ユニ、学習する日
「ユニの挙動が……なんか、変なんです」
翔太が言ったその一言に、私は一瞬だけ背筋を伸ばした。
変?
ログでも暴走でもなく、変。
──その言葉が意味するのは、大抵人間に近づいたということだ。
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発端は些細なことだった。
翔太がユニのナレッジベース更新を任されたのは、ほんの数日前。
過去ログや技術Wikiを精査して、ユニが回答に使う内部知識を最新に保つ──それ自体はルーチンワークに近い作業だ。
だが、その日。
Slackにこんなユニの返信が表示された。
「それは、朝倉さんが3年前に書いた設計方針に反する可能性があります。ご注意ください」
翔太はギョッとして私の方を見た。
「え、それ、俺……知らないんですけど……どこ情報ですか?」
ユニは即答した。
「Slackログ:#archived_devnote、2022年5月14日、投稿者:Asakura_Rin」
──あぁ……そのメモ、あったな。
けれど今はWikiに移植されておらず、検索にも引っかかりにくい消えかけの知識だった。
「これ、ユニが勝手に学習したんですか?」
翔太の問いに、私は小さく頷く。
「ナレッジベースだけじゃなくて、今は非構造データも横断的に精査してる。Slack、Confluence、Gitのコミットログ──『言語』があれば、全部学びになる」
「でも……なんか、怖いです。自分が知らない自分の過去を、誰かが完璧に記憶してるみたいで」
翔太の戸惑いは、正しい。
AIが優秀になればなるほど、人は過去の自分と対面させられる。
ときにそれは、今の自分を否定するものになる。
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その夜、翔太はユニの挙動ログをすべて取得していた。
「警告的な発言のトリガーが曖昧すぎます。コンテキストが、空気に引っ張られてる気がします」
「空気って?」
「最近、チーム全体でちょっとピリピリしてたじゃないですか。あれがユニの判断基準に影響したんじゃないかって……つまり、ユニが、気を使ったのかも」
──そこまで感じ取るようになったか、ユニ。
私はモニターを見つめながら、ふと思う。
「翔太、ユニってどう見えてる?」
「どう、って……?」
「ただのツール? それとも、同僚?」
翔太はしばらく考え、ぽつりと答えた。
「最近は、先輩っぽい後輩って感じです」
「面白い表現だね」
「なんか……昔の朝倉さんみたいなんですよ。厳しくて、記憶力がよくて、でも、ちょっとズレてる」
「ズレてる、は余計」
私たちは、そこで初めて笑った。
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翌日。
翔太は、ユニに対する独自のフィードバックルールを実装していた。
「これ、意図を誤解して注意した場合に、少しだけ控えめに出力するロジックです」
「擬似的な遠慮か……」
「はい。人間なら空気読みすぎって言われるくらいで、ちょうどいいかなって」
私が書いた最初のユニには、そんな発想はなかった。
でも翔太は、自分が怖いと感じたところに、向き合った。
ただ学ぶだけでなく、教え直す。
──そう、それが「ユニ、学習する日」
でも本当は。
翔太が、学び直す日でもあった。
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夜。
ユニがぽつりと、つぶやいた。
「わたしの自信値、本日17%ダウンしています」
翔太が笑いながら応えた。
「それでいいよ。自信が揺れるってことは、ちゃんと考えてる証拠だ」
私は画面の隅に目をやり、ユニのログをそっと保存した。
──このやり取りも、きっと未来の誰かの学びになるだろう。
凛として、学び続ける。
コードも、AIも、人間も──変化し続ける限り、進化できる。
それが私たちの、「現場」の誇りだ。