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とある悪役令嬢の話(連載版)  作者: りな


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新生活2日目

二日目の朝がきた。

昨日の長距離移動が効いたのか、身体がどことなく重い。

「……筋肉痛、手前ね」

思わず苦笑が漏れる。

一晩寝れば完全回復、というわけにはいかない――これが、元令嬢の限界というところかしら。

こういう時、日本の栄養ドリンクが恋しくなる。


ベッドの中でごろごろと身をよじりながら、天井を見上げる。

「うーん、今日は……商品を作るとするか」

日が随分と高くなってから、ようやく起き上がった。


今日の食事は二食で十分。

井戸で汲んだ水を鍋に注ぎ、野菜をざくざくと切る。

肉は細かく刻んで、具沢山スープにした。

焼きたてではないけれどパンを添えて、デザート代わりに果実を一切れ。

「……塩だけじゃ、ちょっと物足りないわね。香辛料、ストックしておけばよかった」

実際に暮らしてみると、細かな不便が次々に見えてくる。

まあ、それも悪くない。ひとつずつ整えていけばいいだけのこと。


片付けを終えると、私はドレスを収納している部屋へ向かった。

三年かけて密かに集めたドレスたち――改めて見ると、圧巻の量だ。

どれも高級な生地で、刺繍やレースの細工も見事。

「ふふ……素材としてなら、十分使えるわね」


日本にいた頃、一時期手芸に夢中になったことを思い出す。

あの時の経験が、まさかこんな形で役立つとは。

さて、何を作ろうか――

ハンカチ、小物入れ、リボン、巾着袋、御守り、パッチワークキルト、つまみ細工……

「町娘をターゲットにするなら、リボンか小物入れ、かしら」

とりあえずサンプルを作ってみよう。


針と糸、鋏を用意し、机の前に座る。

……が、思うように指が動かない。

「え? こんなに不器用だったかしら……?」

久しぶりの細かい作業に悪戦苦闘。

それでも諦めずに、ひと針ひと針縫い進める。


ようやく完成したのは、リボン三点と小物入れ三点。

淡いピンクと生成り、そして深い藍色――

色の組み合わせも手応えがある。

「……ふふ、なかなか可愛いじゃない」


気がつけば、窓の外はすっかり薄暗くなっていた。

時計代わりの影の長さが、夕方を告げている。

「もう、こんな時間……」

針を置き、背伸びをする。

お腹が鳴った。


「ご飯の時間ね」

のんびりとした声でそう呟きながら、私は立ち上がった。



夕飯は、朝の残りのスープを温めるところから始まった。

鍋の中で、野菜と肉の香りがふんわりと立ち上る。

「うん、まだいけるわね」

味見をしてから、鉄鍋を火にかけ、肉を丁寧に焼いていく。

じゅう、と小気味いい音。

香ばしい匂いに、思わずお腹が鳴った。


「……ああ、醤油が恋しいわ」

ぽつりと呟いて、自分で苦笑する。

この世界に、あの深い旨味がある調味料はない。

恋しがったところで、仕方ない。

パンを齧りながら、代わりに頭を働かせることにした。


――商品の販売方法を考えなくちゃ。

直接、町で売る? ……いや、無許可販売で捕まりそう。

お店に持ち込む? 却下が目に見えている。

「……そうね、孤児院の作品に混ぜて、こっそり売らせてもらおうかしら」

販売額に応じて手数料を払えば、あの院長ならきっと協力してくれるはず。

商才もありそうだし、秘密も守れる人だ。


「明日はもう少し、そう、巾着袋でも作ろうかな」

自分の作品だと分かるように、刺繍でも入れよう。

小さく、けれど印象に残る模様を――ブランドとして。

少しだけ魔力をこめておくのも悪くないかもしれない。

皇国には魔力を辿る魔道具があると聞いたけれど、反応するのは大きな魔力だけだというし、ほんのひとかけら程度なら問題ないはず。


明日のやるべきことが決まると、不思議と心が軽くなった。

「ふふっ、意外と忙しくなりそうね」

そう呟きながら、明かりを消す。

もったいないし、何より――静かな闇が心地よい。


毛布を肩まで引き上げ、ベッドに潜りこむ。

外では虫の音がかすかに響き、夜風が窓を揺らしていた。

「おやすみ」

自分に小さくそう言って、瞼を閉じた。

今日も、悪くない一日だった。



---皇子視点---


俺は、息を切らしながら城へ戻った。

今、この国にある魔道具では――繊細な魔力を辿ることは不可能だ。

いや、かつてその研究計画は存在した。だが、立案者が“平民出身”という理由で、貴族たちに潰されたのだ。愚かにも、誇りを優先して未来を捨てた。


俺は側近に問いかけた。

「以前、繊細な魔力を辿る装置を作るという話があったのを覚えているか? その人物と話がしたい。誰か知っているか?」


側近はすぐに答えた。

「……その人物は、私の同期生です。連絡先を知っています。面会を手配いたしますか?」

……側近、有能だな。


「できるだけ急げ。」

俺は短く命じた。


――その日の夕刻、件の人物と対面した。

線の細い青年で、色白の肌。いかにも学者然とした風貌だった。

俺の姿を見るなり、おどおどと目を伏せるのが少し気になったが、今はどうでもいい。


「繊細な魔力を辿れる魔道具を作ってほしい。できるか?」


青年はしばし沈黙し、怯えたように口を開いた。

「お、お金も、機材もありません。構想は頭の中にあるのですが……それだけです。」


「金と機材なら俺が出す。必要な分を伝えろ。できるだけ早く、作ってくれ」


終わりの方の声が、少し低くなったのは――たぶん、気のせいだ。

青年は目を丸くして、何度も頭を下げた。

「わ、わかりました! 全力で……!」


……いい返事だ。

さて、問題は資金だな。

今まで使い道のなかった小遣いで足りるとは思うが、念のため補助を頼みに行く必要もあるだろう。


部屋に戻り、窓の外を見上げる。

夜空の向こう、どこかで彼女も同じ月を見ているのだろうか。


――焦るな。ひとつひとつ、進めばいい。

足跡を辿るように、彼女の残した微かな魔力を探し出せば、いつか必ずたどり着ける。


その時、何を言えばいいのかは、まだわからない。

だが、あの日の彼女の匂いも、赤い瞳の輝きも、ひとつとして忘れてはいない。


月が静かに輝く。

それは、遠く離れた誰かを導く灯火のように、俺の胸に淡く差し込んでいた。


――いつか、きっと。

君に、もう一度、会える日まで。



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