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とある悪役令嬢の話(連載版)  作者: りな


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新生活12日目(ノエル)

翌朝、私はぱちりと目を開けた。頭の中が、久しぶりに冴えている。

額にそっと触れる。……熱は、もうない。


寝込んでいた間、ひとつ考えたことがある。

「注文してくれた人の好みを、ちゃんと聞いてから作りたい」と。


今日はもう一度、孤児院へ行こう。

ついでに、森へ入るときに借りた長袖・長ズボンと篭――買い取れないか相談してみたい。洗えていないまま返すより、清々しいだろう。


やることが、決まった。


井戸で顔を洗う。

……ちょっと汗の匂いがするかも?


盥に井戸水を汲み、日向に置いた。

太陽の力で温まったら、それで身体を流そう。そして、急いで洗濯をする。

孤児院に行くのは、お昼すぎでもいい。


朝ご飯は、保存しておいた焼き魚の身をほぐし、細かく切った野菜のスープに入れて煮込む。栄養のあるものが食べたいから、パンを鉄板で軽く焼いて、その上に卵焼きを乗せた。……チーズが欲しいな。買い物の時、探せば、あるかな?


久しぶりの、ちゃんとした朝ご飯。

ほっと胸が温かくなる。


森へ一緒に行ってくれた子たちに、お礼をしたい――ふと思った。ドレスの余り布で、何か作れないかな。……女の子には、リボン。

男の子には、小さな小物入れ。て、どうだろう。


刺繍のある布を使ったり、無地のところには簡単な刺繍を入れる。女の子のには花を、男の子のには、勇気の象徴の鳥を。指が軽やかに動いて、思わずにやけてしまう。小さいし、簡単なものだから、ささっと作る。


お昼ご飯はゆっくりしている場合じゃない。

ナッツをポケットに、果物をひとつ持っていくことにした。


三つ編みにして、肌を茶色く。

そばかすを描いて、目薬で瞳の色を変える。

身支度は、もう慣れた。


作ったリボンと小物入れ、そしてお金を鞄にしまう。……よし。いこう。


少し背筋を伸ばして、私は扉を開けた。歩きながら、ナッツと果物を食べる。時短だ。


孤児院に着くと、ちょうど外で作業していたマヤが私に気づいた。

「ノエル、どうしたの?」と、手を止めてこちらを向く。


「院長に聞きたいことがあって。院長はいる?」

そう尋ねると、マヤは少し首を傾げた。


「いるけど……今、誰か来てるよ。もう少し待った方がいいかも」


「わかった。マヤは何をしてるの?見ててもいい?」と私が言うと、

マヤは肩をすくめて笑った。


「野菜の種を蒔く準備をしてるの。つまんないと思うけど?」


「…見てみたい」

素直に答えると、マヤの目が少し柔らかくなった。


私は、子どもたちの作業を眺めた。大きい子が鎌で草を刈り、鋤で土をおこす。

別の子が、土に混ざった根を丁寧に取り除いていく。また大きい子が鋤で土を細かく崩し、畝を作っていく。


そこへ、小さな子たちが、黒いものを運んできた。かごの中の黒いそれを、畝の低い所にそっと広げた。大きい子が土をかぶせていく。

気になって、小さな子にそっと聞いた。

「これは?」


「森から運んできたんだよ」と答えが返ってくる。


……腐葉土だ。なるほど、土作りから始めているんだ。だけど、これはかなりの重労働。

私は感心した。


「孤児院では、野菜の種はどうしてるの?」とマヤに尋ねると、マヤは誇らしげに胸を張った。


「種はね、自分たちで取るの。実った野菜をいくつかそのままにしておくと、枯れるでしょ?そしたら種がとれるの。根っこの野菜は、そのまま残して植え直すとまたできるよ」


土で少し汚れた手のひらを見せながら、マヤは言った。


「わたしたちは、ここで育てた野菜を食べてるんだ」


その表情は本当に、誇らしげで――眩しく見えた。


院長の来訪者が帰るところだった。ちらりと見えた後ろ姿は……どう見ても農民ではなさそうな、きちんとした格好。少し気になりつつ、私は院長室を訪ねた。


「どうぞ」という声に、扉をそっと開く。

院長はどこか疲れたような顔をして、私を見た。


「どうしたの?」


「あの、先日いただいた注文の件ですが――」

私は背筋を伸ばして話した。


「やっぱり、一人ひとりに合った物を作りたいんです。できれば、好きな色や好きな柄を教えてほしくて……」


院長は少しだけ眉を下げて言った。


「……そう。それは、どうしても必要なの?」


私は迷いなく頷いた。


「はい。せっかく作るのですから、もらって嬉しくなるような、特別なものにしたいです」


しばしの沈黙の後――院長は、ゆっくりと微笑んだ。


「わかったわ。一週間後に来てもらえるかしら?すぐには手に入らない情報なの」


「わかりました」


安心して、私は鞄からリボンと小さな小物入れを差し出した。


「先日、森へ一緒に行ってくれた子たへ……お礼に渡したいんです。よろしいでしょうか?」


院長は一つひとつ手に取り、眺める。


「きっと喜ぶと思うわ。……それは?」

院長の指先がお金へ向いた。


「あ……これは、先日お借りした長袖と長ズボンと篭の代金です。購入したいと思うのですが、足りませんか?」


相場なんて全然わからない。

でも、孤児院では何もかも貴重だ。


院長は、やれやれと呟くように言った。


「……多すぎるわよ。その金額なら新品が買えるわ」


新品を買いに町へ行くのも、きっと大変だ。

どうしようと迷っていると――院長は、すぐに考えを変えてくれたようだった。


「……今育てている野菜の苗と、種をいくつかつけましょう。畑とか、何もしてないでしょう?」


「えっ、いいのですか?」


「種は芽が出ない時もあるから、余分に保存しているのよ。そういう時は、時間と場所を変えて蒔き直すものなの。あなた一人分くらいなら、何の問題もないわ」


そして、院長はマヤを呼んだ。


「今日、これからお使いを頼めるかしら?」


てきぱきと、苗と種の準備を指示する。

背負い篭には、色んな苗が詰められていた。


マヤはそれを背負って、私に言った。


「院長がね、初めてだろうから一緒に植えて来なさいって」


……院長、本当にありがとうございます。

できる人は、やっぱり違う。


心から感謝した。


マヤの歩く速さに、私は息を切らしながら付いていく。時々あっち、と指差して指示しながら。


小屋に着いた。そして庭を見たマヤが、呆れたように呟く。


「……ひどい」


道具の場所を教えると、マヤは迷いなく取りに行き――あっという間に草を刈り、土を耕し、畝を作っていく。私は小さな子どものように、草の根っこを運んだりして、必死に手伝った。


「肥料がないのよね」

マヤはぼそり。


「自分で作るか、森から運ぶか……どうにかするのよ」

マヤは私に出来るのかしら?という疑いの目を向けて言った。


あれよあれよという間に――私なら一ヶ月かかってもできたかどうかわからないほどの、見事な畑が完成していた。

畑を眺めて、私が感嘆のため息をついていると、マヤがじっとこちらを見て、ぽつりと言った。


「……どう見ても、わたしより年上なのに、

なんか、年下にしか感じないんだけど」


その言い方に、思わず吹き出してしまう。


「マヤは私よりずっと物知りだし、すごいよ。マヤお姉さんって呼んでもいい?」


するとマヤは、少し困ったように眉を寄せて――でも、口元は笑っていた。


「年上からお姉さんは、やめて……」


私もつられて笑った。


太陽が傾き始め、影が長く伸びる。


「あ、帰らないと」


マヤが空を見上げて言った。

本当は何かお礼をしたかったけれど、今の私には特別なものは何もない。


だから、今できる最大限を込めて言う。


「ありがとう。とっても助かった」


マヤは、照れたように肩をすくめる。


「別に、いいよ」


軽い言い方なのに、心がじんわり温かくなる。

――いつか必ず、ちゃんとお礼をしよう。

強く、強く心に誓った。


夕方、私は机に向かい、今日マヤに教えてもらったことを紙に書き留めた。肥料のあげ方。水のやり方。虫がついたときの対処。収穫できる時期の見極め。


書きながら、ほっと胸をなでおろす。

私が「こうじゃないかな?」と想像で食べていた植物は、まちがっていなかったらしい。


弱っている植物は、移植してから肥料をあげると良い――今日、マヤが教えてくれた大事なこと。紙を片付けると、どっと疲れが押し寄せてきた。


夕食は、朝の残りのスープを温め直すだけにした。そこに雑穀らしきものをひとつかみと、刻んだニラを加えて、弱火でことこと煮込んだ。


ふう、と湯気と一緒に息がこぼれる。


「身体に優しいなぁ……」


声に出すと、それだけで少し幸福になる。


一口食べると、疲れた身体にじんわり染み渡ってまるで「今日もよく頑張ったね」と

スープに励まされたみたいだった。


片付けをして、私はそっとベッドにもぐり込む。手には植物油を塗って、手袋をした。少しでも、手荒れを防ぎたい。手袋の刺繍の、銀色のイニシャルが目に入った。


……アレクシス皇子に、また、夢で会えないかな。……一目でいいから。そっと、息をはく。


…まぶたが落ちるのが早い。

疲れた身体は、休むことをためらわない。


こうして、静かで、少しだけ誇らしい夜が終わった。


長くなったので、皇子視点は次になります

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