今後も拙作をよろしくお願いいたします。




