999 正体を明かす
ベルメリアを無力化ついでに回復したフランとウルシは、そのままティラナリアに攻撃を仕掛けた。
強化されていても、神竜化は発動していない。今の俺たちなら瞬殺であった。
ベルメリア同様にダメージを与えた後、大地魔術でがっちりと身動きを封じる。
「ウルシ、2人を見張ってて!」
「オン!」
これで、残るは竜人王ゲオルグだけだ。
だが――。
「グルアアアアァァ!」
「はぁぁぁ!」
ゲオルグとイザリオの戦いは、あまりにも壮絶であった。
転移を多用しながら超高速で動き回る金の影と、火炎を撒き散らしながら防御を続ける世界最高峰の冒険者。
近寄れば、ゲオルグの神速の余波で体をバラバラにされるか、イグニスの炎熱によって体を炭に変えられるか。
俺たちであっても死を覚悟せねばならぬほどの、地獄がそこにはあった。
『ゲオルグの強さは……異常すぎる』
同じ神竜化状態だったベルメリアに比べても、次元が違っていた。元々の性能が段違いなのだろうか?
割って入ろうにも、そのチャンスすら見いだせないのだ。
だが、時間をかけていたら神竜化の維持ができなくなるだろう。俺の耐久値が下がり始めているのだ。
俺が竜人ではないため、本来の力は発揮できていない。そのため、反動も本来よりも弱くなっている。だとしても、そう長くは維持していられないだろう。
神竜化のお陰で、神属性の操作性が凄まじく上がっている。今なら、今まで以上に神属性の籠った一撃を放てるのだが……。
「……」
フランは微動だにせず、力を練り上げていた。ただ静かに身構えながら、割って入るスキを探している。
『ローブ野郎は……』
まだ動かないな。ベルメリアとティラナリアが捕まっても、動揺する様子も助けようとする素振りも見られない。
攻撃を仕掛けようか迷ったが、藪蛇になっては最悪だ。こちらを無視してくれている内に、ゲオルグを倒してしまおう。
『フラン。どうだ?』
(……むぅ。もうちょっと)
どうやら、ゲオルグの動きを見極めようとしているらしい。そして、感覚を掴めつつあるようだ。
一撃でも入れば、均衡を崩すことができるはずである。イザリオなら、その隙は見逃さないだろう。
ただ、フランは数少ないチャンスを完璧にものにしたいと考えたらしい。
(師匠)
『いけるか?』
(それはまだ。そうじゃなくて、イザリオに師匠のこと、教えてもいい?)
『うん? 俺の正体をばらすってことか?』
(ん。師匠が、イザリオに念話で作戦伝えて)
『ああ、そういうことか』
フランはさらに集中したいのだろう。僅かな言葉を発する力さえ、攻撃に回すつもりであるらしかった。
(イザリオなら、師匠の事教えても平気)
『……そうだな。イザリオなら、明かしても大丈夫かもな』
(ん)
一瞬のタイミングのズレが、致命的な結果を生むかもしれない。ここはやはり、念話でタイミングを合わせるべきだろう。
正体を隠してもいいが、ここはしっかりと俺の正体を明かして、信頼を得る方がいい。フランはそう考えたようだった。まあ、気に入った相手であるイザリオに対し、いつまでも秘密を抱えていたくはないという想いもあるのだろうが。
ただ、いきなり声をかけてビックリさせるわけにはいかない。イザリオなら大丈夫だと思うけど、万が一があるからな。
フランがあえて気配を消さずに、少しだけ前に出た。それだけで、イザリオもゲオルグもフランのことを意識の端に捉えただろう。
そこで、さらに声をあげる。
「イザリオ! 今から驚くかもしれないけど、驚かないで!」
もっと言い方あるんじゃないか? ただ、それでイザリオが軽く頷くのが見えた。フランが何らかの介入をしようとしているとは伝わったらしい。
少しだけ間をおいて、俺は静かに声をかけた。
『イザリオ。聞こえるか?』
(おん? 男?)
『その通りだ。俺は師匠。まあ、名前に関してのツッコミは間に合っているので、気にしないでくれ。ああ、返事はいい。一方的に喋るから、闘いに集中してほしい』
イザリオが僅かに動揺した気配があるが、戦闘への大きな影響はなかったらしい。よしよし、なんとかなったかな?
『俺はあんたの味方だ。といっても中々信じられないだろうから、俺の正体を明かす。俺はインテリジェンス・ウェポン。フランの装備している剣だ』
(は? おっとぉ!)
『信じがたいのは分かるが、今は信じて欲しい』
イザリオがチラリとフランを見た。ただ、すでにフランは集中を始めており、彼の仕草に反応を返す余裕がない。
仕方ないので、俺は飾り紐を手の形に変形させ、サムズアップを返しておいた。それで、理解してくれたのだろう。
(マジかよ)
『マジだ。で、これからフランが一発かます。それに合わせてくれ』
(……了解だ)
よし、あとはフランがゲオルグに一撃入れるだけだ。
フランは相変わらず集中している。それこそ、自分の周囲の気配さえ感じることができないほど、その集中は深く重い。
目すら瞑り、完全に自分の内へと入り込んでしまっていた。ゲオルグを見ていなくていいのか?
だが、今下手に声をかければ、フランの集中を邪魔してしまうかもしれない。俺にできるのは、フランを信じて待ちつつ、守ってやることだけであった。




