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とある悪役令嬢の話(連載版)  作者: りな


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新生活7日目

翌朝。

太陽が高く昇っても、私はまだベッドの中でまどろんでいた。

視界に、枕元の銀色の糸がきらり。

――何か、夢を見ていた気がする。

でも、手を伸ばす前に霧みたいに消えてしまった。


「今日は……何もしたくない」

そう呟いて、布団にくるまる。


けれど――思い出してしまった。

昨日、大事に持ち帰った卵のことを。


……卵が私を待ってる。


私はしばらくベッドの中をごろごろした後、ようやく起き上がる。

井戸の水はいつも通り冷たくて、気分をぱっと引き締めてくれる。


朝食は、どうしよう。

目玉焼き。スクランブルエッグ。茹で卵。卵スープ。

粉もあるし、パンケーキみたいにもできるかも。

次々と浮かぶ料理に、胸の奥が少し弾む。


結局、野菜たっぷりのスープとスクランブルエッグ、それにパン。

庭で見つけたバジルみたいな草を刻んでスープへ落とすと――思った以上に香りが良くて、ちょっと得した気分。


朝食を終えて、食器を洗い終えると、次は石鹸づくり。

私は竈から灰を集め、壺に入れた。そこへ温めた水を注ぎ、棒でぐるぐるとかき混ぜる。数日置いておけば、アルカリ性の液体ができあがるはず。


そもそも草木灰というものは、畑に撒けば土質を改善し、鍋を洗うときには研磨剤の代わりにもなる、実に優れた代物。


江戸時代には染め物にも活用されていたらしいし、また、完全に白い灰になる前の炭として残ったものを、炭団として利用されていた。


……炭団……大きい炭は砕いて、細かい炭と混ぜ、ふのりとか、片栗粉といった接着剤でくっつけて乾燥させる。そうすると、火がつきやすい炭の団子が出来たのよね。


昔の人々は、長年の知恵を積み重ね、限られたものを上手に使いこなしていた……。


そんな雑学を思い出しながら、私は棒で液体をかき混ぜた。


それから自分用の手袋を作ることにした。

仕事用と、夜のケア用の二種類。

手の形を紙に写し、親指の立体を考えながら、ゆっくり布を裁つ。

ミトン型でも良かったのだけど、手荒れ対策の重要な物だ。妥協してはいけない。

仕事用は、少し厚手のドレスの布を、夜のケア用は優しい手触りの布を選んだ。100均なら量産品を買って終わりなんだけど。

世界に一つだけの、私の手袋を作る。……少し楽しい。

そうして針仕事に没頭していると、午前中があっという間に過ぎていた。


お腹はあまり空いてなかった。

保存箱から果物を少しだけ取り出す。甘さが口の中に広がる。


午後は巾着袋と御守りとリボンづくり。

静かな時間に、針と糸が小さく音を立てる。

リボンにはレースを着けた物、刺繍を少し入れた物、前回より華やかになった。

気がつけば、かなりの数が積み重なっていた。


「よし」

硬くなった肩をそっと回す。


いつの間にか、外は夕暮れになっていた。


お腹空いたな、と感じてふと思う。

「……卵、また食べたいな」


今日は本当によく頑張った。

自分へのご褒美くらい、あっていい。

そう思いながら、慎重に卵の数を数える。


…………うん。

1日1個にしよう。

細く長く、幸せを楽しむのだ。


私は小麦粉を水で溶き、鉄板で薄く薄く焼いていく。

見ためは、クレープに近いだろうか。

朝の残りのスープは、弱火で温め直しておく。


肉を細かく切り、小麦粉をちょっとまぶし、炒めて焼き色をつける。

仕上げに温めていたスープを少し注ぎ、塩を少し足してとろりとさせる。


庭から摘んできた朝食べたバジルみたいな葉を合わせて、さっきの薄焼きに、肉と葉をのせて――

くるっと巻けば夕食の完成。


ひと口。

「……まあまあ、ね。でも葉っぱは、もう少し少なくても良いかも」


ふと脳裏に、香ばしい日本の焼き鳥が浮かぶ。あれは、至高の一品よね。

砂糖と醤油さえあれば、近づけるのに。


ここにはない味を思い出して、

少しだけ遠い国を恋しく思いながら、

私はその素朴な巻きものを最後まで大切に味わった。


ベッドに潜り込んだ時、気がついた。

片付けようとしていたのに――気づけば、そっと胸元に抱えている銀色の糸。


……まあ、いい。

ここには私しかいない。


月明かりを受けて、繊細な糸がほのかに光る。

アレクシス皇子の髪と同じ、銀色。


届かないはずの光なのに、

こうして手の中で、確かに輝いている。


「おやすみなさい」


小さく囁き、そっと瞼を閉じる。

眠りに落ちるその瞬間まで――

私は、銀色の夢に触れていた。


昨日痛んだ胸は、やっぱり消えてはいないけれども。




ーーー皇子視点


俺は国王に呼び出された。

……正直、面倒だ。だが断るわけにもいかない。

渋々、王座の前へと足を運ぶ。


国王は満面の笑みで言った。


「王国を無血で征服した、その功績は大きい。勲章を与えたい。爵位はどうだ?略奪品も多い。好きな物を選べ。貴族の子息たちを拘束したゆえ、身代金も請求できるぞ」


……どれも興味が湧かない。

金も地位も、別に欲しくはない。


それでも国王は言葉を重ねる。


「騎士団での地位を与えてもいい。役職も用意しよう」


……ますますどうでもいい。

そんなものに振り回される時間が惜しい。


「免罪符を与えるという手もある。あとは――縁談だな」


免罪符。

その言葉に、胸の奥がひりつく。


彼女の顔が浮かび上がる。

彼女は王国側からすれば反逆者。

だが俺にとっては、誰よりも――協力者だった。


彼女の地位回復。

それだけは、検討する価値がある……が、縁談は勘弁して欲しい。


俺は思考を一切表に出さず、淡々と口を開いた。


「王国への対処は未だ途上にあります。そのような話は、すべてが落ち着いてからでも遅くはないかと」


国王は頷き、しかし食い下がる。


「だが、これほどの功績だ。何も与えぬでは周囲の目がうるさい。式典を急げという声が多いのだ」


誰だ、そんな余計なことを言っているのは。

心の中でため息をつく。


だが表情は完璧に整えて告げた。


「承知いたしました。ただ、今すぐは返答できかねます。追って奏上いたします」


国王は満足げに頷いた。


「早めにな。期待しているぞ」


――期待など、してくれなくていいのだが。

一礼し、その場を静かに辞した。


執務室へ戻ると、側近がひと息に報告した。

「返答を急かされましたか」——その問いに、俺は短く「ああ」とだけ答えた。


側近は続ける。

「最近、皇子の好みの女性について尋ねてくる輩が増えました」


初耳だった。側近はさらに言葉を重ねる。

「どうやら、功績を挙げたことで、皇子狙いの令嬢が増えているそうです」


余計な情報だと眉をひそめる。だが側近の最後の言葉が、なお重かった。

「王妃様が縁談を考えているとの話もあります」


それはまずい。とりあえず、早急に王国へ向かう事で断るか?――現地視察を兼ね、統治者代行の引き継ぎを行う形で行けば筋も通る。国王への返答は「詳細は戻ってから」と伝えておけば何とかなるか?式典と交流会の準備で時間は必要だろうし。


……返答は、略奪品や身代金は国に献上し、騎士団の地位は辞退する。爵位は、保留。勲章は頂いて、代わりに魔道具開発への援助金を国へ求める――という内容で。……それが、最も国益に繋がり、俺にとって無難か?


側近の言葉を胸に、俺は静かに計画を練る


恋も策略も——

どちらも、守るべきものがあってこそ、意味を持つ。


権力は枷にもなるが、

使い方次第では、誰かを解き放つ鍵にもなるのだと、今なら、ほんの少し信じられた。


この胸奥に刺さったままの彼女の影を、

まだ手繰り寄せる資格が俺にあるのなら——

俺は 足掻こう。


運命が味方する日まで。


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