表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
1/42

プロローグ どうしてこうなった 

 ――何故、こんな事になったのか。


 義影瑠衣は深いため息を吐いた。

 彼はただ、人類を救いたかっただけだった。

 滅びる未来を変えたかった。

 仲間を救いたかった。

 そのために味方を増やした。

 信頼できる仲間が必要だった。

 だから手を差し伸べ、助け、救った。


 ――本当に、それだけだった。


 なのに。


「義影瑠衣」


 低く、よく通る声が部屋に響く。

 瑠衣の正面。

 鬼の面を被った少女が腕を組みながらこちらを見ていた。

 五十嵐桃(いがらしもも)

 鬼の五十嵐と隊から恐れられる少女であり、現在進行形で瑠衣へ圧力を掛けている張本人である。


「今夜の部屋割りについて決定事項を伝える」


 嫌な予感しかしなかった。


「お前は私と同室だ」


「却下ですっ!」


 即座に反対意見が飛んだ。

 勢いよく立ち上がったのは星風梓だった。

 普段はふわふわしていて、誰にでも敬語を使う真面目な少女。

 少し前までなら、上官の五十嵐へこんな風に反論する事など絶対になかった。


「義影さんは物じゃありません」


「知っている」


「じゃあ何で勝手に決めるんですか?」


「危険だからだ」


「何がです?」


「お前達が」


 星風が固まった。

 瑠衣も固まった。

 だが五十嵐は真顔だった。


「客観的に見ろ。お前達を義影瑠衣と同じ部屋に入れる方が危険だ」


「それは心外ですね」


 今度は別の声。

 窓際で静かに紅茶を飲んでいた月神朧(つきがみおぼろ)が口を開いた。

 白銀の髪に赤い瞳。

 額には特徴的な三日月のマークとどこか儚げな雰囲気を纏う少女。

 普段は何事にも興味を示さないくせに、こういう時だけ会話へ参加してくる。


「私は別に危険ではありません」


「そうか」


「ええ」


「では何故お前は義影瑠衣の半径三メートル以内へ女性が近付く度に殺気を滲ませるんだ」


 朧が黙った。

 数秒。


「気のせいでは?」


「気のせいじゃない」


 即答だった。

 朧は何事もなかったように静かに紅茶を飲んだ

 だがその赤い瞳は、一瞬だけ星風を見ていた。

 ぞくり。

 星風の背筋に悪寒が走る。

 今のは気のせいではない。

 明らかに睨まれた。

 しかも本気で、理由も分からないまま。


「ちょっと待って」


 ソファで寝転がりながら携帯ゲーム機を触っていた金髪ツインテールの少女が顔を上げる。


 霧崎亜理紗(きりさきありさ)

 面倒臭がりのゲーム中毒。

 そして極度の引きこもり気質。


「そもそも瑠衣が誰と寝るかなんてさ、瑠衣が決めれば良くない?」


「そうだな」


 瑠衣は頷いた。

 久しぶりにまともな意見を聞いた気がした。

 だが。


「だから瑠衣はあたしの部屋に来ればいいじゃん」


「お前もか」


 瑠衣は思わず頭を抱えた。

 亜理紗は不思議そうな顔をする。


「何が?」


「何がじゃない」


「だって一緒にゲームできるし」


「寝るんじゃなかったのか」


「寝る前にゲーム」


「帰れ」


「えー酷くない?」


 全く反省していない。

 むしろ不満そうだった。

 その時だった。


「瑠衣くん♡」


 背後から柔らかな感触が押し付けられる。

 聞き慣れた甘ったるい声。

 振り向かなくても分かる。


「真白」


「はぁい♡」


 黒羽真白(くろはましろ)だった。

 いつの間にか背後へ回り込み、当然のように首へ腕を回している。

 その顔は幸せそうだった。

 本当に幸せそうだった。

 だから余計に怖い。


「私は最初から言ってるよぉ?」


「何をだ」


「瑠衣くんは私と寝るべきだって♡」


 部屋の空気が凍り付いた。


「黒羽真白」


 五十嵐の声が低くなる。


「その手を離せ」


「んー?やだ♡」


「離せ」


「やだ♡」


「離せ」


「やだ♡」


 真白は終始笑顔だった。


 だが。

 その笑顔の奥にあるものを瑠衣は知っている。

 もし今。

 瑠衣が命じれば。

 真白は迷わずここにいる全員を殺しにかかるだろう。

 こいつはそういう女だ。

 ただ、朧には返り討ちにされるだろうが……。


「黒羽さん」


 星風が笑う。

 笑顔だった。

 だが目は全く笑っていない。


「少し離れてください」


「やだ♡」


「……私、今すごくイライラしてるんです」


 ぽつりと呟く。

 星風自身、その言葉に驚いていた。

 以前の自分なら絶対に言わなかった。

 こんな醜い感情。

 抱きたくもなかった。

 なのに。

 真白が瑠衣へ抱き付いているだけで。

 胸の奥が焼けるように苦しい。


「怖いなぁ、嫉妬してるんだぁ」


 真白は楽しそうだった。


「違います」


「えーでも嫉妬だよねぇ?」


「違いますっ!」


 顔が真っ赤になっていた。

 だが否定できない。

 自分でも分かっている。

 最近の自分がおかしい事くらい。

 義影瑠衣が他の女性と話しているだけで気になる。

 誰かと笑っているだけで落ち着かない。

 そんな自分が嫌なのに止まらない。


「皆さん」


 そこで朧が静かに口を開いた。

 部屋が静まり返る。

 誰もが彼女を見る。


「争う必要はありません」


 穏やかで優しい声。

 まるで子供達の喧嘩を仲裁する姉のようだった。


「瑠衣様は私と寝ますので」


 ――沈黙。


 一秒。

 二秒。

 三秒。


「は?」


 亜理紗が口を開いた。


「あんた何言ってんの?」


「当然の結論ですよね」


 朧は優雅に紅茶を一口飲む。


「瑠衣様は現在、多くの敵に狙われています。ご存じですよね? この間も、私がいなければどうなっていたことか」


「それはそうだけどさ……」


「万が一を考えれば護衛は必須です」


 そこまでは分かる。

 だが。


「護衛ならば、私でもいいだろう? それが何故貴様になるというのだ」


 五十嵐がすかさず反論する。

 だが朧は静かに首を横へ振った。


「駄目です」


「何故です?」


「弱いので」


 空気が止まった。

 五十嵐の額に青筋が浮かぶ。


「……ほう」


「事実です」


 朧は平然と続ける。


「私は序列第0位です」


 その一言で誰も反論できなくなる。

 事実だからだ。

 人類最強。

 月神朧。

 彼女より強い新人類は存在しない。


「もし夜襲を受けた場合、果たして、ここにいる皆さんに十分な護衛ができるでしょうか? 」


 朧は指を一本立てた。


「勿論、その辺の有象無象なら大丈夫でしょう。けれど、もし混血新人類が襲ってきたら? 全快ならまだしも、瑠衣様は今は手負いの虎。敵もそれを知っていますし、狙ってくるでしょう。そうなった場合でも安全に護衛できるのは私だけです」


「貴様……」


「唯一、真白さんでしたらまだ可能性はありますが、いかんせん不安定なので」


「ひどーい♡」


「星風さんは論外です」


「うっ……」


「亜理紗さんはどうせ寝ます」


「寝るなとは言ってないだろ」


 朧の言う事は圧倒的に正論だった。

 だからこそ反論できない。


「つまり、瑠衣様を護衛できるのは私だけです」

 

 誰も崩せない完璧な理屈。

 実際その通りだからだ。

 しかし。


「だから」


 朧はにこりと笑った。


「瑠衣様と同じ部屋で寝るのが最も合理的です」


「待てよ」


 亜理紗が突っ込む。


「護衛なら別に部屋の外でもいいじゃん。一緒の部屋にいる必要は――」


「嫌です」


 即答だった。


「瑠衣様の寝顔が見られません」


「本音はそれじゃん」


「失礼しました」


 全然失礼だと思っていない顔だった。

 朧は咳払いを一つする。


「訂正します」


「何を」


「寝顔だけではありません。寝息も聞こえません」


「増えてるじゃん」


「寝返りも確認できません」


「何言ってんの」


「事実です」


「事実じゃない」


「事実になります」


 朧は微笑む。

 優しく、穏やかに。

 そして。


「もし邪魔をする方がいても、私が処理しますので」


 さらりと言った。

 部屋が凍った。


 処理。


 それは比喩ではない。

 この女の場合、本当に処理する。


「月神朧」


 五十嵐が低く唸る。


「貴様」


「大丈夫ですよ」


 朧は笑う。


「ちゃんと埋めますので」


「埋める前提なんだな」


 瑠衣は思わず突っ込んだ。

 

「いや待て」


 亜理紗が立ち上がる。


「勝手に話進めるな」


「何か問題でも?」


「ありまくりだろ」


「……そうでしょうか?」


「瑠衣はあたしの部屋に来るべき」


「一応聞いておきます。理由は?」


「一緒にゲームするから」


「却下です」


「は?」


「ゲームより私の方が大事ですよね?」


 朧が微笑む。

 亜理紗の額に青筋が浮かんだ。


「今なんつった?」


「事実確認です」


「喧嘩売ってんの?」


「事実確認です」


「絶対喧嘩売ってるだろ!」


「義影さん」


 星風が小さく口を開く。


「ちなみにですけど」


「何だ」


「義影さんは……誰と寝たいんですか?」


 静かになった。

 全員が瑠衣を見る。

 嫌な汗が流れる。

 今すぐ逃げたい。

 心の底からそう思った。


「一人で寝たい」


 瑠衣は正直に答えた。

 瞬間。


「却下だ」


 五十嵐。


「却下ですね」


 星風。


「却下です」


 朧。


「却下」


 亜理紗。


「却下だよぉ♡」


 真白。

 綺麗に全員揃った。

 瑠衣は天井を見上げる。

 どうしてこうなった。

 彼はただ、人類を救うために戦っただけだった。


 未来を変えるために走っただけだった。

 仲間を助けた。

 手を差し伸べた。

 それだけだった。

 なのに。


 どうして全員こうなった。

 全く理解できない。


 だが、一つだけ確かな事がある。


 一年前。


 義影瑠衣は人類を滅ぼしかけた最凶の敵だった。


 そして今。

 そんな彼を巡って、五人の少女が修羅場を繰り広げている。

 彼女達は全員、本気である。

 冗談ではなく。

 本当に本気である。

 義影瑠衣のためなら。

 互いを殺す事すら厭わないほどに。


 ――だから何故こうなった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ