1004 メルトリッテ
核の間への入り口から、ゴウゴウと炎の帯が噴き出している。まるで超大型の火炎放射器のようだ。
核の間でイザリオが、大規模な火炎攻撃を行ったらしい。狭い部屋の中に納まりきらなかった大量の炎が、通路へと逃げて噴き出したのだろう。
炎から一瞬遅れて、人影が飛び出してくる。地面をゴロゴロと転がるその人物は、間違いなくイザリオだった。
まるで攻撃を回避したかのように、地面を何度か転がる。
いや、実際、攻撃を回避したのだろう。イザリオを追うように、未だ燃え盛る火炎の下を突き破って一体の影が飛び出してきた。
メルトリッテではない。それは、抗魔だった。どこから出てきた?
その外見は、少し大きめの剣士型に近いだろう。身長は2メートルほどだ。だが、全身が真っ赤で、角などは金という、見たことがない配色をしていた。
そして、内包する魔力と邪気は、震えがくるほどに圧倒的だ。巨人型を遥かに超えている。過去に見た抗魔の中で、最強と言っても過言ではないだろう。
その目が、数十メートル離れているこちらを向く。奴の間合いに入った。それが分かり、フランの背筋が微かに震える。
下手に動けば、それだけで危険だ。それほどに、強い。
『これは、逃げるのは難しそうだな……』
「ん」
戦うべきか、全力で逃げるべきか。迷って足を止めたフランに対し、イザリオが叫ぶ。
「竜人の嬢ちゃんたちを逃がせ! 俺が足止めするっ!」
イザリオの顔には、紛れもなく焦りの色が浮かんでいた。彼がそんな表情をせねばならぬほど、この赤金の抗魔は厄介なのだ。
イザリオは怒鳴りながら殺気を放ち、抗魔の注意を惹こうとする。だが、抗魔の視線はこちらを向いたまま外れなかった。
正確には、ベルメリアやフレデリックを見つめている。狙っているのはベルメリアたちなのか?
「こっち向けや!」
「ゴオオォォ!」
イザリオが抗魔に牽制の炎を叩き付けるが、腕の一振りで消し飛ばされてしまう。
いくらイザリオでも、あれを相手にするのは骨が折れるだろう。神剣を開放せずに勝つのは、至難の業のはずだ。
「ウルシ! みんなを逃がして」
『フラン! 戦うつもりか!』
「イザリオは何度も神剣開放してる。これ以上の無理は危険」
『そりゃあ、そうだが……。ああ、もう! 仕方ねぇ! ウルシ、ベルメリアたちを上の階まで連れていけ!』
「オン!」
逃げようとしてることを察したのか、抗魔が一気に詰めてきた。速いが、警戒をしていて見失うほどではない。
フランの受け流しと俺の念動により、抗魔の攻撃をなんとか往なした。ランクS冒険者の前で、そんな隙を晒していいわけがない。
「無視すんじゃねぇ!」
「グガァァ!」
イグニスで斬りつけられ、抗魔が真横に弾き飛ばされていた。神剣の斬撃で大した傷を受けないのは脅威的だが、ダメージなしとはいかないのだろう。
さすがに、イザリオを注視している。その間にもウルシは速度を上げ、あっという間に豆粒になっていた。ここまで距離ができれば、もう追いつかれることはないだろう。
「トリスメギストスと女の子は?」
「トリスメギストスの野郎は、分からん。動かなかったしよ。静観することにしたらしいな。ローブ野郎は――くるぞ」
イザリオの言葉と共に、通路から新たな人影が姿を見せた。ローブの少女、メルトリッテだ。
「……逃がしたの?」
ウルシが走り去った方角を、憎々し気に睨んでいる。
「残念だったなぁ? 竜人の嬢ちゃんたちは遥か彼方だ」
「やってくれたわね。でも、いいわ。ここで惨めたらしく死んでほしかったけど、最終的に殺すことには変わりないんだし」
「ほう? 何をするつもりだ?」
「言うと思って?」
「さてなぁ? ここは一つ、最近は節々が痛くなってきた憐れなおじさんに、こっそり教えてくれたりしないかねぇ? まだあんたの名前も知らないしねぇ」
「ふん。いいわよ。殺す前に教えてあげる。私の名前はメルトリッテ・ウィステリア。愚かな竜人たちに滅ぼされ、この大陸を追われた哀れな一族の裔! そして、竜人に家族を奪われた者! 我が目的はただ一つ、存在する価値など欠片もない邪悪な竜人どもと、奴らに与する者たちを根絶し、祖先と家族の仇を討つこと!」
イザリオの言葉に不敵な表情を返したメルトリッテは、朗々と歌い上げるように自らの名と目的を告げた。
「復讐者かい」
「復讐など何も生まないとか、空しいだけだとか、訳知り顔で諭してみる?」
「そんなこと言えるほど、できた人間じゃねぇよ。ただ、復讐を目的にする奴は止まらねぇからな。面倒だと思っただけさ」
会話をしつつも、イザリオは抗魔から視線を外さない。
「メルトリッテさんよ。あんた、抗魔を操れるのかい? それどころか、核から抗魔を生み出したように見えたが」
「ええ。その通りよ」
ここまできたら隠すつもりもないのか、メルトリッテは大きく頷く。赤金の抗魔は、核から生み出された特別製であるようだ。
「へぇ? どうやって?」
「教えると思う?」
イザリオには見えていないのだろう。だが、俺にはメルトリッテの持つ十字魔剣と、赤金の抗魔を結ぶ邪気の糸のようなものが薄っすらと見えていた。
邪気を操る能力を持つ十字の魔剣と、同じように邪気に作用するウィステリアの邪心の先導。多分、それらを組みわせて、深淵喰らいの核に干渉しているのだろう。
「じゃあ、そろそろ死んでくれるかしら?」
メルトリッテがそう呟いた直後、抗魔が跳ねるように動き出していた。その標的は、イザリオである。
まずは強敵であるイザリオから撃破しようというのだろう。つまり、メルトリッテはフランならば自分で相手取れると思ったのだ。
舐められたものである。
『フラン。抗魔はイザリオに任せて、俺たちでメルトリッテの相手をするぞ』
「ん!」




