表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/12

コードネーム:凛

「このシステム、誰が作ったんですか?」


その一言が、私の胸を突き刺した。


──あの頃の私は、まだ新人だった。


知識も浅く、経験も乏しく、それでもどこかで、わかっているつもりだった。

画面の向こうのユーザーが誰なのか、バグが生む混乱の重みがどんなものか、そんなこと──まるで考えていなかった。


 


====


私が初めて配属されたプロジェクトは、ある医療系ベンチャーの予約管理システムだった。


クラウドで病院の予約を管理し、患者の来院履歴を記録し、受付の業務を効率化する──その構想に、私はワクワクしていた。


チームの中では最年少、でも任されたのは予約ロジックの実装。

日付・時間・科目・医師ごとの空き枠処理……ちょっとしたパズルのようで、夢中でコードを書いた。


「私、やれるかもしれない」


そう思った矢先だった。


 


──本番リリースの翌日、障害は起きた。


ある病院で、予約情報が二重に登録されるというバグ。

一部の患者が「W予約」扱いになり、診察が混乱し、受付と医師がパニックに陥った。


そのロジックは、私が書いたコードだった。


if文で分岐したつもりが、パラメータの片方だけをチェックしていて、同一患者の重複を見落としていた。


テストケースは、そこまでの例外を網羅していなかった。


レビューも甘かった。だが──それ以上に、私の認識が甘かった。


病院からの問い合わせが、怒号に近かった。


「大事な医療の現場で、こんなトラブルを起こしてどういうつもりなんですか?」


「予約が重複したせいで、患者さんに謝罪して、泣かれたんです」


「このシステム、誰が作ったんですか?」


その質問に、誰も答えなかった。


──けれど、私は、答えを知っていた。


 


====


その夜、ひとりオフィスに残って、エラーログを追っていた。

該当の処理を何度も読み直して、あらゆるケースを再現して、そしてようやく、原因を突き止めた。


「私だ」


その一言を口に出したとき、涙が出た。


悔しさでも、悲しさでもない。

ただ、背負ってしまった重みのあまりの重さに、肩が震えた。


それでも、逃げたくなかった。


「私が書いたコードが、現場を混乱させたなら、私が直す」


そう決めた瞬間、私は新人ではなくなった気がした。


 


翌朝、チームリーダーが私に言った。


「お前が出した修正、レビューした。いい内容だった」


「……すみません」


「いや、謝るな。責任を背負う覚悟を持ったやつのコードには、説得力がある。そのまま、その覚悟で書き続けろ」


そして彼はこう言った。


「凛って名前、いいな」


「え?」


「コードに凛とした姿勢がある。命名センスで悩んでるんだけどさ──

 AIプロジェクト、進めることになってさ。開発コードネーム、『RIN』にするつもりだ」


私は、しばらく言葉を失った。


 


====


それから数年。


私は『ユニ』──開発コード「RIN」をベースにしたAIアシスタントのメイン開発者になった。


あのときのミスも、恥も、全てはこのための礎だったのかもしれない。


ユニのコードには、私が学んだすべてが詰まっている。


不安な分岐には理由を。

データ処理には冗長性を。

そして、ユーザーの立場に立つことを、絶対に忘れないように。


翔太や真理がユニを使ってバグを追うとき、

私は少しだけあの頃の自分を思い出す。


コードとは、人の心を映す鏡。

迷い、怒り、希望、優しさ──全部が、関数の中に隠れている。


そして私は、これからも書いていく。


凛として。誰かの明日のために。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ