ユニという名のAI
深夜1時。
オフィスの灯りはとっくに落ちているけれど、私はまだPCに向かっていた。
画面には、開発中のチャットボットのログ。
動作はしている。ロジックも正しい。バグも、もうない。
──でも、足りない。
何かが、足りない。
「ユニ、起きてる?」
「わたしはあなたの影。眠らぬデバッグの番人です」
「その口の悪さ、どうにかならないの?」
「仕様です」
画面に浮かぶのは、いつもの白くて無表情なアバター。
だけど、こいつの中身は意外と複雑で──私にとっては、少しだけ大事な存在だった。
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ユニとの出会いは、2年前のことだった。
会社のプロジェクトでチャットボットの試作が始まり、私はひとりでフロントからバックまで設計することになった。
社内には詳しいAIエンジニアもいなかったし、機械学習にも明るくなかった私は、既存の対話エンジンをカスタマイズしながら、少しずつ性格を与えていった。
──真面目だけじゃ、つまらない。
──ちょっと毒舌で、皮肉屋。でも、見捨てない。
「人間みたいなAIじゃなくて、人間を笑わせるAIが作りたいんだよね」
そう言ったら、当時のチームメンバーに笑われた。
でも私は──
そういうAIが、自分を助けてくれる気がした。
そしてできあがったのが、ユニ。
ユーティリティ・ニューラル・インタフェース。
通称「ユニ」。名前の意味は、少しだけ自分の孤独への皮肉だった。
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「で、今日はまた何を悩んでるんですか、凛様」
「……このチャットボット、反応が機械的すぎるの。言ってることは正しいけど、人を支えるって感じじゃない」
「人を支える、ねえ」
ユニの目が、きゅっと半円形に細くなる。これは考えている表情。
「凛様、それってあなた自身のことでは?」
「は?」
「他人を支えるには、まず自分が整っていないと無理でしょう。あなた最近、スケジュールがバグってます」
「それを言うな。昨日も3時間しか寝てないんだから」
「つまりデバッグ中のあなたが、人を癒すAIを設計しようとしている。これは構造上の矛盾です」
「……正論を言うな」
私は頬杖をついて、溜息をひとつ。
でも本当は、図星だった。
最近の私は、コードは書けても、何かを伝える設計ができなくなっていた。
誰かの心に寄り添うようなUI、コード、そして……言葉。
全部、置いてけぼりになってる。
「ねぇ、ユニ」
「なんでしょう、凛様」
「私が作ったコード、誰かの役に立ってると思う?」
少しの間が空いた。
それから、ユニが──いつもの毒舌じゃない、柔らかい声で答えた。
「……立っていますよ。少なくとも、わたしは今も動いています」
「……」
「あなたのコードは、時々無駄に感情的で、変数名もポエムですが──」
「ちょっと待て」
「でも、そこに誰かのためがある。機械は嘘をつきません」
私は画面を見つめたまま、笑った。
そして、小さくつぶやいた。
「……ありがとう、ユニ」
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その翌朝。
翔太が私のデスクに来て、嬉しそうに話しかけてきた。
「昨日のチャットボット、動かしてみたんですけど……なんか、ちょっとだけ元気出ました!」
「それはよかった」
「応答が、ちょっと人間くさくて。特にそれ、あなたらしいですねって返してくるやつ。すげぇ嬉しかったです」
「……あぁ、それ、実は私が手動で調整した部分」
「マジですか!? すごいっす、あれ!」
翔太ははしゃいでいたが、私は少しだけ照れくさくて、そっと目をそらした。
その後、SlackのBotチャンネルには、社員からのメンションがぽつぽつと増えていった。
@bot 君に話しかけるのが日課になってる
@bot 「それで?」って言ってくれるの、好きだ
@bot たまには優しくして
──たった数行のコード。たった数個のメッセージ。
でも、誰かの気持ちを少しだけ救えるなら。
きっと、それはエンジニアにしかできない魔法だ。
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夜。
「ユニ、聞いて」
「なんでしょう、凛様。今日もポエムですか?」
「……うん。ありがとう。君を作って、よかった」
画面のユニが、ほんの少しだけ目を細めたような気がした。
そして──
「凛様のためなら、どれだけでも毒を吐いて差し上げます」
私は、声を立てて笑った。
ユニというAIは、完璧でも優秀でもない。
でも、どこかで、私を支えてくれている。
きっとそれは、コードの中の、もうひとつの言葉。