8話 残酷な悪夢(※若干ホラー注意)
後半がちょっとホラー要素強めです。ご了承下さい。
『あ、あれ……?どうしたんだろ、アタシ…?』
身体が、火照るような感覚がする。
…いや、コレを見たら誰だってそうなる筈だ。…そうなるよね?アタシだけじゃないよね?
眠っている為、彼は目を閉じているが…それでも他の追随を許さない程の様相。髪で隠しているのが、本当に勿体無い、と思うくらい。
好奇心で見てみたが…コレは…ヤバい。語彙が無くて申し訳ないが、マジでヤバい。好奇心で、見るようなものでは無かったと思った。
皆も、好奇心で見たら、多分死ぬ。
『…っ…も、もう時間だし…零君起こさないと…れ、零君、起きてー…』
『……』
『…起きない…』
何度も声を掛けるが、起きる素振りは無い。かなり熟睡しているのだろう。
だったら…と。起こす為に、身体を揺すろうと手を伸ばす…が。
『…っ』
何故か、手が伸びない。手が零君の身体に近付けば近付くほど、心臓の鼓動が速くなっていくのが、自分でも分かる。
さっき話し掛けた時には触れたが…それとこれとでは、状況が全く違う。
…だが。起こす事を約束した以上、起こさないと…。
『…〜っ!』
意を決して、腹を括って。アタシは零君の肩に触れた。触れた瞬間、更に動悸が激しくなったが、それを感じる前に、アタシは零君の身体を強めに揺らした。
『ん…ぅあ…』
『お…起きた…?』
声が上擦っている。ば、バレてないよね…?
『…起こしてくれたのか…ありがとう』
『ま…まあ、ね…』
感謝された事に心が踊りそうになる…が、必死に胸の内に抑える。
というか今、アタシはこんな絶世独立のイケメンと話しているの…?夢じゃ、ないんだよね…?
『…?…どうかしたのか?恋菜』
『…ッ!?』
し、下の名前で呼ばれた…!?い、いや、確かにアタシが下の名前で呼んで良いと言ったんだけど…!
零君の素顔を見た後だと…前髪を上げてる時の零君がアタシの名前を呼んでる所を想像してしまって、ドキドキする…!
『い、いや!…その…』
緊張して、言い訳も何も出てこない。いっそのこと、素顔を見たことを白状する?…いや、申し訳無くて言えない。
…故に。
『〜っ、なんでもない!』
と、答えることしか出来なかった。
そもそもアタシだって、言いたくないに決まっている。〝素顔を見てドキドキしたからこうなっています〟なんて、言ってしまった暁には〝恥ずか死〟してしまうかもしれない。
ただでさえ悶え死にそうなのに、そんな事言えるわけないでしょ…!
『と、とにかく…!もう、18時だから…!その…あ、アタシ、もう帰るから!』
これ以上この空間に居ると、アタシがどうにかなってしまいそうだった。だから、アタシは早めに会話を打ち切って、帰ろうとした。
『?あ、ああ…またな、恋菜』
『ッ!?』
帰る直前。また、下の名前で呼ばれた。心臓の拍動に、更に拍車が掛かる。
…こんなの、馴れないに決まってるでしょ…反則だよ…。もう、
『う、うん…またね…れ、零君』
名前を呼ぶのも、恥ずかしい…。
…そうして、アタシは悶えながら、家に帰ってきたという訳だ。
ベッドにダイブし、枕に顔を埋める。
「は、恥ずかし…まだ絶対顔赤い…」
ジタバタと、足をバタつかせる。今のアタシの挙動は、恋する乙女そのものなのだろう。
「恋…恋…!?い、いやいや!無いって!」
まさか。アタシが人を本気で好きになった事なんて無いし!それは零君も例外じゃ__
「…でも、カッコよかったし…性格も温厚で優しそうだったし…」
ブツブツと、呟く。
ある訳無い、ある訳無い、ある訳…。
「…あ、ご飯出来てるんだった…」
暫くして落ち着いて。アタシはその事を思い出した。
ベッドから降り、制服をそこら辺に脱ぎ捨てる。
「…お母さん達にはバレないようにしないと…」
バレたら、なんて言われるか。アタシの両親、かなりの親馬鹿だから、面倒な事になるのは目に見えているし。
出来るだけ隠し通さないと…と。そんな事を思いながら、アタシは自室を出て、夕食を摂りに行くのだった。
(視点変更:天官零)
昨日の晩、澪に長い長い折檻を受けた。
…アイツ、めっちゃ怖いんだが。叱ってる時も、ずっと笑顔で、背筋が凍てつきそうだった。澪の兄である俺が、情けない声まで上げてしまったんだぞ…。
…と、そんなのはどうでもいい。その翌日、俺はいつものように登校し、教室に続く廊下を歩いていると。
「…おっ、と。すみません」
誰かと肩がぶつかってしまったようで、慌てて謝る。
「…いえ、だいじょーぶです……あ」
「…?…ああ、恋菜か、おはよう」
どうやら恋菜だったらしい。昨日知り合ったばかりなんだが…翌日直ぐに会うとは、中々な偶然だ。
「ひぁっ…!?お…おは、よう………〜っ!」
……なんかやっぱり、変だな。昨日、俺が寝た後と同じ反応だ。
……もしかしてだが。体調が、優れないのだろうか。異常なまでに顔が赤いし、呼吸もかなり浅い。重症かもしれない。
…一先ず、体調はどうか訊いてみるか。
「…恋菜、体ちょ__」
「!?あ、アタシもう行くね!それじゃ!」
恋菜は俺の言葉を遮り、全速力で1-1の教室に入っていった。
「…良く分からんな」
あれだけ全力で走っていった所を見ると、どうやら体調不良、って訳でも無さそうだ。あの症状なら、他に当てはまるのは〝恋〟とかだが…。
「いや…普通に、あり得ないな」
天官零の、どこに好きになれる要素があるのだろうか。否、1つも無いに決まってるだろ。
「多分、やらしい妄想でもしてたんだろ」
一先ずそう自己完結して、俺は1-4の教室に入るのだった。
そう言えばいつの間にか、また京さんの視線が俺に向くようになっていたのだ。それも、以前よりも更に強い視線。
それに気が付いたのは今日だが…もしかしたらそれより前から視線は戻っていたのかもしれない。
(じー……)
という、なんとも言えない視線。なんなんだ、本当に。
「お、おい…やっぱ京さん、えっと…天崎の方見てるぞ」
誰かがそうボソッと呟く。いや丸聞こえだし、俺は天崎ではなく、天官だぞ。
「マジで…?あの貞子みたいな前髪の安西だぞ?そんな気味の悪い奴を、京さんが…?」
安西じゃねえし、誰が貞子だ。俺の前髪はそこまで長くない。貞子は顔全体が隠れているが、俺は半分位しか隠れていない。口許は他人からしっかり見えるから、決して貞子ではない。
「…そういや、京さんが会話するのも藍藤だけだし…もしかして京さんは__」
「馬鹿!皆まで言うな!」
…せめて苗字はそちら側で統一してくれ。バラバラだとややこしい。
まあそんな事はどうでもいい…恐らくあいつらは〝京さんが俺を好いている〟と思っているのだろう。
__だが、それはアイツ等の全くの誤解だ。
だって、そうだろう?地味で味気無い灰色の髪で顔を隠している奴だぞ?好きになる理由って、果たして何なのだろうか。
だから、そんな憶測を立てられても、俺はちっとも動揺しない。自分の立場を弁えているからな。
「……」
プイッ、と。京さんが俺から目を逸らした。それも、ほんの少し慌てた様子で。
…ん?流石に冗談だろ?
…いや、まさかな。考え過ぎだろう。
まさか、京さんがあんな奴等の憶測に精神を揺らがせる訳がないだろう。だって京さんだぞ?
ほら、京さん、読書にのめり込んでるし。さしずめ、俺よりも読書の方が大事、という事だろう。そうに決まっている。
「で、実際どうなんだ、京さん?天樹の事、どう思ってるんだ?」
…さて、頼むぞ…。
「…その天樹さんという方に対する興味は、微塵もありません」
………。
「だっはあああ!!そうだよな!京さんが、こんな奴を好きになるわけ無いもんな〜!」
「いや〜、マジで良かったわ〜」
…良かった。これで興味があるとか言われたら、いよいよ面倒な事になってしまっただろう。
あと少しで、コイツ等に要らぬ誤解を与えてしまう所だった…。
「聞こえてたぞー。結構面倒臭い状況だったな」
昼休憩。今日は叡と蒼馬と食事を摂っている。
「…見てたなら助けてくれよ…」
「無茶を言うな無茶を」
「アレを止めに入ったら、確実に僕達に矛先が向くからね」
「…まあ、それはそうか」
あそこで無理に止めに行くと、〝え?何?お前京さんのこと好きなの?〟となりかねない。コイツ等にそんな感情はちっとも無いが…勘違いが生まれると、殆どの場合弁明出来ないだろう。なんせ関わってるのは、この鳳高校を騒がせたお嬢様であるからな。
「ま、実際ちょっと気になるけどな。〝お嬢様〟が零を好きなのかどうかは」
「いや、絶対違うだろ。有り得ないな」
「分からないぞー?〝もしも〟って言葉は便利だからな!」
本当便利な言葉である。空想、理想を語るのは自由だからな…相手の嫌がる発言をすることを除けば、だが。
「止めなよ叡。零は今__おっと、ごめんね、零」
「別に良い。俺が勝手に怖がってるだけだからな」
「それでも無神経かな、って」
「俺に関する事は、吹聴さえしなければ良いんだ。それ以外は別に咎めないし、何言っても自由だ」
「はぁ…分かったよ」
「ま、ごめんな零。俺も少し悪ふざけが過ぎた」
「だから別に良いって」
…いつか独りで、向き合わないといけない日が来るのだろうか。親友や妹への依存から抜け出し、目の前の現実と向き合える日が来るのだろうか。
少なくとも今は、想像出来ない。…ただ、そんな未来があるとするなら。そんな〝もしも〟があるとするなら…俺は。
…どの選択肢を、選ぶのだろうか。
…夜、ベッドの上で。夢を、見ていた。
夢だと、分かっている。だけど、現実だと錯覚するような、夢。
『れいくん!こっちこっちー!』
聞き覚えが…あるのかもしれない。女の子の、声。
引き寄せられるように、その子の許に歩み寄る。すると、今まで見えなかった景色が、存在感が息を吹き返すかのように、ふっ、と鮮明になった。
…見覚えのある場所だ。10年くらい前を最後に、訪れなくなった場所。
『ここは?』
『んー…わたしとれいくんの〝ひみつきち〟!』
『ぼくと、きみの?』
『うん!そう!』
何処にあったか、忘れてしまったな。もう行くこともないし、そもそも行きたいとも思えない。
『ここには、なにがあるの?』
『ううん、いまはなにもない』
女の子が、手を握ってきた。温かい、手だった。
『これから、れいくんとつくっていくの!』
『…!うん、つくっていこう!いっしょに!』
そんな記憶が、あった気がする…懐かしい。子供の頃はよく、こんな小っ恥ずかしい台詞を言えたものだ。
『それでね…あの』
『…?どうしたの?』
『ここで、たくさん〝おもいで〟つくったらね…』
『つくったら…?』
『…れいくん、わたしと__』
…その瞬間。
__世界に、ノイズが走った。
『…え?』
先程まで見えていた湖や森、草むら、花畑。それらは全て視界から消えて…紅色の液体が散らばった、ただひたすらに紅い光景に置き換わった。
『え?え?』
狼狽。この狼狽は、過去の記憶ではない…俺の今の心境。何が起こった?何故こうなった?この光景はなんだ?
様々な疑問が、頭を反芻する。
…だが、その思考は、〝あるもの〟が目に入って、止まる。
『あ…』
人。大体6歳くらい。倒れている。それも、血塗れで。
『うっ…!』
吐き気と嗚咽。顔を手で覆う。
…この、光景は…一体…?
『っえ…?』
血塗れの子供が、ゆっくりと動いて、立ち上がる。
『だ…だい、じょう、ぶ…?』
恐怖しながら、警戒しながら、そう尋ねる。
『…』
何も言わない。だけど、暫くして。
血塗れの子供は、にっこりと微笑んだ。美しく、可愛らしい笑顔。
『…!』
それを見て、自然と口端が緩む。血塗れだろうと、彼女の笑顔はそれだけ可愛らしかったから。
…だけど。
『__!?』
突然、本当に突然。子供が、形相を180度反転させ、俺を押し倒してきた。
抵抗も何も出来ず、地面に押し付けられる。
『な、なんで…!?』
先程とは真逆の、ドス黒い笑みを浮かべる子供。
『遘√□繧医?∝菅縺?縺代?遘』
何を言っているのか、全く理解出来なかった。
『蜷帙?遘√→荳?邱偵?ゅ◎縺?□繧医??』
『い…いや、だ…』
抜け出そう、と。四肢に力を込めるが、やはりビクともしなかった。
…そして。落ちていたナイフ…子供はそれを拾い上げ…そして振り上げる。
何を言っているのか分からない。言語が理解出来ない。その、筈なのに…次の言葉だけは、何を言っているのか、分かる気がした__
『蜷帙b豁サ繧薙〒縺薙▲縺。縺ォ譚・縺ヲ』
「ハッ…!?」
その瞬間、俺は目が覚めた。
…時計は午前0時を回っている。真夜中に、目が覚めたのだ。
「はぁ、はぁ…」
激しい息切れ、発汗。身の毛がよだつ。
「…また、だ…」
まるで、〝全て〟を実際に体験したかのような…そんな夢。
「…〝僕〟は、あんなの知らないのに…」
夢だから、記憶とはまた違う内容なのも知っている。こんなことが、現実で起きていないことも知っている。
…だけど。
「っ…怖い…っ」
〝僕〟は、心が弱いのだ。夢であろうと、あんなものを見せられたら…〝僕〟は自分を騙せない。
「っ…」
すぐさま、側に置いていた錠剤を口に含み、水で流し込む。
「…!ごほっ、けほっ…!」
咽る。動悸がまだ収まっていない所為だろう。
「ぅ…ふぅぅぅぅ…」
咽が収まった後、息を整え、心を落ち着かせる。
…暫くして、かなり激しかった動悸が、徐々に元に戻っていった。
「…参ったな…俺、今から寝られるか…?」
あんな悪夢を見た後では、中々寝付けないだろう。また、あの悪夢を見ないとも限らない訳だしな。
「…そもそも、なんで今日…」
いや、分かっている。叡と蒼馬との会話からだ。あの時、話している途中で、その情景がフラッシュバックしたんだ。それも、途轍もなく鮮明に。
それが、今回の悪夢の原因だろう。
「…はぁ…仕方無い。朝まで寝ないでおこう」
また悪夢に魘されるのだけは勘弁だ。勉強でもして、時間を潰そう。
…そうして。俺は勉強道具を出して、朝まで勉強に取り掛かるのだった。
8話終了です。
恋菜が思いの外書きやすくて楽しかったです。自分はもはや恋菜がメインヒロインだと錯覚してます。違いますね。
零の過去のほんの一部を出しました。全容はもっと複雑で重いです、多分。全容が出るのはかなり先ですがね。
次回は今回のホラー要素関係無く書いていきます。では。