届けられた写真
昨日真由美が帰宅したら、マンションのドアポストに、何も書いていない茶封筒が入っていたのだ。
どうせなにかの勧誘だろう、年寄りをあまくみるんじゃないよ、と荒々しく破ってテーブルの上で振ると、ひらひらと、気味悪い写真がゆっくり落ちていったのだった。
写真の中央には、街角に立つ柳の木が写っている。その柳の木の周囲に、なにかもやもやした白い布のようなものが、たくさん宙に浮かんでいて、柳の木を取り囲んでいる。そのもやもやしたもののなかに、小さく、一人の女の子が混ざっている。
古い時代の写真を模して作られたものであることは明らかだった。真由美は最初、その柳の木が自身にとても馴染み深いものであることに気づき、幼い日の自分が写り込んでいることがわかると、その写真に込められた悪意の底知れなさに怒り心頭に発した。
落ち着こう落ち着こう、と自分に言い聞かせたあと、じっくりその写真を真由美は検証してみた。
まっさきに真由美が思い浮かべたのは、これはまるでコティングリー妖精事件の写真の幼稚な模倣じゃないか、ということだった。一九一七年の夏に、ロンドンから遠く離れた村に住む二人の少女が、自分達は妖精に出会った、といって撮影した写真は、周囲の大人たちの関心を惹きつけ、その大人たちのなかには探偵小説で有名なコナン・ドイルもいた。真由美のようなミステリーファンには有名な話だ。
だが、子どもの頃の真由美は、そんな話は知らなかった。もちろん、そんな偽の妖精写真なんか撮ったこともない。しかし、その写真に写っているのは、どうみても昔の自分であり、しかも、その柳の木の立っているあたりは、子どもの頃の遊び場のひとつだったのだ。真由美が住んでいるマンションから歩いていける距離に、かつてその柳の木は立っていた。おそらく、いまも。
明日、買い物にいくついでに柳の木のいまの様子をみてこよう。そう思いながらベッドに横になり、真由美は明かりを消した。
うとうとしかけた頃、真由美の背中側の掛け布団が持ち上がり、冷たい風が吹き込んできた。
あたし窓を開けっぱなしにしてたっけ、と思い、ベッドから出ようとして、真由美は、身体を全く動かせないことに気がついた。なんだこれは。金縛りか。もがこうとする真由美の背後で、冷たい風がくるくると背中を撫で回すように吹き続けている。
真由美の目の前で、廊下へと続く扉が勢いよく開いた。そこには、数十人の人たちがひしめくように立ち、真由美をにらみつけている。その中央に立つ人物をみて、真由美は叫び声をあげた。
「おばあちゃん!」
途端に、目の前の人影は消え失せ、背中で吹き荒れていた風は掛け布団の中から、開け放たれたままの扉の奥の暗闇へと吸い込まれていった。自身の身体を動かせるようになっているのに真由美が気がついたのは、ひとしきり泣いたあとだった。
柳の木は、真由美が子どもの頃と変わらぬ場所に立っていた。ただ、周囲の様子はすっかり変わってしまっていた。住民も代替わりしているだろうし、長い長い月日が経っている。あたり前のことだ。
やれやれ、お前は昔のまんまだね。樹齢何年だか知らないが、伐採もされずによく生き残ったねえ。あたしのせいで、変ないたずらに巻き込まれてすまなかったね。
そう心の中でつぶやいて、立ち去ろうとしたとき。
昨夜と同じように冷たい風が、今度は正面から吹き付け、柳の葉を激しくゆらした。立ちすくむ真由美の周囲から色彩が失われ、上空からふわふわと白い布のようなものが大勢降りてきて、真由美は、その輪に取り込まれ、いつのまにか柳の周囲に白い者たちとともに浮かびあがっていた。
柳の木の向こう、ちょうど真由美の正面にいる白い者が、布のあいだから顔をのぞかせた。それは、昨夜あらわれた、真由美の祖母だった。
「真由美、おいでよ」
幼かった真由美にとっては優しく耳を撫でるようだった祖母の声が、いまは氷のような冷ややかな音となって真由美の耳の奥に響いてくる。
そうか。あたしはおばあちゃんに呼ばれていたんだ。もう、あたしも、おばあちゃんが亡くなったときの年齢をはるかに越えてしまった。おばあちゃんと一緒に向こうにいけるなら、それもいいのかもしれない。
祖母がニコッと笑いかけてくれた気がした。
急に真由美は、目に激しい痛みを感じた。柳の葉が目に貼りついたのだ。まばたきを繰り返しているうちに、葉は剥がれ、激しい風に吹き飛ばされていった。視界を取り戻した真由美の目の前にいるのは、祖母ではなく、うつろな表情を浮かべた何者かだった。
「違う! お前は、おばあちゃんじゃない!」
真由美が叫ぶのと、風がやむのと、ほぼ同時だった。いま、真由美は、柳の木の下に、一人で立っていた。足元には、柳の葉が一枚落ちていた。




