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とある悪役令嬢の話(連載版)  作者: りな


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新生活3日目

昨夜早く寝たせいか、日の出とともに自然と目が覚めた。

「……健全な人みたいね」

思わず笑みがこぼれる。

朝の光が差し込む室内は、ほんのりと金色に染まり、ひんやりとした空気が心地いい。

まあ、たまにはこんな朝も悪くない。


ベッドから抜け出し、軽く伸びをしてから外へ出る。

井戸の水を汲みに行く。水に手を浸せば、ひやりとした感触が指先に伝わる。

顔を洗い、軽く息を吸い込むと――清々しい朝の匂いが胸いっぱいに広がった。


ふと、庭に目をやる。

前に住んでいた人が手入れしていたのだろうか?

ところどころに、かつての花壇の名残が見える。

小さな花が雑草に混じって咲いており、野生化してもなお健気に息づいていた。

よく見ると、違う場所に、かつて野菜だったらしき植物もちらほら。

「……昔は、畑と庭があったのかしら?」


しゃがみ込み、土を少し掘ってみる。

乾いてはいるけれど、手入れをすればまだ使えそうだ。

「道具でも残っているかもしれないわね」

そう言って、視線を敷地の端へ向ける。

そういえば――小さな物置小屋が外れにあった気がする。

前は夜に来たから、外の確認まではしていなかった。


「よし、午前中は製作に専念して……午後から探索、ね」

思わずひとりごとを口にして、くすっと笑う。


朝ごはんは、玉ねぎ――らしきものをじっくり炒めて作ったスープから始まった。

時間をかけて炒めたせいか、ほんのり甘い香りが漂う。

それに、さっと茹でた野菜と肉を添え、塩とオレンジに似た果物を絞った汁を混ぜて、軽くかけてみる。

「うん、悪くないわね」

爽やかな酸味がアクセントになって、意外と美味しい。

パンをスープに浸して食べるのも、思ったより好きかもしれない。


朝食後、昨日から考えていた巾着袋の制作に取りかかる。

ついでに、御守り袋もいくつか試作してみた。

「やっぱり、良い布は仕上がりも違うわね」

光にかざすと、織りの細やかさが際立つ。

この世界には“御守り”という概念はないけれど、「大切な小物入れ」とでも言えば、売れそうな気がする。

そんなことを考えながら針を進めているうちに、いつの間にかお昼近くになっていた。


「……やっぱり、物作りって時間が飛ぶのよね。不思議」

集中している間は、世界が静止したように感じる。

お昼は面倒なので、果物とナッツを軽く齧って済ませた。

お腹が落ち着いたところで、庭に出る。


少し離れた場所に、小さな物置小屋のような建物が見えた。

草を掻き分けて進み、扉の前に立つ。

「鍵は……かかってないのね」

ギギ、と重たい音を立てて戸を開けると、閉ざされていた空気と埃の匂いがふわりと流れ出した。


中には、鎌、スコップ、鋤、フォークらしき道具が並んでいた。

鉄の部分に錆が浮き、木の柄はところどころボロボロ。

けれど、確かに誰かがこの庭を大切にしていた形跡がある。

「きっと、これで手入れしてたのね」

私はそれらを外に運び出し、水で洗って乾かすことにした。

「これは砥石も必要ね。木の部分は……壊れたら、その時考えましょう」


そんなことを考えながら、今度は庭をぐるりと一周してみる。

「……草取りは、必須ね」

けれど、よく見るとどこかで見たことのある葉もある。

ミント、カモミール、ローズマリー――少し形は違うけれど、どうやらこの世界にも似た植物があるようだ。

「これは……ドクダミ? うーん、試せってことなのかしら」

元々ゲームの世界なのだから、細かい設定なんてなさそうだし。


葉をつまんで、そっと匂いを嗅ぐ。

清涼な香りが鼻を抜けていく。

「よし、夕飯で少し試してみましょう。怖いから一種類だけね。……肉にはローズマリー、かな」


夕方、草むしりを終えたあと、葉をプチプチとちぎって台所へ持っていく。

夕飯は朝の残りのスープと、茹でた野菜と肉。

そこに刻んだローズマリーを散らしてみた。

ふわりと立ちのぼる香りが、鼻をつんと通り抜ける。

「うん……味の幅が広がったわね。合格」


ほのかに香るハーブの香りに包まれながら、ノエルは満足げに小さく笑った。

今日も、穏やかで少しだけ忙しい一日だった。

「明日は、孤児院に行こう」

そう決めて、ベッドに入る。

慣れない草むしりで疲れた身体は、毛布の温もりに包まれた瞬間、すとんと眠りに落ちた。



---皇子視点


翌日、俺は王城の謁見室を訪れた。

重厚な扉が開かれ、赤い絨毯の先に座す国王が、ゆっくりと視線を上げる。


「……久しぶりだな。」


その第一声に、思わず苦笑が漏れた。

まあ、そうだろう。必要最低限しか顔を合わせないようにしていたのだから。


「はい。父上がご健勝のようで何よりです。」

形式的な挨拶を口にすると、国王は鼻を鳴らした。


「くだらん愛想はいい。要件は何だ。」


相変わらずだ。俺の性格を見抜ききっている。

余計な言葉は要らない。だからこそ、まっすぐに本題へ入った。


「国として行うべき施策を提案しに参りました。

――繊細な魔力を拾い、辿ることのできる魔道具の開発です。」


国王の眉がわずかに動いた。

「それのどこが、国の利益になる?」


「我が国はかつて、“魔道具大国”と呼ばれていました。

他国にはない優れた技術を次々と生み出し、それを輸出することで栄華を誇った時代があった。

ですが今では、転移陣の分野すら王国に先を越され、誇りは色褪せています。」


「だから、なんなのだ。」

国王の声に苛立ちが滲む。


俺は一歩前に出て、静かに言葉を続けた。


「この開発は、身分を問わず優秀な人材を集めて行います。

貴族主義は、今やこの国にとって“枷”でしかありません。

これは、かつての魔道具大国へと返り咲くための第一歩です。」


国王は短く息を吐いた。

「つまり、良い魔道具を作るために金を出せ――そういうことだな。」


「簡単に言えば、そうなりますね。」

俺はさらりと答えた。


沈黙が落ちる。玉座の間に響くのは、王の指が玉座の肘掛けを叩く音だけ。

やがて、国王はわずかに笑った。


「……まあいい。王国にあてていた軍事費が少し浮いた。

その分を回してやろう。」


「……感謝いたします。」


頭を下げた瞬間、胸の奥で静かに拳を握った。

――よし。


これで、彼女を探すための道がひとつ確実になった。

「必ず、良い結果を報告いたします。」


そう言って、俺は王の前から下がった。

玉座の背後から差し込む光が、床に長く伸びる。

その影の先に、彼女の笑みがある気がした。



とある貴族達の会話

「聞いたか? 皇子が平民に魔道具を作らせるそうだぞ」


昼下がりの貴族サロン。香り高い紅茶の湯気の中で、一人がぽつりと呟いた。


「何だと? 正気か?」

「いや、正気らしい。しかも、国王の許可まで取ったとか」


一瞬、場がざわめく。

魔道具は高貴なる知識。貴族の専売特許。それを“平民”に、だと?


「……妨害、するか?」と一人が低く言う。

「お前、魔道具を作る理由を知らないのか?」

「は? 何だそれは?」


周囲の視線が集まる。

小声で、別の貴族が囁いた。


「どうやらな……皇子が、ある女性に逃げられたらしい」


「……は?」

「しかも目の前で、だ。転移陣でスッと消えたらしい。で、今、必死で探してるとか」


「出所は?」

「皇子の側近が、飲み屋で酔っぱらって愚痴ってたそうだ。“魔力の痕跡が辿れねぇ!”ってな」


一同、沈黙。

「……つまり、魔道具は女性探しのため?」

「そういうことだな」


空気が、一瞬で気まずくなる。

あの冷徹と噂の皇子が、女一人に逃げられた?

その事実の方が衝撃だった。


「……妨害、止めておくか」

「そうだな。下手に首突っ込むと、飛び火しそうだ」


「というか、逃げた女性……逆に尊敬するな」

「命知らずにもほどがある」


しばし沈黙のあと、誰かが咳払いをした。


「……では、我々はどうする?」

「とりあえず、今のは聞かなかった事にしておこう。誰も、何も、知らない」

「……女性の結末は、知りたいな」

「……ならば、密かに製作の応援か?」

「応援しなくても、密偵で十分だろう」



――こうして、貴族主義の面々は妨害をやめた。



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― 新着の感想 ―
理由なんか「面白そうだから」で十分じゃないか・・・この物語を読むのもね
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