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 あと一日で土曜日になる。あと一日で。

 そういう精神で流子は毎日やっている。

 北参道とか大塚とか浅草とか、私立の男子校の連中と、バチバチで戦うけれど、下北沢からは流子一人。都立赤坂見附と都立吉祥寺の生徒は、我関せず。

 精神的にかかる負荷、追いつめられる孤独、迫りくるプレッシャー。戦っているのだ。流子ははっきりと感じていた。

 学力を競い合うのなら、健全なスポーツだと思う。

 能力を拡張し、しのぎを削り、技能を伸ばす。

 悪意がそこに介在しないのなら、勉強はいいことだ。

 テストの成績がいい私立大塚の生徒が、「答え合わせ」をやっているのを見ると、やはり口惜しいと思う。力で及ばないから、悪意につぶされてしまう。

 哄笑の声が耳をつんざき、脳裏で何度もリフレインする。

 数式で一杯の混乱した脳内に、石油を注がれるようなものだ。思考が混濁する。

「うるさいよ」

 と言ってやりたいが、奴らはとても陰湿で、いじめることを本当に何とも思っていないから、身を護るためにはもう耳栓をするくらいしかない。

 大塚は敵。北参道はバカ。浅草は不思議。そんな標語を唱えて、そそくさと帰る。

「三条さんはさぁ、この辺に住んでるの?」

 バカが。黙れよ。

「どうして?」

「表参道の方へ歩いているのを見たよ」

 ストーカーか?

「エルメスが九時までやってないのが残念よね」

「うっわ、おじょーさまじゃん」

 てめえの方がおぼっちゃまだろーが。財布のブランド当ててやろうか?

「まあ、そうね。否定はしないけど」

「今度さぁ、新宿女子と池袋女学院の子たちと、勉強会すんだけど、来る?」

「あ、副都心線レッドカーペット?」

「そうそう。そうなんだよ。(初めて聞いた、副都心線レッドカーペット?)」

「残念ね。私は京王線ユーザーだから。そんなハイソな集まりでは浮いちゃうと思うの。下北で古着を買いに来る時は言って。お姉さんが、手取り足取り教えてあげる」

「古着かよ。マジ貧乏だな」

「おあいにく様」

 お引き取りいただく。

(夕陽と蒼が、愛おしいな。やっぱ下北しか勝たんのよ)

 父親の車に毎日乗せてもらうのも癪だから、時には家に帰って勉強することもある。

 塾が終わったことを母親に連絡し、母親はその連絡を待って幡ヶ谷の駅まで自転車で駆けつける。幡ヶ谷駅で合流ののち、スーパーで買い物をする。

 お惣菜を買って間に合わせることもあれば、今日、金曜日だったりすると、父親の帰りも待ちつつ、何皿か作ったりもする。

 娘二人、流子と実桜は、皮をむいたり、野菜を切ったりしながら、のろのろと料理に参加し、父親が帰ってくる頃には、料理は大体出来上がる。

 豚バラと白菜のミルフィーユ。流子の好物だ。ニンニク入り野菜ベーコン炒め。茄子の味噌汁。白米。

 父親の帰りまでに、実桜が先に風呂に入る。

 長い髪を乾かす、ドライヤーの音の間に、扉が開閉するガチャンという音がする。

「おとーさん!」

 実桜の声がする。

「おかえりー」

 流子も見えないところから声を投げかける。

「はいはい。ただいまただいま」

 どたどたと音がして、家族全員集合。いただきますののち、皆まず味噌汁をすする。

「今日は北参道のチャラ男から誘われた」

「おねーちゃんモテモテ」

「チャラ男だよ? 実桜はどうなの、実桜は。健気に学業を邁進しているって? 公立じゃやっぱ張り合いがないんじゃない?」

「お姉ちゃんが、道を切り開くから。実桜、楽なんだよね。あー、こうすればいいのかぁって」

 実桜は大きく開いた口に白菜と豚肉を入れ咀嚼する。

「土曜日はちょっと遅くなるかもしれないけど、ご飯は……いらないかな」

「彼氏だ」

「違う」

「嘘。お姉ちゃんのことは何でも知っている。これは彼氏ですねー」

「違うって」

「違うちがうって、彼氏には申し訳なくないの?」

「だーからー、彼氏とかじゃないって。勉強するの」

「ふーん。そーなーんだー」

「彼氏?」

 父親が首をひねる。流子の彼氏の定義はとてもユニークなので、その言葉だけでは流子の人間関係の全貌をつかむことはできない。いるようでいない。いないようで、やはりいる。

 でも、正確には彼氏ではないのだ。

「まあ、仲のいい後輩はいるけどね」

「彼氏だ」

 実桜は鬼の首を取ったように連呼する。

「折を見て連れて来なさい」

「機会があればね。土曜日は遅いから。ごちそうさまでした」

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