変化
ある朝。空はきっと晴れているに違いない。
この家には窓や通気口が一切ないため、
外の様子など想像するしかない。
外部から完全に遮断された部屋。
僕はそこで生き延びている。
床にはおもちゃが散らばっている。
昔は物珍しく、よく遊んだが、
最近は手に取ることもない。
何年もこういう生活を続け、
僕はそろそろ退屈し始めている。
何も経験することがなく、
誰かに会うこともない。
そう、一人を除いては……
「こんにちは~、来たわよ!」
またやって来た。
同い年位の女の子で、本名は知らない。
昨晩もうちに寄り、話をしたり、
水や食べ物の補給と片付けをしてくれた。
摂ることのできる食品の分量も、
僕は厳密に決められている。
そして会うことができる人物は彼女しか存在しない。
まさかお嫁さんも、彼女になるのだろうか。
僕は身震いした。
「昨日のケーキ、美味しかったでしょ!
クリームにこだわって作ったんだから!」
そういえばラッピングされた包みがあったな。
まだ開けていないのだが。
適当に相槌を打っていると、彼女は急いでいるらしく、
帰って行ってしまった。
僕は包みを開けてみることにした。
……この世のものとは思えない食べ物が見える。
僕は逡巡したが、食べないわけにはいかないだろう。
えいやっと口に押し込んだ。
たぶんクリームに納豆とトロロ芋が入っている。
スポンジの成分までは想像したくもない。
おそらく肉類が入っている。
僕は食べきり、水をがぶがぶ飲んだ。
「実験は成功ですかねえ、先生」
先生と呼ばれたあの少女は、
撮影されている部屋の様子を見ながら、
満足そうに肯いた。
「そうね、今まさに食べたとこだわ。
このままいってくれれば……」
画面に写っている部屋の中で、
彼がじゅくじゅくと爆発し始めた。
わめきちらしている様子が伝わってくる。
「今日は何かしら?」
小声で話しながら、じっと観察していると、
少年は大きな獣になった。
画面を見ていた職員は、一斉に歓喜の叫びをあげた。
あの部屋の中では、獣が暴れ、部屋がずたずたに散らかされる。
壁が壊れ、隠しカメラも露出してしまったが、
それが何か、理解できるほどの知能は無いであろう。
壊れたおもちゃは廃棄処分だろう。
明日には新しいものを買ってこよう。
「これからもずっとこのままでいてね」
うっとりと少女はつぶやく。
次の日、少年はベッドから起きてこなかった。
毛布をすっぽりかぶっているように見えるが、
そんなことはお構いなしだ。
少女は、今までのデータを基に食料を用意し、
おもちゃの入ったリュックを背負って、
目当ての実験動物の元に辿り着いた。
「おはよー♪元気~?」
にこやかに扉を開ける。
しかし部屋の中には誰もいなかった。
「どうしたの?」
探したが、どこにもいない。
毛布は空っぽで、人のかたまりのように見えていただけだ。
出られるはずがないのに。
少女は研究室へ緊急回線をつなぎ、
慌てて扉を閉鎖した。
「うまくいったな……」
少年は内心ほっとしながら、
扉の外の茂みに隠れていた。
辺りには血液や肉片が飛び散っている。
いずれ発見されるかもしれないので、
早く逃げることにしよう。
僕は他の惑星から来て、
ただ地球を旅行していただけなのだが、
うっかり捕まって実験動物にされてしまった。
僕は食事を摂ると、それに合わせて状態が変化するので、
さんざん変なものを食べさせられた。
しかし、もう安心だ。
人間を捕食すれば、体力がついて星に帰れる体になる。
あと4,5人は食べなければダメだけど。
近場に大人の人間が沢山いるといいけどな。
鋭い牙と爪が金属音を立てる。
それと、水をたくさん飲めば体が液体となり、
蒸発してしまうということ、僕自身を含めて、
誰も分からなかったみたいだな。