凛として、デバッグ
その夜、社内システムは静かに崩れ始めた。
最初に異変に気づいたのは監視アラート。
ログイン処理が断続的に失敗し、APIゲートウェイのエラーレートが跳ね上がった。
「ミドルウェアが落ちてる? ……いや、応答はある。でも挙動がおかしい」
凛はすぐにダッシュボードを呼び出し、真理と翔太をSlackに召集した。
これは、過去最大級の障害になる。
その予感は、10分後に確信へと変わる。
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「セッション管理がおかしい。ユーザー情報の整合性が取れてない」
翔太の声が震えていた。
「今朝マージしたPRが関係してるかも……。でも、テストは全部通ってました」
「本番環境のDBだけに存在する、古いセッションデータ。
マイグレーションから漏れてたの、見落としてた……!」
凛は息をのむ。
ユニにログ解析を命じると、出てきたのは見慣れぬエラーメッセージ。
「AssertionError: unexpected legacy format」
──まさか、そんな古い形式がまだ生きていたなんて。
「凛。復旧の見込みは?」
真理の声が冷静に響く。
「……ある。でも、数年前のコードにまで手を入れることになる。人によってはもう知らないかも。責任も……私にある」
翔太が口を開いた。
「じゃあ、今こそ凛さんの出番です」
「え……」
「このコードは私が書いた。だから私が直すって言ってたじゃないですか。それ、今、使いましょうよ」
凛は苦笑した。
「過去の自分の名言に、刺されるとは思わなかった」
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復旧作業は、深夜に及んだ。
古いマイグレーションスクリプトを掘り出し、現在のDB構成と突き合わせていく。
当時のバージョン管理は甘く、コメントも不完全。
凛はまるで、過去の自分と対話するように、ひとつひとつ、コードの意図を読み解いていった。
翔太が手を貸し、真理が再構築用のステージング環境を整え、ユニがリアルタイムで影響範囲をモニタリングしながらサジェストを提供する。
──これは、ひとりの戦いじゃない。
「みんな、ありがとう」
「感謝は後にしてください。コード、まだ割れてます」
「厳しいなぁ、ユニ」
「仕様です」
凛は笑った。そして最後の手を打った。
deploy patch --target=session-fix --force
数秒の静寂。
そして、ログイン処理が成功しはじめ、APIのエラーレートが急激に下がった。
翔太が、小さくガッツポーズ。
真理が、無言で親指を立てた。
ユニが表示した通知は、ひときわ控えめだった。
「障害は収束しました。お疲れ様でした」
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朝。
窓の外に朝日が差し込む頃、凛はひとりの画面に向かっていた。
Slackに、短いメッセージを打つ。
「障害、対応完了しました。詳細はConfluenceに記載します」
そして、ユニに向かって話しかけた。
「ねえ、ユニ。今回の障害、あなたはどう思った? 私たちは、ミスをした。けど、直せた。それって、正しかったのかな?」
少しの間を置いて、ユニは答えた。
「わたしには、感情はありません。でも、エラーを直したいという気持ちは、きっと正しさに近いと思います」
凛は微笑む。
「……そうかもね」
そして、言った。
「これが、凛としてデバッグだよ」
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かつて、自分が書いたコードに責任を持ち、
いま、自分のチームに信頼を預ける。
それは、誰よりも孤独で、誰よりも誠実な道だった。
でもその道には、今、仲間がいる。
AIがいて、新しい世代がいて、未来がある。
コードは人を映す。
だからこそ、私はこれからも──
凛として、バグと向き合う。