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9話 親友のブチギレ

 …入学から3週間程が経過し、既に4月は終わりを迎えようとしていた。


 大体の新入生は自分のやりたい部活動に所属し、青春を謳歌(おうか)していることだろう。


 …俺?ああ、勿論帰宅部だ。ついでに言うと、クラスでの係活動は〝雑用係〟。…誰だ、こんな係を作った奴は。 


 一応、この鳳高校は少しばかり有名な高校だ。学力が高いのは勿論、大半の生徒の顔が良いとか、教室が過ごしやすい場所であるとか。


 …だが〝雑用係〟って…この高校の名声に似つかわしくないような気がする…が、まあ。変な係よりも良いか。


「ゴールデンウィーク明けから…体育祭の、練習があるので…それぞれの、種目の…代表を、決めておいて、下さい…?」


 椎名先生から、そう連絡を受けて、帰りのホームルームは終了する。


 …そして、椎名先生が教卓の上に2枚の紙を置き、ゆっくりと教室から出た後。


「それじゃあ、早速体育祭の種目決めをやるから、用事がある奴以外は、教卓前に集まってくれ〜!」


 真っ先に、そう言ったのは、京さんの後ろの席に座っている嘉納(かのう)暁人(あきと)象牙(ぞうげ)色の髪、赫の瞳…そして引き締まった体躯(たいく)を持っている。スポーツもかなり出来る方。


 嘉納が呼び掛けて十数秒で、殆どの生徒が集まる。集合を無視したのは、既に下校した不良っぽい龍崎(りゅうざき)賢治(けんじ)と、現在寝ている小動物こと柏木(かしわぎ)琥珀(こはく)、それから読書に(ふけ)っている京瑞葉。


 まあ3人は皆、意味は異なれど問題児だ。龍崎は普段から素行(そこう)が悪く、柏木さんは常にマイペース。京さんはあの塩対応。それらを手懐けるのは、誰であろうと無理だろう。


 嘉納もそれを理解しているのか、無理に召集を掛けなかった。


「…よし。まずグループだが。学年問わず1組が(あか)、2組が(しろ)、3組が(あお)、4組が(みどり)…つまり俺等は翠グループだ」


 そして教卓の上に置いている紙の1枚を持ちながら、嘉納は説明していく。


「1年の種目は…玉入れ、400m走、1年部クラス対抗リレー…あとは、女子サッカーに男子野球…か」

「げ…スポーツもあるのか」

「どうしよ…サッカーなんてやった事無いんだけど…」 

「まあ落ち着け…俺としてはこの体育祭…優勝を目標にしたい。勿論、楽しんでやることが一番大事だが、出来るなら勝ちたい」


 半数以上が頷く。やはり、勝ちたいという願望はあるようだ。


「よって、各々が得意な種目、乃至(ないし)は自信がある種目を選んで欲しい。得意種目が無い場合は頑張れそうな種目、苦手でない種目を選んでくれ」


 まあ、妥当(だとう)な提案だ。嘉納も中々考えている。


 この提案なら、クラス内で揉める構図が殆ど無くなる。勝利への貢献(こうけん)としても、悪くない。


 …ただ、本当に満足な結果になるかどうかは不安だが。


「はいはーい!私は中学から陸上やってっから、400m走で良いよね!」

「OK、女子の枠2つの内1つは、水瀬で良いか?」

「「「「「「「意義無し!」」」」」」」


 水瀬(みなせ)流霞(るか)。ショートカットでロイヤルブルーの髪、海原(うなばら)の中の映像を切り取ったような()んだ青い瞳。あとは、陸上部とは到底思えないプロポーション。何処とは言わないが主張が激しいので、凝視(ぎょうし)している者もちらほら。


 まあ、陸上部を短距離走に起用するのは当然だろう。


「それじゃあ僕は、玉入れにする。こういうのは得意だからね」


 仕事人、もとい比嘉は玉入れ。まあ、投げる時に物理演算とかしそうではある。


「俺は野球だ。昔やってたしな!」


 猪崎は野球。経験者が仲間に居るなら、それなりに心強いだろう。


 そんな感じで、続々と種目が決まっていく。因みに叡は400m走、蒼馬は野球に志願した。叡は自慢のスピード、蒼馬は得意な心理戦を武器にしたらしい。


 …そして、大体決まった後。


「京。400m走の女子の枠が余ったんだが、入ってくれないか?」


 声のトーンが少しおかしい嘉納。まあ多分、京さんの事が好きなのだろう。


「…分かりました」


 そう、承諾(しょうだく)する。京さんの身体能力はスポーツ男子レベルなので、嘉納が400m走を推薦(すいせん)した理由も分かる。


「ありがとう。ふぅぅ…(緊張した…)…あとは、玉入れが3人、400m走男子が1人、リレーが男子2人、女子1人。サッカーと野球はもう決定で良いな?それじゃあ…リレーの枠が2人余ってるから、リレーには俺が入ろう」


 嘉納はリレーを選んだ。


「…さて。後は…天官、柏木、美園、御手洗、山田、龍崎の6人か。龍崎はもう帰ってるから、龍崎は残り物で良いだろう」


 龍崎が少し可哀想ではあるが、まあ自業自得だ。


「零、どうするの?」


 蒼馬が、俺に訊ねてくる。


「さあな…残り物で良いだろ」

()()()暴れてみれば?」


 耳打ちをして、そう言ってくる。


「…おい」

「別に、零が怖がってるのはそういうのじゃ無いでしょ?それに偶には、こういう場で全力を出すのも、良いかもね?」

「…はぁ…分かったよ」


 観念して、俺はそう言った。実際、蒼馬の言う事も一理ある。それに、親友からの提案だしな。支えて貰ってる礼としても、良いだろう。


「それじゃあ、俺はリレーに出る」

「天官、良いのか?」


 嘉納が意外そうな表情をする。 


「ああ」

「よし、分かった。それじゃあ、リレーの枠はこれで__」

「ちょっと、待った」


 ……………。


「…何か異論があるのか?敏久」


 南原(なんばら)敏久(としひさ)。赤茶色のオールバックヘア、純粋な翠の双眸(そうぼう)。現在制服を着崩している。種目でリレーを選択した1人。


 確か嘉納の友達、というか腐れ縁だった気がする。


「暁人、お前はさっき確かに〝勝ちに行く〟と言った筈だ。そうだな?」

「そうだな。確かに、そう言った」

「だったら__」


 南原は俺を、指差して言う。


「__なんでコイツを、リレーに入れる?」


 ……………。


「前にやった体力測定、50m走の成績…コイツは8秒79、下から2番目。リレーは200mを走るんだ、男子の50m走平均は7秒48。平均にも満たない奴を、入れる訳にはいかない。龍崎は6秒42…クラスでもトップクラス。どう考えても、ここには龍崎を入れるべきだ」


 教卓に置かれたもう1枚の紙。南原はそれを見ながらそう口にする。


 …正論、ではある。足の速さは、陸上競技においてはとても重要なことだ。最終的な結果は、足の速さで決まるんだからな。


「敏久、リレーは足だけじゃない。バトンパスだって重要なんだ。普段から授業をサボって協調性を意識していない龍崎よりは、天官の方が__」

「こんな前髪下ろしてる、何考えてるか分からねえで()()()()()()が、俺等に合わせられるとでも?」

「__敏久ッ!!」

「分っかんねえだろうが!それならまだ龍崎の方がマシだ!こんな奴より龍崎の方が合わせられるに決まってる!」


 空気が、次第に悪くなってくる。


 別に俺自身、何を言われても案外どうでもいいのだが、雰囲気が最悪になるのは少し嫌だな。懸念(けねん)していた事が、起きてしまうのだろうか。


「そもそも!こんな奴にバトンを託したくねえ!こんな頼りなさそうな奴に、こんな感性がイカれてそうな奴に!俺は__」











「テメェ、いい加減にしろよ」











 そんな、聞いたことの無い、真っ黒な声がした。ぞわり、と。教室全体に悪寒(おかん)が走る。


 ああ、やっぱりか…やっちまったな、南原。こうなった以上…コイツは__


「あ、叡君…?」

「い、今の声…叡君なの…?」


 もう、止まらない。


 叡は南原の胸倉を掴み上げる。


「な、なんだよ…」

「…お前に、零の何が分かるってんだよ」

「っ…」


 叡の威圧に気圧(けお)されて、言葉に詰まる南原。


「俺は小学校(ガキ)の頃から零の事を知ってるが…零は気遣いが上手いんだよ。常に周りの空気を読んで行動してる…零は俺の知ってる誰よりも、協調性があんだよ」


 まあ、確かに周りに合わせるのだけは飛び抜けて得意だったな、俺は。


「お前はそんな親友(ダチ)の事悪く言ったんだ…覚悟は、出来てんだろうな…?」

「ひっ…!?」


 叡は拳を振り上げる。


 この状態の叡は、残忍性(ざんにんせい)(いちじる)しく増す。多分、平気で人を傷付けることも出来るだろう。


 …ただ生憎(あいにく)と、俺はそれを望んでいない。


「止めろ、叡」


 俺は南原を殴ろうとする叡の手を掴む。


「…邪魔するな零、コイツは__」

「はい、チョップ」

「ぐへっ!?」


 俺が編み出した、暴走した叡を抑制(よくせい)する手段。まあ、ただのチョップ…手刀な訳だが。


 割と本気で叩いてやったから、強烈な痛みだっただろう。ただ…それは、正気に戻すにはうってつけの痛みだ。


()っててて…何すんだ零…」

「別に俺はなんとも思ってないからな。本気なら叡じゃなくて俺がキレてるしな」 


 南原はへたり込んでいる。叡が怖すぎた所為だろう。


「敏久、確かにお前の言い分も分からなくはない、寧ろ1つの正しさだ。だからこそ言わせてもらおう」


 嘉納は南原の目を見据え、はっきり言う。


「__せめて最初くらいは、クラスメイトを信用したらどうだ?」

「っ…だが、俺は…!」

「〝勝ちたい〟か?ああ分かってる、お前は何事にも負けず嫌いだからな」

「だったら__」

「だが敏久。お前はさっき、自分から勝利に欠かせない()調()()()()()()()()。天官に協調性が無い、と断定してな」

「__!!」


 自身の(あやま)ちに気が付いたように、南原はハッと、息を呑んだ。


「すまないな、天官。悪友がすまないことをした…ほら敏久」


 嘉納は南原に謝罪を(うなが)す。


「あ、ああ__その、天官、すまなかった」

「別に大丈夫だ。まあ、出来れば言葉には気を遣うようにしてくれ」

「…ああ。そうする。…天官、()びと言っちゃなんだが、今度飯でも__」

「ところで、残りの種目にはそれぞれ誰が入るんだ?」

「やっぱコイツ嫌いだわ!?」


 南原がシカトを決め込む俺に対して、そうツッコミを入れる。すると、先程までシリアスな空気だった教室は、笑い声で溢れた。


 先程まで憤激(ふんげき)していた叡も、他と同様に笑っている。


 …ま、俺としてはこっちの雰囲気の方が好きだしな。敢えてそういう空気にさせて貰った。


「…ふふっ」

「…?」


 後ろから、そんな小さな笑い声が聞こえた。振り返ると、京さんは顔を窓の方に向けて、口許に手を当てて震えている。


(…京さんも笑ってくれたのか)


 普段全く笑わない、笑顔すら見せない彼女が笑ったのを見て、そんな感想が出てきた。


 …少し目立つ行動だったが、やって良かったな。




「へえ〜、そんな事があったんだ」


 家に帰り、澪にその事を話すと、そう言って何やらニヤニヤしながら俺の方を見た。


「お兄ちゃん、いつからそんなに格好良くなったの〜?」

「…格好良いのか?あの行動」

「いや格好良いでしょ!だってほぼお兄ちゃんがクラスを纏めたみたいなものでしょ?凄いじゃん!」

「…そうかよ」


 そう言われて、少し照れる。…俺だって人間だ、良い事を言われればそりゃ嬉しく思うさ。


「ん〜!大好き、お兄ちゃん!」

「どうした急に」


 澪が急に抱き着いてくる。


「やっぱりお兄ちゃんは、()()()()()()()()()()()()

「なんだ、それ」


 まあ、言いたい事は分かる。昔の俺はそんな感じだった気がするからな。


「けどお兄ちゃんの話聞いたら、久し振りに叡お兄ちゃんと蒼馬お兄ちゃんにも会いたいな〜。あ、久し振りと言えば、涼菜さんと愛依ちゃんとも!」

「涼菜さんと愛依は隣だろ。普通に遊びに行けば良いんじゃないか?」

「ふっふっふ。お兄ちゃんも来て欲しいのだよ。そして私としては、涼菜さんがお兄ちゃんを襲__」

「やめろ…それも一種のトラウマなんだ…」


 あの人、マジで気が抜けないんだよ。なんというか、容赦(ようしゃ)が無い。何回、自身の危険に晒されたか。思い出しただけでゾッとする。


「お兄ちゃんは涼菜さんには弱いからね〜」

「どちらかと言うと、涼菜さんが強すぎるんだよ…」

「ま、そうなんだけど。…そうだ!ゴールデンウィーク中に、涼菜さんと愛依ちゃんと一緒にお出かけしようよ、お兄ちゃん」


 そんな提案をしてくる。


「…俺も行くのかよ」

「大丈夫大丈夫!流石の涼菜さんも、公共の場で襲う事はしないから!」


 …どうだろうか。涼菜さんに、そういう常識があるとは思えないが…。


「お願い!お兄ちゃん!」


 手を合わせてお願いして来る。いや、そんなに本気で頼まなくても良いんだが。


「分かった分かった。行ってやるよ」

「やった♪」


 無邪気に喜ぶ澪。まあ偶には、隣人にも挨拶(あいさつ)に行かないといけないしな。


「それでそれで?何処に行くの?」

「さあな…まあ、愛依の好きそうな場所が良いんじゃないか?」

「だったら水族館でしょ!楽しみだな〜!」

「はぁ…ゴールデンウィークは忙しくなりそうだな」


 俺は肩を(すく)めながら、そう呟くのだった。

9話終了です。親友想いの叡でした。


今回、新しい名前が多かったですかね?混乱させたかと思います。水瀬流霞は自分が書いているメモの何処にも存在しないキャラでしたが…9話を書いている途中で作りました。拘りは名前です。


次回からゴールデンウィーク回に入ると思います。隣人さんを出す予定です。では。

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