1007 剣神化の先
フランの斬撃が、メルトリッテの胴を薙ぐ。
「きゃぁっ!」
メルトリッテの口からは、苦し気な悲鳴が漏れ出していた。今までと違って、痛みを感じているようだ。俺も神属性についてまだ熟知しているとは言えないが、苦痛無効スキルを無効にしたと確信できた。
それに、与えたのは痛みだけではない。深々と斬り裂かれた傷口からは、魔力と邪気が溢れ出しているのだ。
先ほどは血も魔力も溢れなかったが、神属性の影響で抗魔の体にも大きなダメージが入ったらしい。
しかも、フランの攻撃はこれで終わらなかった。
「はぁぁぁ!」
「くぅぅ!」
振り切った剣先を返し、メルトリッテの左腕を斬り飛ばす。強靭な防御力を誇る抗魔の体も、剣神化の攻撃力ならば苦も無く斬り裂けるのだ。
圧倒的な技量に、刃を覆う濃密な神属性。その一撃は、まさに剣神の業だ。
「急に、何が……!」
「逃がさない」
「この! くぅぅ!」
戦闘中にいきなり強くなったフランに、メルトリッテは初めて焦りの表情を見せていた。何とか逃げようとしているが、今のフランから逃げきれるはずもない。
対するフランも、俺にだけ分かる程度の困惑の表情だ。ただ、それは俺も同じである。
(体が、軽い?)
『ああ。俺もだ』
剣神化を使った時にいつも感じる、身を削るような喪失感。
単に、耐久値が削れるだけではない。もっと奥底から消耗するような、何かが摩耗する感覚がある。今回はそれが少なかった。
ないわけではないが、いつもに比べたら半分以下だった。
フランも、明らかに反動が少ないようだ。
獣蟲の神の加護を得て、神属性を自力で扱えるようになった成果だろうか?
今までは俺が、何とか神属性を制御しようとしていた。だが、フラン自身が神属性を得ることが、剣神化を使いこなすための条件だったらしい。そりゃあ、上手く扱えないはずだ。
フランがこの力を使いこなせている証は、反動と消耗の少なさだけではない。
剣神化による最適化された自動戦闘ではなく、フランの意思で体が動いていた。
勝手に理想の動きをするのではなく、理想の動きが理解できるようになったフランが、いくつもの選択肢の中から自身で行動を選び取っている。明らかにそんな感じなのだ。
今の俺たちなら、アレが斬れる気がする。それはフランも同じだったのだろう。
俺が教えた場所に向かって、不意に斬撃を放った。一見すると、何もない虚空を無駄に斬ったように見えただろう。
だが、そうではない。
フランが狙ったもの。それは、邪気の糸だった。十字の魔剣から、イザリオと激戦を繰り広げる抗魔へと向かって伸びている、見えない糸だ。
これまでの打ち合いで、俺がその糸に重なることは多々あった。しかし、それで糸がどうこうなることはなかったのだ。まあ、そうでなければ、戦闘なんかしてられないからな。
だが、今なら斬れる。俺もフランも、そんな確信があった。
フランの剣神化と、俺の邪気支配。その2つが無意識に合わさった結果――。
「切れた」
「そ、そんな……! 何で!」
邪気の糸が切断され、消え去る。同時に、赤金の抗魔の動きにも目に見えた変化があった。急に動きが悪くなったのだ。
制御が利かなくなって同士討ちでもしてくれればラッキーだったのだが、さすがにそこまではいかなかった。
イザリオに吹き飛ばされた抗魔を見て、メルトリッテが叫ぶ。
「あと少しなのにっ!」
邪気の糸を通して、何らかの力を与えていたのだろう。明らかに、抗魔の放つ力が弱まっていた。まだ強いことは間違いないが、勝てないほどではなくなった。
赤金の抗魔の危機とみて、加勢に向かう素振りを見せるメルトリッテ。
どうやら、あの抗魔を倒されたくないようだ。彼女の計画に、何か関わっているのだろうか?
「いかせない」
「いぎっ!」
動揺して隙を晒したメルトリッテを、フランが攻撃する。背を斬られて、フランを無視する訳にはいかないと思い出したのだろう。
メルトリッテが憎悪の籠った瞳で、フランを睨みつける。フランは止まることなく、そんな彼女を攻め立てていった。
消耗が少ないということは、より長く剣神化を使っていられるということでもある。フランは未だに剣神化を維持したままだ。
腕、足、胴体。次々と裂傷が穿たれ、その端から再生していく。このへんの神属性への耐性も、上級抗魔と同じだ。
だが、傷は治っても、再生のために使用した魔力は失われていく。明らかに、メルトリッテの放つ力が弱り始めていた。
しかも、メルトリッテが防戦に追い込まれているのは、こちらの動きが良くなったという理由だけではない。
絶好調のフランに反比例するように、メルトリッテの動きが悪くなっているのだ。ダメージを受けて、動きが鈍くなったのもあるだろう。ただ、それだけではない。
防御面で、妙な動きを見せている。不自然なタイミングで、こちらの攻撃を食らうのだ。どうやら、十字の魔剣を庇っているようだった。
戦闘の初めには剣で受けを狙っていたような場面で、無理に回避を行っている。そのせいでリズムが狂い、余計にフランの攻撃を食らってしまっていた。
冷静になって立て直せばまだ戦えるだろうが、メルトリッテは時間が経つにつれて焦り始めている。メルトリッテの視線の先にいるのは、イザリオに翻弄される赤金の抗魔だ。
イザリオに余裕が出てきたらしく、明らかにカウンターを貰う回数が増えていた。その体が赤熱しているのは、イザリオお得意の高熱フィールドの仕業だろう。戦いの天秤は、一気にイザリオに傾いている。
「どけっ! 小娘ぇっ!」
メルトリッテの半狂乱の言葉には答えず、フランは俺を正眼に構える。そして、力の籠った言葉を発していた。
「黒雷神爪っ!」
今月後半から、10日ほどお休みを頂こうと思っています。
最近、逆流性食道炎が酷くなって少々寝不足気味なのですが、その原因が明らかに過労とストレスであると指摘されまして……。
今月26、28は更新し、その次は来月8日に更新予定です。




