表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
とある悪役令嬢の話(連載版)  作者: りな


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/32

転移陣のある世界

私は、静かに周囲を見渡した。

見知らぬ森の中――風が冷たく頬を撫で、夜はしんしんと深まっていく。


「……とりあえず、寝る場所が必要ね。着替えも。」


独りごちて、息を吐く。

三年という時間があった。

その間に何の対策もしていなかったのなら、それはただの愚か者だろう。


――だが、私は違う。


万が一の時に備え、練りに練った。

この世界でどう生き抜くか、どう姿を消すか。


前世は日本で暮らしていた。料理もできるし、接客業も経験がある。

語学も得意だ。翻訳業をしてもいいし、小さな飲食店を開くことも考えた。


けれど――この世界は甘くない。

身元も保証もない“どこからともなく現れた女”が簡単に職を得られるはずもない。


そう考えていたとき、ひとつのひらめきがあった。

それは、かつて孤児院を慰問していたときのことだ。


――ドレスを解体して、小物にして売ればいい。

宝石類は取り外して、少しずつ換金する。

それをとりあえずの生業にしては?

今の私なら、街外れの一軒家を購入できる財力がある。


だが、問題は手続きだった。

貴族の私が動けば、すぐに足がつく。どうしても協力者が必要だ。


そして、私は目をつけた。

あの孤児院の女性院長――いつも穏やかに微笑んでいるが、その孤児院の子供たちは、他のどこよりも優秀だった。

読み書き、礼儀、態度、すべてが整っている。

表面だけの慈善家ではない。確かな教育者、そして……切れ者だ。


私は彼女に交渉を持ちかけた。

礼は弾む。だから、秘密裏に街外れの一軒家を購入してほしい――と。

次に訪問する時、その場所を案内してもらえると嬉しい、と。


院長の仕事は見事だった。

次の訪問の折、彼女は地図と鍵をそっと私に渡した。


「この孤児院から、そう遠くはありません。

 町娘の服と靴、そしてフードも用意しています。」


なるほど。――あとは自分で何とかしてね、ということか。


私は静かに笑って礼を述べた。

「ありがとうございます。……くれぐれも秘密にしておいてくださいね。」

そして少なくない金貨を渡しておいた。


私は夜中に静かに起きて、行動を起こした。まず、場所の確認。次に、物資の運び込み。この行動は、無駄になるかもしれない……、しかし、保険は必要だわ。

まず始めは、孤児院まで転移をした。孤児院には、前回の時に印しておいた。その後、徒歩で一軒家を確認。……暗闇は危険ね。少し恐怖を感じたが、女は度胸。……その日は月明かりがあって、良かった。

鍵を使って中に入る。こじんまりとして、掃き清められていた。……院長、良い仕事をするわ。

私は、一軒家に転移の印をした。これで、私の部屋から直通で行ける。あとは、少しずつ必要な物を運ぶだけだ。


回数を重ね、保存食、普段着、ドレス、小さめの宝石、裁縫道具、糸、色々運び込んだ。

寝不足は、仕方ない。


あの断罪の朝、私は自分の部屋の転移陣の痕跡を消した。一軒家に続く転移陣。それはもう、念入りに。


そして今、夜の闇に紛れて、私は一軒家へと繋がる転移陣を作り出す。



市販の転移魔道具は誰でも使える。普通は、転移陣とは転移陣を書き込みした魔法具を指すのだ。

しかし、私は違う。

自らの魔力で空中に転移陣を描き、行先を直接指定できるようにした。

これは、私の最大の秘密。


慎重に、指先で魔力を流し込みながら、空中に陣を描く。

淡い光が線を結び、やがて複雑な紋様が浮かび上がった。

完成までに、どれほど時間が経っただろう。おそらく一時間ほど。


青白く輝く転移陣の前に立ち、私は小さく息を吐いた。


――そして、ナイフを取り出す。


皇国は、魔力の痕跡を辿る術を持っていると聞く。

ならば、私の“痕跡”を消さなければ。


長い髪を肩のあたりで掴み、ざくざくと切り落とした。

夜風が切り口をなぞり、ひやりと肌を撫でる。


「……悪役令嬢は、ここで本当に終わりね。」


切り落とした髪には魔力が宿るという。

私は、それを布に包み、そっと置いた。



封印箱を開ける。

中には、赤い宝石のついた小さなイヤリング。

どこから見てもただの飾りだが――実は魔力を覆い隠す強力な魔道具。

これを手に入れるために、どれほど苦労したことか。


けれど、今、この時のためなら、それも報われる。


私はイヤリングを両耳につけ、深く息を吸った。

指先で転移陣の中心に触れる。


――光が広がる。


静寂の森が、一瞬にして溶けていった。


そして私は、過去をすべて捨て、新しい場所へと消えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ