アイテムボックスの魔法〜令嬢は人形に傅かれている〜
ビビアン・フォン・トリアノン伯爵令嬢の母は、ビビアンが8歳の時に死んだ。
流行り病で死んだのだけれど、国が流行り病で苦しんでいる中、3か月たったある日にビビアンの父親が後妻を連れてきた。
それまで、ビビアンはたった一人のトリアノン伯爵の跡継ぎとして母親には大事に育てられていたけれど……。
ビビアンの父親は、元々男爵家から婿入りでトリアノン家に入ってきたけれど、あまり頭はよろしくなく、ビビアンが母親がいなくなってどうなっているかなど特に興味はなかった。
ビビアンの母親が当主として頑張っていた時と同じく、自分の容姿を磨くのに腐心し自分に耳触りの良いことをいう愛人を後妻としてトリアノン家に迎え入れたのだった。
元々、ビビアンが生まれてからは両親はお互いに関心をなくし、離れと本邸で暮らしていたのもある。
そんなわけで、ビビアンは本邸で自分の父親からはほったらかしになっていた。
しかし、ビビアンの父親は疑問に思わなかったのだが、相変わらずトリアノン伯爵家はビビアンの母親が死ぬ前のように運営され続け、父親の元には十分な予算が割り振られていた。
ある日、ビビアンの父親は、自分の愛人と愛人の子供と共にできたばかりの王都の劇場へ流行りの劇を見にいこうと外に出た時、本邸の方から出てくる美しい子供を見た。
侍女や侍従に日傘を差し掛けられながら馬車に乗る子供。
レースとフリルが贅沢に使われたドレスを着て、金色の光が跳ねるような巻き毛に菫色の宝石のような瞳。
「……」
ちら……、とその美しい子供が父親の方を眺めて、道端の落ち葉でも眺めたかのような顔のままで馬車に乗り込んだ。
男爵家の出にしては美しいと言われた父親とトリアノン伯爵家の遺伝の良い所ばかりを集めたような美しい母親の面影がある子供。
「ビビアン」
父親はビビアンの母親が死んで実に2年たってから、ようやく自分の子供の名前を呼んだ。
自分にもう一人子供がいることを思い出したのだった。
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ビビアンはビビアンの方で、馬車の中でちょっと考えていた。
もちろん、もうトリアノン伯爵家の当主として働いているビビアンは頭もよく、今まで書類上の数字でしか見ていなかった者を見て、
「ああ、あれが……」
と『あれが自分の父親だ』と納得していた。
「いかがしますか?」
一緒に馬車に乗っていた侍女が、全てを心得てビビアンにビビアンの父親の処遇を訪ねた。
侍女はよく見ないと分からないが、首や手首に継ぎ目がある。
「いいのよ。あれは、トリアノン伯爵家の『あそび』(ゆとり)の部分なの」
ビビアンがそれだけ答えると、侍女は、
「御心のままに」
とだけ答えて不気味なまでに微動だにしなくなった。
瞬きすらしない。
いや、むしろ馬車の振動でかすかに動くだけとなった。
その様子を見て、そして先ほどの自分の父親らしき物を見て、ビビアンは今までのほんの少し大変だったことを思い出していたーーー
ーーーーービビアンの母親が死んだとき、ビビアンはとても悲しんだ。
自分に流行り病が感染しても構わないと思ったけれど、母親に遠ざけられていたので死に目にあう事さえ同じ建物にいるのに叶わなかった。
誰もビビアンにビビアンの母親が死んだことを知らせてくれない。
それどころか、明確に命令を発してくれる主人が居なくなった途端、親切な数名の使用人を除いて皆、金目のものを掴み、伯爵家から蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
離れに住んでいる人間のクズはともかくとして、トリアノン伯爵家はもう次の当主が8歳の子供なのだ。(このアイステリア王国では当主がいかに小さかろうと男であろうと女であろうと直系の血筋で当主が決まる)
もうトリアノン家が落ち目なのは火を見るよりも明らかだった。
それなのに、何故ビビアンが母親が死んだのをすぐ知ったかといえば、トリアノン家の直系の血筋の当主だけに伝わる魔法の力が自分に備わったのを感じたからである。
「……アイテムボックス……」
ビビアンのつぶやきに応じて、いつの間にかビビアンのまだまだ小さい指にはまっていた印章指輪が光る。
血と指輪に反応して、『アイテムボックス』という異界への扉が開いた。
アイテムボックスからは、まずは何か物が出てくるのが普通だと思うが、
「お呼びでしょうか、トリアノン家当主ビビアン様」
とまずは家令が出てきた。
黒髪に黒目の人形のように美しい顔である。
いや、よく見ると首や手首に継ぎ目が見えた。
ビビアンに向かって家令が優雅な礼をとる。
それから次々と侍女や護衛騎士等がアイテムボックスの魔法から飛び出てきた。
「緊急事態ですね、ビビアン様」
「お呼び下さり光栄です。ビビアン様」
「忠誠を誓います、ビビアン様」
とビビアンは様々な、
『人形』
に囲まれてようやく安心のため息をついた。
ーーーそう、トリアノン伯爵家は代々当主に受け継がれる様々なアイテムが入った『アイテムボックス』を受け継ぐ特殊な貴族家だった。
代々の当主たちが保存した様々なアイテムと無限にも近い容量の『アイテムボックス』がトリアノン家の受け継ぐ魔法の全てだった。
昔、アイステリア王国が隣国と戦争になった時にも千を超える人形の騎士がトリアノン当主の『アイテムボックス』から現れて戦った。
国が飢餓に陥った時にも、トリアノン家の領地は『アイテムボックス』から備蓄していた食べ物を次々取り出して領民を救ったという。
小さい所では、急な当主交代になっても安心な『領地運営マニュアル』と、領地運営を補助する会計士の『人形』も入っている。(貴族家にはいつだって急な当主交代はつきものだ。例:跡目争い、流行り病、戦争等々)
ーーートリアノン家の『アイテムボックス』には様々なものが入っている。
例えば、急に王宮に呼びつけられて、ビビアンより3歳年上の王子との茶会に出ろと命じられても……、
「ビビアン・フォン・トリアノンでございます。お声がけいただきまして大変光栄に存じます、アイステリア殿下」
控えめで落ち着いた色の菫色のドレスを着たビビアンは今日も美しかった。
昨日今日で王宮の茶会用のドレスなどできるわけもなかったが、『アイテムボックス』の中に魔法のドレスが入っていた。
ドレス自体が学習して流行りをおさえたデザインに変化する魔法のドレスだ。
他の装飾品も代々の当主に覚えきれないほどのアクセサリーからドレスに合うものが人形の侍女によってつけられ、人形の侍女によって着付けやメイクを施されていた。
全て、10歳の子供にふさわしいものだ。
美しい王宮の庭園と整えられたティーセットとテーブルの横で、ビビアンは美しいお辞儀をする。
「お前と結婚するのが一番利益になると小耳にはさんだ。俺の臣下は貴族家当主に王家に嫁げなど無体でございますなどとのたまっているが、貴族は王家に仕えてこそだと俺は思う。分かるな?」
何故か自信満々のアイステリアの王子は、頭を下げたままにさせたビビアンに高圧的に物を言う。
ビビアンは身分こそ王家より下の伯爵家だったが、王子の言葉に堂々と許しを得ずに顔を上げた。
その顔は王子が今まで見たどんな顔より精巧に作られた人形のように美しかった。
「分かりません。アイステリア殿下との婚姻は辞退します」
ビビアンはきっぱりと言って、きびすを返した。
もちろん貴族家当主は嫁に行くことなどできない。
むしろ婿を迎えて家を存続させないといけないのだから。
しかし、あまりのビビアンの強い態度に王子の周りに控えていた王宮の者たちがざわめいた。
「このっ!!」
アイステリアの王子は一瞬呆気にとられた顔をしたのち、侮辱されたと思いビビアンに拳を握って殴りかかった。
が、いつの間にかビビアンの周りに現れた護衛騎士の人形に防がれた。
優しくでもしっかりと拳を抑えられて元の位置に戻される。
ビビアンの隣で控えていた侍女の人形が、
「今のやりとりは記録水晶に保存させていただいておりますので、正式に王宮に抗議いたします」
と礼をした。
ーーービビアン・フォン・トリアノン伯爵家当主に無体を働いたアイステリア王子は王位継承権をはく奪され、次の王太子が即位するまで王宮の一室に幽閉されることとなった。(トリアノン家がそれで許してくれると言ってくれたため)
その際、王からは再度
『トリアノン家ははるか昔の勇者の血筋である本来なら侯爵家でも良いところを選択して伯爵家のままでいる事』
『『アイテムボックス』という凄まじい魔法を持ちながらも独立しないでアイステリアの一貴族でいてくださっている貴族家である事』
『そもそも貴族家当主に結婚を申し込むのは王家として非常に貴族家に対して無礼である事』
が王子に対して言い聞かされたそうだ。
ーーービビアンは王家とのそんないざこざがありつつも、歴代のトリアノン家当主に負けずに今日も無難に領地運営をこなしている。大事なのは『マニュアル』と『会計士』の人形への相談だ。
あの日、当主の交代とともに使用人たちに持ち出された金目の物は、ビビアンが『アイテムボックス』と唱えるだけでアイテムボックスに帰ってきていた。
トリアノン家の物は大体がアイテムボックスに登録されていて、欠ける物はない。
ビビアンは執務室で、届かない足をブラブラさせながら書類を見た。
「今月も私の父親は離れに住んでいて、予算を元気に使っているようね」
トリアノン家の当主にも『アイテムボックス』から出せないものはある。
『父親』『義理の妹』みたいな『生きている人間』だ。
ビビアンはこの間、アイステリアの王子と会って、
「そろそろかな」
と気づいた。
『アイテムボックス』から出せない『婚約者』という『生きている人間』が必要だ。
ビビアンの「そろそろかな」という独り言を聞いて、ビビアンの執務をサポートしていた家令の人形が、
「御意に」
と同意した。
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