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とある悪役令嬢の話【連載版】  作者: りな


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新生活10日目

翌朝、目を覚ました瞬間、私は違和感を覚えた。……体が重い。手に力が入らない。

起き上がろうとしただけで、ベッドの上からずるずると崩れ落ちる。


額に触れる。……熱い。


「風邪、引いた……?」


ぼんやりとした頭で考える。

風邪のときは、水分をとって寝るのが一番。

――でも、この家の水は煮沸しないと飲めない。火を起こす気力なんて、今の私にはない。壁に手をつきながら、保存箱へと歩く。

足が、変なふうにふらつく。


果実水を二本。コップをひとつ。それだけを持って、またベッドへ戻る。……はぁ。もう疲れた。


果実水をコップに注ぎ、喉に流し込む。ほんのり甘いのに、今日はやけに遠い味。横になりながら、天井を見つめる。


昨日、起きるのが少し辛かったのは……

もうその時には兆しがあったのだろう。


やるべきことがあると、つい無理してしまう。私って、どうしてこうなんだろう。小さく、ため息がこぼれた。


少し眠って、目を開けた。

背中にも首にも、じっとりと汗がまとわりついている。


「着替えないと……」


身体が鉛のように重くても、無理やり動かす。のそのそと服を脱ぎ、新しい服に腕を通す。また果実水をひと口、ひと口と飲む。

水分は、大事。


再びベッドにもぐり込む。ひとりきりのベッドは、広くて寒い。こういう時だけ、人が恋しい。ひとりが、つらい。――自分で選んだ道なのに。わかっていたはずなのに。


どうして、涙が出るのだろう。体が弱ると、心までつられて崩れてしまう。ぽろ、ぽろ……

止めようとすると、余計に溢れる。誰か……助けて。


目を閉じれば、日本で聞いた言葉が浮かんだ。「人という字は、人が人を支えて立っているから、人なんだよ」……そうだ。人はひとりでも生きていけるけれど、ひとりでは、きっと壊れてしまう、普通の人、ならば…。


時間だけが過ぎていく。昼になっても、誰も来ない。果実水をもう一度飲む。食欲はまだ戻らない。


寝る以外に、できることなんてない。プリン、ヨーグルト、ゼリー……すりおろし林檎、卵粥……栄養のあるクッキーみたいなもの……保存箱に入っていたら、どれほど嬉しいだろう。そんなことをぼんやり考えながら、私は、また眠りへと落ちていった。



私は夢を見ていた。これは夢だと、はっきりわかる。まるで現実と見紛うほど鮮明で、匂いも温度も感じる……明晰夢、そう呼ばれている夢。


夢と判るのは……目の前に、あり得ない人がいるから。


アレクシス皇子。


彼は私を見て、ほんの一瞬、目を見開いた。夢なのに、驚いてくれるなんて。でもすぐに、いつもの優しい微笑みに戻る。私も笑みを返した。


「私を、怒っていませんか……?」


夢ならば、聞ける。本当はずっと胸に沈めていた問いを。


「突然、何も言わずに消えたので。

呆れてしまいましたか……?」


皇子は少し眉を下げながら言った。


「ショックだったし……怒れたよ。でも、それ以上に――何も相談してくれなかったことが、悲しかった。」


胸が締めつけられる。

私は視線を落として言った。


「ごめんなさい。これ以上、迷惑をかけられないと思ったのです。」


「迷惑なんかじゃない。」


彼は即座に否定した。その声が、痛いほどに優しかった。


私は苦笑する。


「今は町から離れて、一人暮らしです。小物を作って売って暮らせるかと思ったけど……

毎日が必死で。」


「良い日々を、過ごしているのか?」


「大変すぎて、倒れるように眠ってます。

……充実してる、と言えば、そうかも。」


皇子は静かに目を伏せた。


こんな風に話せるなんて――夢でも、幸せだ。

私は勇気を出して言った。


「アレクシス皇子……今なら言えます。

私、あなたに好意を持っていました。でも今の私は、何の身分もない。あなたには届かない存在になりました。……それが苦しくて。」


皇子は驚いた瞳を、真っ直ぐ私に向けた。


――“俺も”と、夢なら言ってくれたらいいのに。……そうしたら、なんて幸せな世界なんだろう。そう思った瞬間、私は目を覚ました。天井が見える。額に手を当てる。まだ、熱い。


心理学者のユングの言葉が浮かぶ。


「夢は未来を予言し、過去と未来からアドバイスを送る」


今の夢は、何だったのだろう。未来への兆し?それとも、ただの弱音?……それとも、私がただ、会いたい、という願望?


わからないまま、私はまた眠りについた。もう夢は見なかった。熱に浮かされたまま、ただ時間が過ぎていく。


こうして、その日は静かに終わった。



ーーー皇子視点


翌日。

俺は王国へ向かう旅の支度をしていた。とはいえ、荷造りより厄介なのは、俺が不在でも回るように仕事を振り分けることだ。


……本当に。

どうしてあいつらは、大小問わず何でも俺の机に積んでくるのだろう。


しばらく戻らないといって、業務を滞らせるわけにはいかない。

適材適所、冷徹な役割分担。

側近が「よくもまあそこまで」といった目をしていたが、無視した。


昼を過ぎ、ようやく目処がついた。珍しく落ち着いて昼食をとり、ソファへ深く腰を沈める。


気が抜けた瞬間、意識がふっと遠のいた。


——夢を、見た。


夢の中では目の前に、彼女がいた。柔らかな光に包まれたその姿。俺を見上げ、微笑む



「私を、怒っていませんか……?」

彼女はか細い声で言った。

「突然、何も言わずに消えたので。呆れてしまいましたか……?」


何を言うんだ。胸に刺さる。


「ショックだったし……怒れたよ」

本音が零れた。

「でも、それ以上に――何も相談してくれなかったことが、悲しかった」


彼女は肩を震わせ、うつむく。


「ごめんなさい。

これ以上、迷惑をかけられないと思ったのです」


「迷惑なんかじゃない」

即座に否定した俺の声は、少し掠れていた。


彼女はほろ苦い笑みを浮かべる。

誰にも見せたことのない弱さを隠すみたいに。


「今は町から離れて、一人暮らしです。小物を作って売って暮らせるかと思ったけど……

毎日が必死で。」


「良い日々……なのか?」

俺が、叶えられなかった問いのように、そっと問う。


「大変すぎて、倒れるように眠っています。

……充実してる、と言えば、そうかも」


俺は視線を落とした。

それは幸せなのか?

俺は――もう必要ないのか?


そのとき、彼女は静かに言った。


「アレクシス皇子……。今なら言えます。私は、あなたに……好意を持っていました」


息が止まる。


「でも、今の私は何の身分もない。あなたには届かない存在になりました。……それが、苦しいのです」


そんなはずがない。

そんな言葉、聞き捨てにできるか。


「待て……それは、本当か?」


声が震えた。

彼女を見た。しかし、いたはずの彼女の姿は、消えていた。彼女のいた場所へ手を伸ばす。


結局、――返事は、無かった。


気づけば、目を覚ましていた。


伸ばした指先には、

夢の温度だけが残っていた。


目には、見慣れた天井が映る。

現実が戻ってきた重さに、胸が沈む。


側近が近づき、淡々と言う。

「昼寝とは、珍しいですね」


「……そうだな」

それだけを答えるので精一杯だった。


側近は、不思議そうに俺を一瞥した。

だが、その視線も、声も、今はただ遠かった。


――夢の中の彼女の言葉が、まだ胸に残っている。


あれは、ただの願望なのか。

それとも、彼女の心の奥、掠め取った本音なのか。


もしも――本音だったのなら。


その「もしも」が、静かな熱となって

俺の中で消えることなく、燃え続けていた。


ストックが無くなりました。不定期更新となります。

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