不時着 :約2500文字 :SF
「私たち……もう、おしまいね……」
「弱気になるな。きっと大丈夫だ……」
おれは振り返らずにそう言った。ヘルメット越しでも、表情から向こうに伝わってしまう。もう口角を上げることすら重労働だった。もっとも、声だけでもお互いの心がどれだけ削られているかは手に取るようにわかってしまうが。
おれとミリーは新惑星の調査員だ。任務を終えて母星へ帰還する途中、船のAIが未知の惑星を発見し、おれたちはそこへ向かうことにした。先の惑星が期待外れに終わったせいもあったのだろう。ついでに寄るような気分で針路を変えてしまったのだ。
それがすべての始まり――そして終わりだった。
大気圏突入直後、小惑星帯から弾き飛ばされた岩片が船体に直撃した。鈍い衝撃が走った瞬間、警報が鳴り響き、制御系統が次々と沈黙した。
おれは操縦桿を握り締め、ミリーが必死に補助操作を行ったが、制御を取り戻すことはできなかった。
どうにか不時着には成功したものの、着地の衝撃で船体は発火。爆ぜる音に追い立てられるように、命からがら外へ飛び出した。
幸い大きな怪我はなかった。だが救難信号を送る間もなく、食料も船内に取り残されたまま炎に包まれた。絶望的な状況と言わざるを得ない。
おれたちは、ただあてもなく、果てしない荒野を歩くほかなかった。
黄褐色の大地はひび割れ、木は枯れ折れ、空は淡く濁っている。
『解析結果が出ました。酸素濃度は低いですが、呼吸は可能と判断されます』
「ああ、そうかい……」
唯一持ち出せたのは、AIを搭載した小型端末だけだった。これは現地調査用の簡易モデルで、性能は船のAIには遠く及ばない。解析にやたら時間がかかったのもそのせいだ。
「ねえ……あれ、森じゃない?」
ミリーが指さした。不自然に明るい声が、かえって痛々しい。付き合いが長いから、無理しているのはすぐにわかってしまうのだ。
ミリーの指の先に視線を向けると、確かに森らしきものがあった。だが、期待はできない。ここまでにも、小規模な木々の連なりは見かけた。だが、枯れ木の群生。木製の墓標。近づけば、ただ現実が見えてくるだけだ。
「ああ、きっと果実があるに違いない! やったなあ!」
おれもわざとらしいほど大げさに声を張って返した。二人で顔を見合わせ、ぎこちなく笑い合いながら森へ向かった。
どうせまた空振りだろう――先の惑星の荒涼とした光景が脳裏をよぎった。おれはミリーに気づかれないよう、荒い呼吸に紛れさせて小さくため息をついた。
しかし、森へ足を踏み入れた瞬間、目を疑うような光景が広がった。
赤く大きな果実が、枝という枝に鈴なりになっている。肉厚そうな皮が、葉の隙間から差し込む陽光を浴びて艶めき、輝いていた。
おれたちは飛び上がって喜んだ。声に張りこそなかったが、それは喉が干上がっていただけで、本心からの喜びであった。
「ヘルメット、外していいのよね?」
「ああ、そうらしい」
おれは答えながらヘルメットを外した。母星より薄いが、問題ない。一瞬、頭がくらっとしたが、空腹と疲労のせいだろう。
「ああ、素敵……この赤い実、本当においしそう……」
『お待ちください。毒性の有無を確認する必要があります』
ミリーが果実に手を伸ばした瞬間、端末が甲高い警告音を発した。おれは思わず顔をしかめた。
「大丈夫だろ。それに、他に食えそうなものなんて見当たらないぞ」
おれはそう言いながら、枝から果実を一つもぎ取り、端末の突起部分に突き刺した。これで成分を分析するのだ。実はずしりと重みがあり、皮は張り詰め、指で押すと確かな弾力が返ってきた。
『調査を継続すれば、より安全な食物が見つかる可能性があります』
おれとミリーは同時に鼻で笑った。
「歩くのはおれたちだろう」
「ねえ、もう我慢できないわ。大丈夫でしょ? ねえ?」
『分析中です。もう少々お待ちください』
「たとえ毒だと言われても我慢する気はないがな」
おれはごくりと唾を飲み込んだ。ミリーはすでに果実を口元まで運んでいた。赤く艶やかな実を映し、ミリーの瞳も爛々と輝いていた。
『お待ちください……』
「もういいわ!」
『あ、ダメです。お待ちください』
制止の声を無視して、ミリーは果実に齧りついた。薄い皮が裂け、果汁があふれた。透明な雫が、唇から顎へと伝い、首筋を濡らしていった。
その様子に、おれの喉が自然と鳴った。ミリーは咀嚼しながら、おれを見つめた。目を見開き、噛みしめるたびにその表情が抑えきれない幸福に染まっていく。
「よし、おれも!」
ミリーの感想を待たずに、おれも果実にむしゃぶりついた。歯を立てた瞬間、瑞々しい果肉が弾け、ほのかな酸味と甘みが舌いっぱいに広がる。乾ききった口内を、喉を潤し、体の奥へと染み渡っていく。ああ……信じられないほどうまい。
『ダメです。微量ですが、人体に悪影響を及ぼす可能性のある成分を検出しました。直ちに吐き出してください』
「ははっ、少しなら問題ないだろう。な?」
「ええ、当然よ」
おれたちは次々と果実をもぎ取り、貪り食った。果汁が顎を伝い、首筋へ流れ、宇宙服の内側を濡らしていく。やがて、べたつく感触が鬱陶しくなり、おれは宇宙服を脱ぎ捨てた。ミリーもそうした。
『ダメです。ダメです。宇宙服を着てください。ヘルメットも装着してください。空気成分に異常が検出されました』
「さっきは大丈夫だと言っただろうが!」
「あはは!」
おれたちは無視して食い続けた。腹が満たされると、眠くなり、そのまま地面に寝転んだ。慣れてくると温暖でいい気候だ。そよ風が肌を撫で、心地いい。
ミリーも隣に横になった。ふと視線が絡み、二人とも自然と微笑んだ。
その瞬間、おれはなぜか無性にミリーを抱きたくなった。理由はわからない。ただ、胸の奥から強烈な衝動が突き上げてきたのだ。
ミリーもまた同じ気持ちだった。その瞳には迷いない熱と底抜けの喜びが宿っていた。
おれたちは互いに身を寄せ、抱き合い、むしゃぶりついた。唇を重ね、肌を舐め、笑い声を弾けさせた。ああ、いい気分だ。バカになったみたいに、ただただ心地いい。ここは楽園だ……。
『あ、ダメです。ダメです。何を考えているのですか。あなた方は兄妹でしょう。ダメですダメですダメです』




