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◇自演乙!! 2

事情があって差し替えました。



「でぇいりゃーーーーーー!」

勇ましい掛け声とともに、振り下ろした剣は虚しくもモンスターにかすりもせず、そのまま地面を抉るだけだった。

 勇者――その名はキラ――と対峙する怪物は、3枚に分かれた舌をちらちらと蠢かせ、攻撃の機会を窺っている。爬虫類をモチーフとした、のそのそと歩き回るだけの雑魚キャラである。ドラゴンのような高尚な種族ではない。羽も無ければ、火も吐かない。ただ、突進してその牙で噛み付くことで、冒険者を苦しめようとする。

 蒼光りする鎧と漆黒のマントを身に纏い、長髪をたなびかせる勇者の相手としては、いささか物足りない。不足度数が果てしない。本来であれば。

 ――ライフポイントはまだ十分あるが、ここで無駄なメンタルポイントを消費するわけにはいかない――。そう考えたキラは即座に決断を下す。この敵を最小の労力でもって倒す秘められた方法。最後の手段に打って出た。

 ――ペコポコリン――と、戦いの緊張を削ぐ音が聞こえたかと思うと、キラの頭上に噴出しのようなものが浮かぶ。

『誰か…………助太刀を頼む!』

 キラとモンスターとの戦いを遠巻きに眺めていた3人の冒険者達が、ほそぼそと相談を始める。キラと彼らは同じパーティの一員。つまり共通の依頼――クエストと呼ばれる――を受け、その目的に向かって力を合わせんとするグループのメンバー同士である。依頼を取りまとめる斡旋所で知り合った仲とはいえ、当然、キラの敵は彼らの敵でもある。ここまで、共闘を避けていたのはキラの実力をひと目見ようとする野次馬根性に由来していた。

 今、彼らはバトルゾーンの外にいる。モンスターが大きくポジションを変えない限りはその攻撃を受けることはない。よって、さしたる緊張感もなく、悠々と話し合いができるのだ。追い込まれた勇者の現状にさえ気を使わなければ。

 伝説の勇者をして、御し得ない難敵にどう対抗すべきか対策を練っているのだろうか。その会話はしばらく続く。

 くすんだ銀色の鎧に身を包み、長い細身の剣を持った青年。腰まで届く三つ編みをゆらゆらさせながらリズムを取る少女。それに豚――あるいは猪か――の顔をした巨漢。手には大きな斧を持っている。それにキラを入れて4人がこのパーティメンバーの全てだ。多少戦力のバランスに欠けているものの、この場はこの4人で切り抜けるしかない。

 相談はまとまったようだ。長く尖った耳をした三つ編みの少女が、歩み出る。膝丈まである貫頭衣をすっぽりかぶり、腰には帯を巻いている。カンフー着と見て取れないことも無いが、動きやすさに関しては疑問のある格好だ。手にしているのはボウガンだろう。

「では、僭越ながらここはわたしが」

それだけいうと、少女はボウガンを構えて気合を溜め始めた。いや気合ではなく呪文を詠唱し、矢に特殊な力を込めているのだ。彼女の構えるボウガンの矢がほのかに光を放ち始める。

 が、その間に運悪くモンスターに攻撃権が移ってしまった。標的にしていたキラを目掛けて突進してくる。咄嗟にかざした盾で攻撃を受け流し、致命傷は避けたもののその衝撃で後方へ飛ばされ尻餅をつく格好となってしまった。キラのライフポイントが僅かながら減少する。キラは堪らず、仲間達を振り仰ぐ。

 その次のターン、

「スプラッシュアローーーーー!」

と少女の事務的な叫び声が響き渡る。構えたボウガンから青白い光の帯が、勇者の肩口をかすめ、モンスター目掛けて失踪する。水属性の力を帯びた、比較的初級の攻撃技である。

 光線の先端を走る矢がモンスターの眉間に突き刺さる。と、同時に脇に浮かぶライフゲージが急速に短くなり、果ては消滅した。同時にゲージの持ち主であったモンスターもさらさらと崩れ始め、跡形もなく消え去ってしまう。

とどめを刺した少女には心ばかりの経験値が与えられた。勇者がてこずった難敵を一撃で葬ったといって銀の鎧の剣士や巨漢の男から賞賛されるでもなく、本人も特に何の感慨も感じていないようだ。いまだに倒れこんだままの勇者に歩み寄り、声を掛ける。

「それでは、先を急ぎましょう」

「ああ、今回のクエストの目的地である洞窟最新部までは、あと少しだ。徐々に敵が強くなってくるが、気を抜くなよ」

勇者の言葉に、3人は無言でうなずく。

「と、その前に…………誰か、回復呪文かけてくれない?」

キラが遠慮がちに呟いた直後、、少女が手をかざし、簡単な癒しの呪文を詠唱し始めた。キラの周りに水色の光点が瞬いたかと思うと、キラのライフゲージが全快する。

「毎回こんな感じで進んでるんですか?」あきれ口調で青年が問いかける。キラに対してなのか、少女に対してなのかはっきりとしない。

「そう、大体こんなもんよ。キラさんは戦闘が苦手だから。私達がしっかりしないと」

「そんなもんですか」

と、今度は猪顔の巨漢が言葉を発する。

「そう、そんなもんさ」

それに臆面もなく答えたのは、こともあろうにキラであった。


 その後一行は、多少手ごわくなったといわれる雑魚キャラ達を難なく倒し――キラがあまり戦闘に参加しなくなったのが大きな要因――洞窟の奥深くで待ち構えていた剣士の骸と遭遇する。

 今回の依頼は、この剣士に安らかな眠りを与えること。かつて、この地方に栄えた都市の騎士団に所属していた高名な剣士がいたという。それが、どのような理由があってのことか骸骨となって彷徨っているのだ。

「よし、ここは俺に任せろ。みんなはフォローを頼む」

言うが早いが、キラは勢い良く走り出した。キラの動きに気付いた骸骨が、剣を身構える。と、その骸骨の体が、薄い靄に包まれた。言われたとおりに、フォローにまわった巨漢の男が、魔法を使ったのであった。

骸骨剣士の素早さが下がり、命中率が低下したはずだ。骸骨の頭上で2色の下向きの矢印《ステータスダウン素早さ&命中》が点滅し、それを裏付ける。

援護を受けたキラが、骸骨剣士に切りかかろうとしているその前に、銀色の鎧が割り込んだ。キラに構うことなく、骸骨の肩口に切りかかる。その直後には何処からとも無く飛んできた矢が骸骨剣士の頭部に突き刺さった。

「おっ、おいお前達!」

割り込みを批難するキラの声に構うことなく、少女と青年の攻撃は続く。

「あっ、そんなんでいいんだ」

巨漢の男もそう呟くと、自身も斧を振りかざして戦闘に参加する。

 素早さや命中率が下がったとはいえ、このクエストのボスを任されている骸骨剣士である。致命傷にはならないものの、キラたち一行に少なからずのダメージを与える。しかしこれが最終決戦だとわかっている限りは、持てる能力すべてを注ぎ込むことができる。魔法の詠唱に必要なメンタルポイントを使い切ってでも、この敵さえ倒せばよいのだ。アイテムも街で簡単に補充できるものであれば惜しみなく使っても構わない。

 キラも果敢に攻撃をするがさしたるダメージを与えることができない。そして相手の攻撃はまともに食らい、ライフポイントを大幅に減らす。

「キラさんは下がってて!」

「回復役に徹してくれたらいいです」

少女が見かねて口を挟み、骸骨と剣を交えながら、青年も同意する。

――なんでいつも、こうなんだろ……――

胸の内には不満を感じながらも、もっともな提案を受けてキラはしぶしぶ後衛に下がる。気休め程度に補助魔法を使って味方のステータスアップをはかりつつ、傷ついた仲間を癒す。

ボスとの戦闘で良いところを見せようと温存していたメンタルポイントであるが、結局は、裏方として地味な役割で消費してしまった。

と、ファンファーレが鳴り響いた。巨漢の放った斧の一撃が、骸骨の胴体から頭部を切り離し、ついには撃破することができたのだ。

「お~思ったより手ごわかった」

「今回、剣も矢も効きにくい相手だったからね」

「ということは、俺のお手柄ってことですな」青年と少女の言葉を受けた巨漢の男がぽりぽりと頭を掻いた。《照れ》のサインである。

「ともあれ、めでたく目的達成。あとは、この宝箱を開けてお仕舞いっと」

ほとんど、戦闘に参加しなかったキラが調子よく会話に割り込む。その視線の先――先ほどまで骸骨剣士がいた辺り――には、大きな宝箱が鎮座している。これを開けて中身を確認するのは勇者の責務である。

 別に宝箱のトラップを警戒してといった高尚な理由があるわけではない。勇者たるもの報奨を独占する権利があってしかるべきという暗黙の了解による。

――コレクトNO0051 骸骨戦士の形見――

「やっぱり……。レアアイテムなんてそうそう出るもんじゃあないな。誰か欲しい人いる?」

「いや、僕ももう持ってますから」

「同じく」

「……」

三人の反応を見て、キラは獲たアイテムを自身のリストに加えた。持っていて役に立つわけではないコレクト系の一品ではあるが、売れば幾ばくかの金――この世界の通貨はジェンと呼ばれる――にはなる。

「それでは街まで戻りましょう」

そういうと、キラはアイテム袋から移動系のアイテムを出し、高くかざした。


「え~お疲れ様でした。今回のツアー、勇者と行くイベント攻略ツアー骸骨の洞窟編はこれにて終了です。またの参加をお待ちしております。予約制ですので参加希望の方はお早めに」

途端に営業口調となったキラとその一行は、クエストの出発点となった斡旋所に集まっていた。また冒険に出たければ、掲示される依頼の一覧から目ぼしい物を見つけて参加表明をすればよい。もちろんその都度、キラとパーティを組む必要も無い。一人で参加することも可能なのである。

「じゃあ僕達はこれで」

「またの機会にお願いします」

本心からか、社交辞令か青年剣士と巨漢は、そういい残すとそそくさと去っていった。

 実のところ、勇者のツアーは参加料を取られることもあり、リピーター率はそれほど高くない。が、誰しも一度は参加したいとは思っているようで、募集のたびにそれなりにプレイヤーが集まってくる。そしてそのほとんどは、その後は自分達で見つけた仲間との冒険に明け暮れ、キラとの冒険にはほとんどエントリーしてこない。

 もちろん例外もいる。

「アッキーさん。毎度毎度ありがとうございます」

「好きで参加してるから」

アッキーと呼ばれた少女は、短く答える。彼女はそう多くない勇者ツアーの常連である。

「ほんと、俺って勇者の癖にバトルは苦手で」

「ポジション取れないのが致命的。変に属性つけた割にはそこそこ成長してるから、もっと闘えるはずだけど。魔法も多いでしょ」

「その、ポジショニングってやつが、どうにもこうにも」

ずけずけと上から目線で指摘されているキラのポジショニングには致命的な欠点がある。紛れもない事実であり、一度でも、ともに冒険すればすぐに看破されるほどの明らかな弱点である。

 いくら攻撃力が優れていても、有効な間合いからの攻撃でなければ思うようなダメージを与えることができない。逆に敵からの攻撃を受けにくい、受けても最小限の被害で済ますことのできる位置が存在する。敵の攻撃ターンでは、あらかじめそのような位置に移動しておくことで、戦闘を優位に進めることができる。が、キラにはそれが出来ない。

「まあ、いままでやってきてこれなんだから、この先も進歩することはないかもね。一人で危険なクエストに挑まないようにしないと」

「肝に銘じて置きます」

何故かいきなり敬語でキラが答える。地が出てしまったようである。

「それじゃ」少女もその場を去り、パーティは解散。キラもクエスト後の談話室から、ロビーに移動する。そこで、誰に見せ付けるでもなく、大きく肩を落としてふうっと息を漏らした。《軽い落ち込み》のサインである。


          2

コンコンとドアがノックされた。

「空いてるよ」

PCのディスプレイに向かってキーボードをかちゃかちゃと叩いていたショートヘアの少女が短く応じる。

「おじゃましまーす」

そういって入ってきた部屋着姿の少女は、腰まで届く長い髪を丁寧に整えながら、部屋中央の座卓の前に腰を下ろした。

 この部屋の主である、新居七海は、手早くPCのシャットダウン処理を行うと、デスクから離れ、少女の真向かいであぐらをかいた。

「まーたやってたな。『クラウディキングダム』」

「そりゃ勇者ですから。しおりもやってみたらいいのに。一から丁寧に教えるよ。私みたいに初期設定でつまずく心配も無し。完全無料。スリルと友情の冒険ファンタジーがあなたを待っています」

「やめとく。ハマったら怖いし」

 ここは、女子寮の一室である。情報科というコンピュータに関連する様々な専門知識を学べるとして、遠くからも生徒を集めている高校の寮。七海もしおりもその学校一年生。クラスメート、寮生として、入学当初から付き合いを続けている。

「成績落ちても知らないよ」

「そんなことは、情報科のテストで私に勝ってからいいなさい。すぐにでもプロでやっていけるとご評判の七海様なのですよ」

「それ以外の成績は、全部わたしのほうが上ですけども」

そういうしおりも情報科の成績は悪いほうではない。そして、全教科満遍なく上位をキープする優等生である。普段のおしとやかな落ち着いた物腰と、可憐な容貌から少なからず男子の注目を浴びている存在でもある。

 一方の七海はというと、情報関連、特にプログラムの成績はダントツのトップ。中学時代から、システム開発のバイトをしていたなどという噂がまことしやかに囁かれるほどの好成績。しかしそれ以外の科目は平均レベルから中の下程度で、落差が激しい。

「勉強以外にもあるじゃない。いろいろと若いうちしかできない遊びが」そう言うしおりも趣味は読書だったりするのであまり人のことは言えないのだが……

「ゲームも勇者も若いうちしかできないんじゃない」

「引きこもり生活を続けてると、将来ダメ人間になっちゃうよ」

「その時は、自宅でできる仕事を探すわ」

「冗談……よね?」

「もちろん」と答えた七海ではあるが、どこまで本気かは計り知れない。しおりにしか打ち明けられていない話だが、いまでも既に寮の一室でバイトをしているらしい。もっとも、七海の父親の仕事で使う簡単なアプリケーションの開発といった、お遊び半分、お手伝い半分といったものであるらしいのだが。

「まあ、ほどほどに」

「ほどほどに、勇者としての使命を全うします」

「勇者になんかならなかったらよかったのに」

「でも、なってしまったものは仕方ない」

勇者キラの口調を真似て七海が応じる。

その言葉を聞いて、しおりもこれ以上この会話を続けることを諦めた。そして二人の会話は取りとめもない話に発散していくのであった。


 そう、なってしまったものは仕方が無いのだ。

『クラウディキングダム』

それが、先ほどまで七海がプレイしていたゲームの名称である。七海が操るのは勇者キラ。何万人というプレイヤーがいる中でたった一人、キラだけが勇者の称号を与えられた。

 それはもちろん、キラが最強の敵を倒し――倒すという表現は実は適切ではないが――世界を救った伝説に由来する。

『クラウディキングダム』は、PCとネットワークへの接続環境さえあれば、どこでもプレイできるオンラインゲームの部類に属する。そしてそれは、しおりのような普段ゲームをしない人間にも名前が知られるくらいの有名ゲームである。

 しかし、爆発的なヒットを飛ばしたというわけでもなく、ある程度のプレイヤーを抱えながらも、ある意味細々と存続し続けている稀なゲームだ。その名前が、広く知られたのには、ゲームの面白さ以外のある事情が存在した。

 『クラウディキングダム』を開発し、運営していたアップ・ファンタジーという会社が、少し前に倒産の危機に追いやられたのだ。もともと、小さな会社であり『クラウディキングダム』が人気となったことで、多少は規模を拡大したものの、その後のは目立った新規ゲームを開発することが叶わず、いまだに一本の柱に頼った経営を続けている。

 それが、不景気のあおりを受け、また、リリースする他のゲームやコンテンツがことごとく失敗するという憂き目にあい、経営を圧迫。キラの存在無くしては、数ヶ月をまたずに倒産していただろう。

 実際倒産後に唯一の収入源でもある『クラウディキングダム』を引き取りたいと申し出る大手のゲーム会社もいたらしい。それならそれでもプレイヤーにとっては影響が無かったかもしれない。なにしろゲームを続けていくことは可能であるのだ。古くからゲームに参加していたキラ(七海)は頑なにそれを拒んだ。アップ・ファンタジーの手がけるゲームだからこそ『クラウディキングダム』なのだと。

 もともと『クラウディキングダム』というのは、深い雲に包まれた謎の王国であり、誰もその存在、正体を見たことがない。と設定されている。厳密に言えばキラ達が冒険しているのは、謎の王国を追い求める冒険者がたむろする世界であって、その世界を抱えるゲームの名称が『クラウディキングダム』であるのだ。

 当初は、各プレイヤーが躍起になって王国を捜し求めていたものだが、数年たった今も、辿り着いたものはおろか、有益な情報を得たものも誰一人いないと言われている。そして有力なのが、そもそもそんな王国は存在しない、未だ開発中であり詳細は検討仕切れていないといった否定的な説である。

 そして、現在は王国があろうとなかろうと気にしないプレイヤーが多数を占めているようだ。王国に至る情報に進展はなくとも、ゲームは定期的にバージョンアップを繰り返し、クエストの追加やアイテム、装備品の追加などプレイヤーを厭きさせない工夫に怠りはない。ならば、なし崩し的にだらだらと楽しめばよいのではないか。という思想。

 七海は違った。今は存在しなくても、例え検討中であったとしても絶対に王国を見つけ出す。世界の謎を解き明かすといった終始一貫した考えを持ってプレイしている。そんな七海にしてみれば、運営が別会社に渡った後に提示された王国の真実など欺瞞以外の何者でもない。たとえ、現時点で既に詳細な設定が練られていて、その設定ごと引継ぎが行われたとしてもだ。

 そんな想いと、いくつかの偶然が重なりキラを勇者へと昇華させたのであった。


          3

 キラに伴われて、小さな少年が街を歩いていた。先ほど街中で知り合い、キラの誘いで、一緒に冒険に出ることになったのだ。

「装備も貰っちゃって、良かったんですか? 面白かったらポイント買ってツアーにでも参加しようと思ってたんですよ。兄貴が面白いって言ってたし、一度はツアーにも参加しとくもんだって」

「余っているもんだから、気にしなくていい。それに、運が良ければもう少し上等な装備やアイテムが手に入る。装備は良ければ良いに越したことはないからな」

「うわ~。もう何から何まで。感激です」

 さとるはゲーム初日だけあって、ゲーム内での会話に慣れていないようだ。多くのプレイヤーは現実世界を切り離し、全くの別人――あるいは理想像としての自分としてプレイしている。

 キラも『勇者といくイベントツアー』の案内役として少々事務的な会話を話す必要に駆られるが、それ以外では『旅慣れた青年冒険者』というキャラクターを貫いている。少なくとも本人はそのつもりである。

 さらに言えばキラが少年の言葉に対してすぐさま返答を返すのに比べ、さとるの返答には時間が掛かっている。おそらくタッチタイピングにも慣れていないのだろう。実年齢は、中学生くらいかも知れない。そのあたりを詮索しないのがこの世界でのある種のマナーであるため、キラはそのことに何ら触れないでいるが。


 しばらく歩き二人は『ミツ屋』という看板を掲げた商店に辿り着いた。ゲーム内での移動は跳躍と呼ばれる目的地を指定しての瞬間移動という手段も用意されているのだが、二つの理由から今回は自分の――キラとさとるの――足で移動してきた。

 ひとつめの理由は、道すがらさとるとの会話を行うため。ついでにいうと街の雰囲気を知って貰おうという意図もある。そして、もう一つの大きな理由。『ミツ屋』の店主が知る人ぞ知る裏家業の担い手であり、『ミツ屋』は跳躍の移動先として登録できないというやむを得ない事情だった。

「こんちは。ミツさん居るか?」

 キラが店のドアを開け、中に入る。一瞬遅れてさとるもあとに続く。

店の奥から「キラさん? ご無沙汰ですね。ちょうど今店を開けたところ」と声が聞こえた。

「今日は運が良い日みたいだ。こちらは、初心者のさとる君。今日はこいつの装備を選びに来た」

店内をきょろきょろと見渡していたさとるが、ミツに向き直り「こんにちは。よろしくお願いします」とたどたどしく挨拶をする。いかつい親父か老人のような店主を想像していたが、そこにいたのは大きな眼をした愛らしい少女だった。

「ま~た、若いの引っ張り込んじゃって。で、何処行くの?」

「幽霊屋敷」

「はあ、わざわざそこから……。じゃあ何もうちに来なくたってそこいらの武器やでいいじゃない」

 大きな耳――ミツの頭には大きな猫のような耳が生えていた――をぴょこぴょこさせながら、応じるミツに、「いや、今回だけではなく、ちょっと長めに使える武器とかをさ、見繕ってやってくれないか」と返すキラ。

「ではでは、しばしお待ちあれ」

 ミツはカウンターをぴょこんと跳び越すと、さとるの傍をぐるぐるまわる。

「属性は……火と土。経験値無し。称号はまだ住人。あんた、プロフィールくらい設定しときなさいよ。『さとるです。よろしくお願いします』じゃ、お勧め武器なんてわかりゃしないんだから」

そう言われても、まだプレイを始めて数十分、兄から聞いた手順でプレイを始めるのに必要な一通りの登録は済ませたもののプロフィールや自身のキャラの設定まで頭が回っていないさとるは返答に窮して黙りんだ。「……」

「まぁ、そういわずにさ、目指すところは少年勇者。アグレッシブにガンガンと攻め込みながらも味方のフォローも忘れない。やんちゃな悪がきに見合った武器をくれ」

「あんた、それでいいの」

「はい、先ほどキラさんとそういう話をしました」

それだけ聞くとミツは店内に無造作に置かれた箱の中に上半身を突っ込んでごそごそとやり始めた。ミツの背丈もさとるをそう変わらない。そう大きくもない箱であっても奥のほうまで手を伸ばすとなると自然とこのような体勢になる。突き出たデニムのショートパンツから生えた尻尾が小気味いいリズムを刻んでいる。

「そう。あんまりいいのは無いけどね。これなんてどう? じゃじゃーん。疾風のダガー改マークⅡ! 」

「それって風属性じゃ……」

キラの指摘に悪びることもなく「改造したのニャ」と突然の猫口調で応じるミツの手には、ダガー――短剣やナイフの類と呼ぶには少々長い緑がかった灰色に輝く刃物が握られていた。

「もともとの風属性の性能はそのまま。装備するだけで素早さアップ。補正値は、今回の改造によって15%ほど向上。そして、マークⅡの目玉は風と相性のいい火属性を持つものだけが使用できる武器固有技を……な~~んと、大盤振る舞い、2つもセットしちゃいましたのだ。さらにさらに……」

「それでいい。くれ」

カスタマイズした武器の説明が、調子に乗ってきたところでキラに口を挟まれた格好になり「続きも聞いてよ」とうなだれるミツ。そして、このあたりのやりとりにはさとるは全くついていけない。

「時間がない。出来れば防具も。安いのでいいから」

「じゃあ、この盾持ってきなさい。そんなボロッちいのじゃ幽霊屋敷のお化けさんにだって、そりゃあもうこてんぱんにやられちゃうんだから」

「そうなんですか?」

 さきほど、キラから貰ったばかりの盾をそんな風に言われその他の装備にも一抹の不安を感じ始めたさとるがキラの顔を窺う。

「ん。この人の話はまともに聞いちゃだめだ。闇に巣くう武器マニア。冒険者の利益よりも自分の開発したアイテムの性能評価が生きがい。ってプロフィールに書いてあるだろ」

「もう、さっさとお帰り。さとるくんは今度は一人でいらっしゃい。もっともお店開いているかどうかわかんないけど。これからも宜しくニャン」

 さとるの返答も待たずに、追い立てられるように店を出た二人は、そのまま街の入り口へと跳躍した。


「ミツさんってプレイヤーなんですね」

 いよいよ、冒険の始まりという段になってさとるが、ふと浮かんでいた疑問を口にする。

「そう、冒険に出ることなくああやって武器やらなんやらを開発しているらしい。かなり昔からやっている店らしいけど、閉まっていることも多い。ちょっと前まではバイト雇ったりして24時間営業だったけどね」

「バイトですか?」

「バイトというか、店番用のノンプレイヤー。自分でプログラム組んで売りこんだみたいだけど、なんだかんだあってクビにしたって。と、おしゃべりはここまでだ。ここからは、モンスターも出現する。幽霊屋敷まではすぐだが、初めての戦闘が一番重要だ。慣れてないと気付いた時にはゲームオーバーってこともありうる。心してかかれ」

「わかりました」

 昼間だけあってあたりの見通しはよい。始まりの街である〈ルゴーディア〉の南に位置する門から伸びる街道は大きなものが一本のみ。延々と伸び遥か遠くの山脈のたもとまで続いている。しかし街のすぐ近く――地図上では北西にあたる――には小高い丘があり、古めかしい館が建っている。その館こそが、幽霊屋敷であり、初心者中の初心者用クエスト『ルゴーディアの幽霊屋敷』の舞台となっているのだ。

「せっかくだから門番に挨拶してこい」

キラに促されて、さとるは門の左右に立つ兵士に近寄り二言三言と会話する。

戻ってきたさとるが「あの人達って……」とキラに確認を取ろうとする。

「プレイヤーではない。でも、これからの行き先とか教えてくれただろ」

「はい。街道を外れて北西に向かえって。そこで幽霊の正体を見極めてくれって。それって斡旋所でも聞きましたよね」

「今回のクエストはそう。でも長いものになると途中で街の住人などから情報を得ないと進めないものもある。何事も経験だ」

「じゃあ、いよいよ」

「ああ、街の外へ出発だ」


 街の中とは違い、外の世界ではバトルと物色――怪しいところを見つけて調べたり、アイテムを探したり――がメインとなっている。敵の出没しない謎解きをメインとしたエリアもあるが、それ以外では会話は最小限。作戦指示や短いコメント――気合の叫びや悲鳴など――が主となる。

もっとも、さとるの会話速度では、戦いながら長文を打ち込むのは無理があるだろう。さとるは未だ知りえないことであるがキラはバトルが苦手だ。しかし、なぜかバトル中にもそこそこ長い台詞を吐く悪癖がある。その両方が序盤のバトルでさとるの知るところとなるのであった。

丘の上の館を目指す二人が最初に出くわしたのは、3匹の小鬼だった。あたり一面が靄のかかったようになり、小鬼が出現する。そしてその小鬼の周辺にバトルゾーンが設定される。そこからパーティの全員が逃げ出すことが出来れば闘わずにやり過ごすことも可能ではあるが。これから広い世界で自分を磨こうと志す少年にとって、逃げだす理由はどこにも存在しない。それは、勇者たるキラにとっても同様である。

「こっちの2匹は引き受ける。さとるは、手前の1匹に集中してくれ」

 言うが早いが、キラは剣を構えて2匹の小鬼とさとるの間に割り込んだ。この中でもっとも素早さに秀でたキラに早速、攻撃権が与えられる。キラの攻撃。横なぎに払った剣が小鬼の胴体を両断する。残るは2匹。

 さとるが小鬼からの攻撃を受けたようだが、うまく避わし最小限のダメージに食い止める。さとるが、短剣を構え小鬼に突進した。突き刺すように放たれた一撃は、致命傷にはならなかったものの小鬼の体力を大きく減らした。その間に、キラは小鬼からの攻撃を受けながらも「あと一撃で倒せるから、それまでは相手の間合いから離れて置け!」とさとるを気にかけてアドバイスを差し挟む。レベル差の割には多めのダメージを受けたキラであるが、体力にはかなりの余裕がある。相手の出方を気にすることなく、放った次の一撃で2匹目の小鬼を粉砕した。少し遅れてさとるも自分の相手に攻撃を加えて、パーティの勝利を確定させた。


 その後も小鬼や野犬のような狼のような獣などと何度か戦闘を重ねつつ二人は館の入り口に辿り着いた。

 さとるに回復魔法をかけてやりながら、キラがさとるに話しかける。

「おまえ、強いな。ほんとうに始めてなのか?」

「キラさんみたいに手加減してたら、やられちゃいますから」

「手加減…………してないけどな。別に。」

「え!? 戦闘中にあれだけコメント打ち込んだら、ダメージ食っちゃいますよね? 敵が弱いからあんな間合いでも一撃で倒せるから羨ましいですけど」

「真面目に闘ってはいるんだけどな。一応は。あるとき、コメント打っても打たなくても結果が変わらないと気付いた。で、今に至る」

「うそですよね」

「いや、ほんとの話」

「オートモードは?」

「あれは嫌いだ。自由に動けなくなる」

 さとるが言うオートモードとは、戦闘中に自分の分身であるキャラクターの移動を自動で行うようにする設定である。便利ではあるが、たまに自分の思惑とは別のところへ移動してしまったり、他のプレイヤーの移動の妨げとなったりと問題も多い。そのため使用しているのはよほどの初心者か、必要な通信速度を確保できない環境でプレイせざるをえない一部のプレイヤーに限られている。

 そして、さとるがオートモードを引き合いに出したということは、キラの動きが「」よほどの初心者』に匹敵すると感じたのだろう。似たような指摘を数多くされてきたキラにとっては、もっとも触れて欲しくない点であり、はぐらかすように話題を切り替えた。

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