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100京円持って死ぬ男  ―毎日1億円使っても、金が減らない―  作者: 一月三日 五郎


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第四話 一足早い月見

 俺には深刻な悩みがある。

 金がありすぎるのだ。


 海底都市は失敗した。

 豪華で、静かで、誰もいない。


 最初は最高だったが、

 夜になると怖くなった。


 静かすぎて、

 自分の心臓の音がうるさい。


 結論は簡単だ。


「一人が駄目なら、人数を増やせばいい」


 完璧な発想である。

 人類はいつも、

 そうやって問題を解決してきた。


 というわけで、

 俺は月に別荘を建てた。


 別荘というか、ほぼ基地だ。


 居住区。

 医療区。

 娯楽区。

 食堂。

 ジム。

 映画館。


 人員も、潤沢に用意した。


 技術者。

 医師。

 料理人。

 警備員。

 話し相手要員。


 もう二度と孤独にはならない。

 そう思っていた。


 ――三日目までは。


 四日目。

 誰かが言った。


「ここ、昼も夜も同じなのキツくない?」


 別の誰かが返す。


「いや、それ言ったら

 地球の昼夜に縛られる方が不自由でしょ」


「でもさ、

 時間の区切りがないと、

 頭おかしくならない?」


 その時点で、

 嫌な予感はしていた。


 五日目。


「空調、寒くない?」

「いや、暑いだろ」

「え、暑い?」

「いやいや寒いって」

「じゃあ真ん中で決めましょうよ」


 決まらない。


 六日目。


「なんで、俺の席座ってるんですか?」

「いや、空いてたからですけど」

「それ、暗黙の了解ってやつじゃないですか?」

「月に暗黙もクソもあるか」


 空気が、

 目に見えて悪くなる。


 七日目。


 派閥ができた。


 長期滞在組。

 短期契約組。

 俺に直接話しかけてくる組。

 陰で文句を言う組。


 誰も喧嘩しない。

 大人だから。


 だが、

 全員、確実にイライラしている。


 俺も含めて。


「……あの、相談が」


 若い技術者が、

 恐る恐る切り出した。


「正直、帰りたいです」


「は?」


「逃げ場がないんですよ。

 ちょっと頭冷やす、

 ってことができない」


 その言葉で、

 すべて思い出した。


 海底都市の夜。

 音楽を流しても、

 テレビをつけても、

 結局、逃げ場がなかった。


 同じだ。


 静寂か、

 過密か。


 違いはそれだけだ。


 八日目。


「契約内容、

 見直してもらえませんか」

「精神的負荷が想定外です」

「ストレス手当とか出ません?」


 知らん。


 九日目。


 俺はもう、

 誰とも目を合わせたくなかった。


 話しかけられるたびに、

 金の話か、

 不満か、

 空調の話だ。


 俺は金を使いたかっただけなのに、

 なぜか人事部長みたいになっている。


 おかしい。


 完全に、おかしい。


「……撤退しよう」


 そう言った瞬間、

 全員がホッとした顔をした。


 誰一人、

 反対しなかった。


 それが答えだ。


 月を去る日、

 窓から見える地球は、

 相変わらず青くて、

 腹立たしいほど平和だった。


「結局さ」


 俺は誰に向けるでもなく、

 呟く。


「一人でも駄目。

 大勢でも駄目。

 閉鎖空間は全部駄目」


 月は何も答えない。

 そりゃそうだ。

 月だし。


 疲れた。


 金を使うのも、

 人に気を遣うのも、

 もう全部、疲れた。


「……もっと広大なところに行くか?」


 次はもっと、

 広くて、

 明るい場所に行くとしよう。

最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!

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