炎の音楽
午前中、国語の授業で「栴檀は双葉より芳し」って言葉を習った。午後には、音楽の授業で、才能ある音楽家はロウソクの炎の揺らめきにすら音楽を感じてたって逸話を聞いた。
僕はバイオリニストになりたくて、バイオリンを習い始めて四年になるのだけれれど、その話を聞いて何だか不安になった。果たして僕に炎の音楽を聞き取れるほどの才能があるのだろうか。
家に帰ってもモヤモヤした感じがなくならないので、僕は実際に試してみることにした。
お風呂場でロウソクに火をつけて、じっと炎を見つめる。僕の吐息のせいだろうか。炎が揺らめいている。見つめる僕の脇から肘に向かって汗が流れている。――ダメだ。何も聞こえない。
いや、もしかしたら僕は聞こえるんじゃなくて、見えるタイプかも知れない。そう思って、もう一度ロウソクを見つめてみる。
しばらくの間、じっと見つめていたが、やっぱり見えないし聞こえてもこない。僕には音楽の才能がないってことなんだろうか。知らず目に涙が溢れてきた。そんなはずない。
もしかしたら、音が小さいだけかも知れないじゃないか。僕はそう考えてロウソクに耳を近づけてみた。――あ、シャリシャリって音が聞こえた。耳から外したイヤフォンからこぼれる音みたいだった。これが炎の音楽なのか。僕は全身が逆毛立つほどに歓喜した。
でも、それは一瞬のことでまた聞こえなくなってしまった。もっと、もっとよく聞きたい。僕はさらに耳を近づけた。――うん、聞こえる。シャリシャリ、シャリシャリシャリ。
僕が炎の音楽に集中していると、母さんがやって来た。
「ま、正史、何してるの!」
「炎の音楽を聴いてるんだよ」
「バカ! 髪が燃えてるわよ!!」
修正20110705。見つめるあたり。音の表現。