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とある悪役令嬢の話(連載版)  作者: りな


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新生活24日目②

俺は今日も青年と転移陣について熱く語り合っていた。

転移陣が発動する“その瞬間”に無効化する方法――それが今日の議題だ。

相手が逃走に使う際、こちらが阻止するために必要不可欠。

そして何より、俺自身に前回の“痛い失敗”がある。


だからこそ、青年と俺は机の上に広げた図面を挟み、時に声を荒げながら議論を重ねていた。その間、机の端では魔力追跡の魔道具が静かに光を放ち、連続稼働の限界を試されている。


気づけば、外は深い闇に沈んでいた。

静かに控えていた側近が突然声を上げる。


「魔力反応が出てます!」


俺と青年は同時に魔道具へ目を落とした。

そこには、今まで一度として現れなかった“新しい魔力反応”が確かに表示されていた。


「……どういうことだ?」

思わず眉が寄る。

魔道具は誤作動するような代物ではない。となれば――。


反応の意味を考えるより先に、身体が動いた。俺は側近の襟を掴むと、そのままさっき議論に使っていた転移陣の上に引きずり込み、


「行ってみる」


と宣言して転移陣を発動させた。


「ちょ、巻き込まないでください!」

側近が引きずられながら抗議するが、聞こえないふりをした。


反応の示す座標。魔力の揺らぎ。

その“気配”――


……想像したのは、彼女のすぐ傍。


光が走る。心臓の鼓動が聞こえた。

そして、世界が転移の閃光に飲まれた。 


視界が戻った瞬間、熱気が頬を撫でた。

俺と側近は、見知らぬ小屋の中に立っていた。床板から火が上がり始め、煙が低く満ちている。


倒れ伏した影が目に入り、目を見開いた。

――彼女だ。


扉の向こうから気配が走った。誰かが逃げた。俺は側近に短く命じる。


「捕まえろ」


側近が即座に駆け出すのを横目に、俺は彼女の側に膝をついた。

呼吸は荒く、脈はかすかに指先を打つだけ。

外傷は見当たらない。となれば――毒。


一瞬の判断で彼女を抱き上げ、小屋の外へ運び出す。背後では炎が一気に走り、建物全体を呑み込もうとしていた。


地面にそっと彼女を寝かせた頃、側近がひとりの女を引きずって戻ってきた。


「離しなさいよっ!」

女は喚き散らし、必死に暴れる。


俺は短く言う。


「毒らしい。調べろ」


側近は即座に女を縄で縛り上げ、持ち物を丁寧に探り始めた。毒を扱う者は、自衛のために必ず解毒剤を持つ――それは常だ。


「ありました」

二つの瓶を持ち上げ、側近は匂いをかいで淡々と続けた。

「こちらが毒で、こちらが解毒剤ですね」


「寄越せ」


俺は瓶を受け取り、自らも匂いを確かめる。

間違いない。

彼女を見る。意識は虚ろで、呼吸は浅い。

このままでは――間に合わない。


俺は躊躇なく解毒剤を口に含み、彼女の唇に重ねた。

……吐き出させるわけにはいかない。


喉が小さく“こくり”と鳴り、薬が確かに流れ込んだのを感じる。

しばらくそのまま支え、薬が落ち着いたのを確認してから、そっと離れた。


――よし。


そして俺は、なおも喚き散らす女へとゆっくり視線を向けた。


炎の赤が、女の顔を照らしていた。


俺は女を見据え、低く言った。


「……おまえ、ミリアか」


その瞬間、女の顔に走った驚愕は隠しようがなかった。だが、すぐに強がるように言い返す。


「あんた、誰よ」


側近が小声で言った。

「……本当ですか?」


「俺は、一度見た顔と名前は忘れない。間違いない」


女は一瞬だけ目を逸らし、吐き捨てるように言った。


「人違いよ」


「なら、なぜここにいる?」


鋭く返すと、女は黙った。

沈黙が肯定と同じ意味を持つことを、本人が一番理解しているようだった。


側近が囁く。

「レオンハルトに確認させれば、確実でしょうか」


その言葉に、女の顔色がはっきり変わった。

青ざめ、唇が震える。


「そうだな」

俺は静かに答えた。


側近が続けて尋ねる。

「処遇は?」


俺はミリアを見下ろしながら冷静に考えた。

彼女は、彼女——愛しい人——を殺そうとした。

本来なら即刻処刑だ。

……いや、レオンハルトと同じく鉱山で酷使してから、でもいいか。

決めるのは後でいい。


「それより、彼女だ」


俺は視線をミリアから外し、地面に横たわる彼女へ戻した。


呼吸は落ち着いてきている。

即効性の毒だが、解毒剤を早く飲ませたのが正解だった。

あと五分遅れていたら――彼女は、もういなかっただろう。


胸の奥がひどく冷える。


そのとき、彼女がわずかにまつげを震わせた。ゆっくり瞼が上がり、赤い瞳がこちらを捉える。


「……アレクシス皇子?」


かすかな声だった。

けれど、その弱々しい一言が、胸の奥に温かい火を灯した。



彼女は、ふと小屋の方角を見た。炎が立ち上り、夜気を赤く染めているのに気づいた瞬間、彼女は顔を上げ、目を大きく見開いた――だが次の呼吸で、再び力なく大地に身を投げ出した。


「……まだ毒が残っている。動くな」


 俺は静かに告げた。

 彼女はゆっくりと俺を見上げる。涙が大きく目に溜まり、ひとつ、瞼を閉じた拍子に頬へと零れ落ちた。


 俺はそっと、自分の上着を彼女の身体に掛けた。冷えた夜気から守るというより、震える心を覆ってやりたかった。


「文官のところへ行って、あの女の護送か転移の準備をしろ。厳重にな。罪人扱いでだ。

 ……俺は彼女を見ている。女を渡し次第、戻るぞ」


 側近は無言で頷くと、捕らえた女の所持品を調べ始めた。靴も髪飾りも容赦なく取り上げ、縛りをさらに厳しく締め直す。


「……やり過ぎじゃないか?」


 思わず俺が言うと、側近はさらりと答えた。


「こういう輩は、暗器を普通に持っていますので」


 淡々としたその声音に、逆に説得力があった。


 俺は携えていた転移陣を取り出し、魔力を流し込む。光が展開し、側近を一瞬で王国の文官の元へ送り届ける。


 残されたのは、炎の揺らめきと、弱い呼吸を繰り返す彼女と、静まり返った夜だけだった。


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