1001 獣蟲の神
獣蟲の神様って……! なんで神様がこんな邪気塗れの小汚いところに! いや、俺の中なんだけどさ!
「資格を手に入れたこの娘に、加護を与えにやってきたのだ」
『資格?』
「どゆこと、ですか?」
何故か、フランも獣蟲の神様に疑問を返している。
『あれ? フランもまだ分かってないの?』
「ん」
「緊急事態であったゆえに、まずはそなたに声をかけたのだ」
『緊急事態ですか?』
「そうだ。我の本来の目的でなかったとはいえ、目の前で神理を侵しかねん者を見つければ、止めぬわけにはいかん」
『それって、俺の事ですよね?』
「うむ」
獣蟲の神様が重々しく頷くと、怯えるように黙ってしまった邪神の欠片を指さした。
「この哀れなる存在も、神の一部。漏れ出した力を使用する分には問題ないが、こやつそのものの力を契約も許諾もなく使えば、それは神の利用となる。神罰の対象だ」
『ま、まじか! あっぶねぇ!』
どうやら、邪神の欠片が放つ邪気を使うだけなら問題ないが、邪神の欠片から直接力を引き出す行為はまずいようだ。
いや、邪神の欠片から許しを得て力を借りる分には、問題ない? まあ、会話もできないし、そんなこと有り得んだろうが。
『と、止めていただき、ありがとうございます!』
「うむ。資格者がいきなり神罰を下されては、あまりにも憐れだからな」
『その、資格者というのは?』
「この娘は己が力で神の力を感じ取り、最初の扉を開いた。それ故、我が加護を受ける資格を得た。これからも精進するがいい」
神の力? 扉? 加護って、スキルの加護か? やっぱ意味が分からないんですけど! だが、フランはそれで納得したらしい。
「ん! わか、りました」
今絶対、いつも通りに対応しようとしたよね! ただ、フランは敬語を使うことを嫌がっていない。むしろ、すんなりと獣蟲の神を、格上の存在であると認め、受け入れているようだ。
激励の言葉にも、嬉しそうに頷いている。やはり、獣人たちを作った神様は、特別なのだろう。
「用事も済んだ。ではさらばだ」
獣蟲の神はそれだけ告げると、こちらの返事も待たずにその姿を消してしまった。威圧感を出されていたわけじゃないんだが、やはり神様の放つ気配がそばにあるだけで緊張してしまうのだ。
『ふぅ……』
「ふぅ……」
俺もフランも、同時に肩の力を抜いていた。詳しいことを聞こうかと思ったが、フランの姿が薄れていく。神様に連れてこられた精神が、肉体に戻ろうとしているのだろう。
その前に、フランが口を開いた。
「師匠。すぐにやるから」
何をなどとは言わない。ここでやると言えば、イザリオの援護しかないのだ。
『了解』
獣蟲の神様から与えられた加護のお陰か、扉とやらを開いたおかげか、フランは何かを掴んだらしい。
詳しいことを聞くのは、やっぱり後回しになりそうだな。
フランが完全に消えるのと同時に俺の意識が浮上し、外の情報が入ってくる。
全てが止まって見えていた。いつからか分からないが、俺の時間が超加速していたのだろう。獣蟲の神様の力に違いない。
ゆっくりと動き始める景色。同時に、フランが前に出ようとしているのが分かった。その動きは、明らかにゲオルグやイザリオに近い。
世界がゆっくり見えているからこそ、フランの初速が超越者たちに迫ると分かった。
『イザリオ!』
俺がそう叫んだ刹那、時が完全に動き出す。一気に視界が高速の景色で塗り潰され、そして俺の刃がゲオルグに叩き込まれていた。完全にゲオルグの動きを見切った一撃だ。
「ガァァアァ!?」
フランの研ぎ澄まされた一撃にあわせて、俺は全ての力を爆発させる。俺とフランの力が合わさったその斬撃は、ゲオルグの強固な障壁と鱗を易々と斬り裂いていた。俺たちと竜人王の魔力がぶつかり合い、火花のように魔力光が飛び散る。
右足を切り落とされたゲオルグは、盛大にバランスを崩していた。倒れなかったことは驚いたが、床をズザザと滑りながら動きを止めている。
しかし、イザリオがゲオルグを攻撃することはできなかった。
「オオオォォォ!」
「フレデリック! なんで!」
「ちっ!」
ティラナリアたちを見張っていたはずのフレデリックが、イザリオに襲い掛かっていたのだ。その表情からは理性が感じられない。
静かだと思ったら、操られていたのかよ! ローブ野郎の仕業か?
フランは咄嗟にフレデリックを蹴り飛ばす。その一撃には、僅かに神属性が混じっているのが分かった。さっきの斬撃もそうだ。ほんの僅かであるが、フランが神属性を操っていた。
『フラン、今のは……!』
剣神化も神獣化も使っていないのに、自力で神属性を? 当然、黒雷神爪も発動していない。普通の蹴りに、神属性が乗っていたのだ。これが、扉を開いたってことなのか?
いや、今はそれどころじゃないな。俺はフレデリックを念動と大地魔術で拘束する。だが、その間に、ベルメリアとティラナリアが拘束を解き、動き出していた。
「嬢ちゃん! そっち頼む!」
「ん!」
入り乱れての乱戦になりかけるが、イザリオとフランが一枚上手である。フランは完璧な位置取りでベルメリアたちを引きつけ、イザリオは起き上がりかけているゲオルグに攻撃を仕掛けた。
赤い輝きを纏った神剣がゲオルグの胸を軽々と貫き、その内側に火炎を一気に流し込む。
「グガアアアアアアァァァ!」
断末魔の叫びを上げて空を掻き毟るゲオルグだったが、その声すら燃やし尽くされたかのように音が止まる。その口から漏れ出てくるものは、竜人王の中を焼く真っ赤な火炎の舌だけであった。
全身の穴という穴から炎を噴き上げながら、その体が縮んでいく。端から灰になって崩れ落ちているのだ。
そして数秒後。
そこには灰すら残らず、床を焦がす黒い痕だけがあった。
『殺さずに捕まえるのは無理だったなぁ……』
「ん」




