表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
とある悪役令嬢の話(連載版)  作者: りな


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/32

新生活8日目

翌朝は曇り空。

薄い光がカーテン代わりの布を透かして、私の瞼に触れる。曇りの日って、どうしてこうも気分が重いのだろう。


とぼとぼと井戸へ向かい、顔を洗うついでに庭へ目を向けた。

花――そういえば、食べられるものも多かったはず。

タンポポに似た花、オオバコっぽい葉。

ここはゲームのような世界だから、たぶん大丈夫……たぶん。


念のため、一種類だけ。

今日はタンポポらしき花と葉を摘んでみることにした。


朝食は、肉と野菜を炒め、雑穀を煮込んだ鍋。最後にその摘んだ草花を入れる。

色は……すごくいい。華やか。

味は……とても地味。寂しい。

生卵は美味しいけれど、この世界では危険かな。……日本の卵は、厳しい衛生管理の元、生食が出来たのだ。鍋に卵を落として、よくかき混ぜながら火を通した。

ほんの少しだけ優しい味になった。

やっぱり、調味料欲しいな。


午前中は作品作りに没頭する。

明日は孤児院に持って行こうかな。まだ早い?売れているといいな……なんて、少し期待をしながら。


昼はナッツと果物を齧っただけで済ませた。

作業のほうが優先。時間が惜しい。


さて、午後。釣りに挑戦する事にした。竿、糸、針、ナイフ、桶。餌――餌が必要。


庭を掘ることにした。

狙いは、ミミズ。


出た。いた。……嫌だ。

うにょうにょ動いてる。顔がない。

触りたくない。助けてほしい。誰もいない。


でも、捕まえないと魚は釣れない。


心が折れそう。

でも、強くなれ、私。

魚を手に入れるため。


震える手で、私はミミズを掴んだ。

小さく悲鳴を飲み込みながら。


「……大きい。」


あれを切る……の?

ミミズを見つめる。ミミズもうねうね返事をしている気がする。



私はミミズを二匹――ちゃんと捕まえた。

もう、その時点で今日の私、すごい。誇っていい。


でも、切るのは現地に着いてからにしよう。

できるだけ遅らせたい。現実逃避、大事。



小屋の近くの小川の幅は狭く、浅い。大きな魚はきっといない。だけど、町へ続く道のあの辺りで釣り人を見かけたことがある。

あそこなら……きっと魚がいる。


ミミズは大きな葉でぐるぐる巻いた。竿、釣り糸、針、桶、ナイフ――準備は完璧なはず。私は意を決して家を出た。


今日は、釣りをする人はいなかった。

ちょっと心細い。


竿に巻かれた釣り糸を慎重にほどき、

ちゃんと職人さんに付けてもらった針を確認する。もし糸が切れたら、自分で針を結び直すことになる。……それだけは、避けたい。切れないでね、お願い。


「この辺りにしよう」


そして――ミミズを取り出す。


一匹……釣り針と比べる。明らかに大きすぎる。……心の何かがゴリゴリ削られていく音がする。私は泣きそうになりながらミミズを切り、針に通した。……もう、帰りたい。


でも、針を川に投げた。

釣り糸が小川に静かに落ちた。


少し待つ。

……ん?


!!

つつかれてる。食べてる!?

そのまま、どうぞ。遠慮なく!!


竿を握り締める手に力が入る。


一気に、ぐん、と引かれた。

「きた……!」


私は竿を持ち上げる。魚だ。ちゃんと、魚が釣れた。生きてる。跳ねてる。眩しい。


でも、このあと針を外すのだ。

……あれ?どうやって?

跳ねる魚を見て、私は後ずさる。


まずは桶に水を。

深呼吸。


今度こそ。滑る魚、魚の喉奥に引っ掛かる針。ハンカチで魚を掴み――なんとか、釣針を外した。


桶の中で弱々しく泳ぐ魚を見つめて、しみじみ思う。


魚釣りって……こんなに大変だったっけ?


しかし一匹では足りない。

ミミズを見る。ミミズも私を見る。

……帰りたい。


感情を捨て、私は機械と化した。


そして――魚5匹。


「……すごい。私、本当にすごい。」


だが問題はここからもあった。魚を、捌く。

……どうしよう。


桶の水ごと運ぶには重すぎる。

逃がすわけにもいかない。


平たい石を見つけ、魚を乗せ、

ナイフの柄で軽く頭を叩く。魚を気絶させるのだ。謝りながら、ナイフを魚のお腹に刺した。そして、内臓とエラを取り、川で血を洗う。


力がいる。生臭い。ツラい。でも誰も助けてくれない。



五匹を捌き終えるころには、太陽はもう傾いていた。……帰らなきゃ。


私は急いで荷物をまとめ、

ぐったりとした体に鞭打って、家の方へ歩き出した。



夜、捌いた魚に軽く塩をふり、小枝に刺して竈の火へとかざした。

じっくり、丁寧に。火が通るたび、皮から脂がぱちりと弾ける。焦げ付かないよう、時折そっと裏返しながら、朝の残りのスープも傍らで温める。


……そろそろ、いいはず。

一匹を手に取り、あつ、と息を吹きかけながら歯を立てる。


――美味しい。


驚きに目を見開く。

臭みはなく、薄い塩が身の甘さを引き出している。皮はパリッと香ばしく、ふっくらとした身は舌の上でほどけるようだ。


天にも昇る美味しさとは、このことだ。

これが――労働の対価。


一口ごとに、胸の奥で達成感がふわりと広がる。二匹食べ終える頃には、お腹はすっかり満たされていた。


残りは明日のお楽しみ。

スープの出汁にも良さそうだし……骨も、しっかり焼けば食べられるだろうか?


「……ご馳走様でした」


命をいただき、生きていく。

明日も、明後日も。


片付けを終えると、私はベッドへそのまま倒れ込んだ。

大変な一日だったが、良い一日でもあった。……筈だ。


そう思った瞬間、心地よい疲労に包まれて

私は静かに眠りへと落ちていった。



---皇子視点


繊細な魔力を辿る魔道具の開発を命じて、まだ数日。その青年が面会を求めてきたと聞いて、胸に嫌な予感がよぎった。

——何か、問題でも起きたのか?


だが、目の前に現れた青年を見た瞬間、別の意味で問題があると確信する。

髪は乱れ、衣服は皺だらけ。

目の下には濃い隈。

なのに、その瞳だけは、異様な光を宿していた。


……不審者として捕えられても文句は言えない見た目だな、と一瞬思ってしまった。


「どうしたんだ」

問いかけると、青年は大きな鞄を勢いよく差し出した。


「試作品ができました」


……早い。

いや、早すぎる。


青年は興奮したまま言葉を続ける。

「構想自体は以前からありました。今回は、必要な材料がなぜか驚くほど早く揃って……。それで、試作品の製作に没頭できたのです」


俺は青年のやつれた顔を見て、半ば呆れ、半ば心配になった。

「……ちゃんと寝ていたんだろうな」


「一日二時間も寝ました。十分です」


十分なわけがない。

後で、説教だな。


「試すことはできるのか?」

「はい。今すぐでも構いません」


その声は掠れているのに、どこか誇らしげだった。

本当に、無茶をしてくれたものだ。


だが——その無茶が、今は少しだけ頼もしく思えた。


俺は側近を呼びつけた。


「ちょっと実験に付き合ってくれ」


そう言いながら、ためらいなく側近の髪をブチ、と数本抜き取る。


「一本で十分です!」

青年が慌てて声を上げた。


側近は……俺を、心底恨めしそうに睨んでいたが、見なかったことにした。


「この建物内のどこかに隠れてくれ」

「……わかりました」


小さくため息をつきながら、側近は部屋を出ていった。


青年は、試作品の皿状になっている受け皿に、抜いた髪をそっと置いた。


「ここで魔力の質を分析します。魔力は、一人一人、微妙に違いますので。それを読み取るのです」


自信に満ちた声で、青年は説明を続ける。


「探せる範囲はどのくらいだ?」

「皇国の都の半分、くらいですね」


……全く足りないな。

だが、初期段階なら上出来なのかもしれない。


「動かします」


青年が魔道具に触れた瞬間、装置の上に地図のような立体映像がふわりと浮かびあがった。


「距離はここで調整します」


細かな歯車の動きに合わせて、地図が建物単位に縮小されていく。


「……ここですね」


青年が指差した。

そこは——書架。


……この建物の見取り図まで再現されているのか?

原理はわからないが、ただただ驚嘆するしかない。


青年を伴い、その場所へ向かった。


書架の陰。

息を潜めて隠れている側近と、しっかり目が合った。


「……なんで、分かったんですか」


側近の呆れ声が、静かな書庫に響いた。


青年は胸を張り、誇らしげに言った。


「魔力を辿りました」


確かにこの魔道具——本物だ。


しかし——彼女を探すには、まだ足りない。


皇国の都の半分。

そんな狭い範囲では、俺の大切な人に届くはずもない。


「試作品をもうひとつ、作れるか?」


青年は驚いたように目を瞬かせた。


「材料はありますので……作れますが。どうしてでしょう?」


「ひとつは皇国保安院で試験運用させる。

もうひとつは、さらに広範囲に捜索できるよう、改良してほしい」


青年は少し困った顔をした。


「……これ以上の範囲拡大は、難しいかと思います」


その言葉に俺は即座に返す。


「転移陣の縮小化も、我が国では不可能だと判断して諦めた。その結果、王国に遅れをとった」


青年が息を呑む。


「できないと思うから、できないんだ」


しばしの沈黙。

まっすぐな瞳が、青年の心に火をつけた。


「……わかりました!」

「もうひとつ試作品を作ります。そして……広範囲化、挑戦してみせます!」


良い返事だった。

こういう男は、必ず伸びる。


「期待している。……だが、寝る時間はちゃんと取れ」


青年は胸を張り、誇らしげに答えた。


「わかりました!三時間、寝ます!」


…………足りんわ。


思わず頭を抱えながら、俺は小さくため息をついた。


その後、俺は青年に睡眠の大切さを長らく説いた。「わかりました」と、渋々言った青年は、期待と使命感を背負って戻っていった。その背中を見送って、ふと気づく。


場所が特定できるということは——

そこへ繋がる転移陣も、いずれ作れるのではないか?


手の届かない遠さではなくなる。

彼女がどれほど遠くへ逃れようと——追いつける。


「……次回、確認してみるか」


思わず零れた独り言に、微かに笑みが混じる。

彼女への道筋が、一歩ずつ、確かに形となっていく。


焦るな。

追いつくための時間すら、彼女への贈り物だ。


——必ず会いに行く。

その未来は、もう夢ではないのだから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ