7話 零の様相
(視点変更:天官零)
朝。机の上で紙を持ち、それをまじまじと見つめる俺。
「…まじか」
先日テストを受けたのだが…結果は平均83点。クラス3位、学年10位。…俺にとっては少し、納得いかない結果だった。
「…少し、調整が必要かもな」
…と、呟いて、俺は少し遠くの席の蒼馬を見つめる。俺と同じくテスト結果の用紙を持って、顎に手を当ている。悩んでいる、って感じだ。
………ん?あいつがか?
何か、違和感。
「すごーい蒼馬君!学年〝2位〟なの!?」
「あはは…まあ、ね」
「クラスでも学年でも〝2位〟って…え!?合計平均95点!?…知ってたけど蒼馬君、相当頭良いんじゃない?」
…成程。違和感の正体が判明した。
(…あいつ、トップじゃなかったのか)
小・中学校では、テストでは蒼馬はぶっちぎりの1位だった。その順位は覆ることなく、蒼馬はその順位を保持し続けていた。
…だけど、今回誰かにトップの座から引き摺り下ろされた。トップが当たり前の蒼馬に、困惑の色が浮かぶのも無理は無い、か。
ってなると、1位は…。
「京さんすげー!〝1位〟!?しかも合計平均98点!?レベル違い過ぎだろー!」
「…あの、勝手に人のテスト結果を覗いたり騒いだり__」
「いやー!やっぱお嬢様ってやつは格が違うんだなー!」
「…話を聞かない…」
まあ、だろうな。そもそも、蒼馬がクラスでも学年でも2位の時点で、蒼馬より上の奴はこのクラス…1-2の中にしか居ない。
京さんとは前に英会話をしたが…英語力は凄かったし、授業でも問題を出された時に一切の間違いは無かった。つまり、京さんはそれ程学力が高い、という事だ。
だから、京さんが蒼馬と同等の学力があることは想定している。
ただまあ…合計平均が98点は、正直化物だ。いくら高校入学初期の問題しか無いとは言えど、癖の強い問題が多かった。教師陣の全員の個性が強過ぎるからだ。
ケアレスミスを誘う問題に、無駄な文を詰め込んだ問題。自身にある知識に置き換えて解く応用問題や、感想を書く問題など、様々あったのだ。
とにかく〝難しい〟。中学での俺の平均が90前後だったが…今回のテストではいつもよりかなり研究をした。もう少し〝良い〟結果でもおかしくなかった筈。
だが…それでもこの結果。流石に高校は中学のようにはいかないか。
「…今日は図書室で勉強でもするか」
更なる研究をしよう。そう心に決め、俺は本日の授業を受けるのだった。
…そして放課後。俺は予定通り、図書室に来た。
先程澪には【帰りが遅くなる】とだけ連絡しておいた…が、既読無視をされた。…ちょっと怖いかもしれない。澪が既読無視をする時って、大体不機嫌な時なんだよな。何故かは不明だが。
「…端の席は…っと」
放課後と言えど、図書室にはそれなりの人数が居る。目的は様々だろうが、俺も周りの目は気にする。
目立たない端の席が幾つか空いていたので、最も人目につかない場所を好んで選ぶ。
「…さて、と…」
研究を、始めるとしよう。
…それから、気づけば1時間程経っていた。
「…眠い」
ノンストップで集中してやっていたからか、だんだんと睡魔が襲ってくる。目を擦りながらも、手は止めないが。
「…384か」
ノートに数字を書き込む。ノートには、様々な文字、数字、記号の羅列。1頁分しか使っていないから、それはもう見づらいくらいだ。
「…んで、後は__」
「おー、おー…凄いねー、キミ」
「ええっと…これをこうして__」
「ちょっとー?おーい」
「…いや、これだと高くなりすぎ__」
「ねえ、ねえー!」
「…ん?」
誰かがトントン、と。俺の肩を指でつついたのに気づき、俺はそちらを見る。
「はぁ…やっと向いてくれた…」
やれやれ、と肩を竦めるその女子生徒。…桃色のミディアムヘア、サファイアを想起させる蒼い瞳。特に印象深いのは、左側頭部辺りに着けている黒いリボンだろうか。
俺としたことがどうやら、集中し過ぎていて話し掛けられている事に気がつかなかったようだ。
「あ、ああ…すまない?」
「…なんで疑問形?」
仕方無いだろ…初対面だぞ。緊張するに決まってる。
「…んま、別に良いけど。あ、アタシは水無月恋菜、1組ね。……ほら、アタシが自己紹介したんだから、次はキミの番」
凄いな…なんかもう、話す気満々といった感じだ。
「…4組の天官零だ」
「へえー、あんまり聞かない苗字。どうやって書くの?」
言われたので、俺はノートに〝天官 零〟と書く。
「へえ〜!これで〝あまくらい れい〟って読むんだ。うん、良い名前!」
「は、はぁ…」
名前で褒められるのは初めてだ。少しむず痒い。
…それと、顔が近い。
「…ん?…ああ、ごめんごめん。近かったね」
近付けていた顔を離す。どうやら無意識だったらしい。
「ねえ、零君」
いきなり下の名前で呼ばれるのか。
「どうした?」
「その前髪、勉強に邪魔じゃないの?」
「あ〜…よく言われるな…ただ、別に邪魔だとは思っていない」
ぶっちゃけ、馴れた。今となっては、この前髪が馴染んでいる。逆に言えば、これが無いと落ち着かないようになっている。9年間はずっと、この状態だからな。
「ふーん」
水無月さんは、俺の座っている席の隣の席に座る。
「…なんで隣に座るんだ?」
「ん〜?いや、アタシはただ、零君がどんな勉強してるのか気になって」
「テストの振り返りだが?」
「今回の数学のテストに平均を求める問題なんて無かったけど〜?」
「…………いや、あったかもしれないだろ」
「分っかりやすい間があったね、今」
水無月さんは、俺のノートに書いている文字をジロジロと見る。
「何の平均を求めてるのかなー、零君?」
「さあな」
「そっかー、教えてくれないかー」
すると、しきりに首を縦に振って。
「ま、余計な詮索は良くないと思うし、訊かないよ」
「ああ…ありがとう、水無月さん」
「どーいたしまして。あ、それとアタシの事は出来れば〝恋菜〟って呼んで。敬称も端折って良いよ」
「分かった」
「…………」
「…どうした?」
何故かこちらをじっと見つめてくる。俺、何か悪い事したのか?と、思っていると。
「いや、女の子を下の名前で呼ぶ権利を得たら、試しに一回呼ぶのが普通じゃない?」
「…俺に言われても知らんが」
今時の奴はそうなのだろうか。女子と関わることがあまり無かったから、俺が知る筈もない。
「乙女心が分かってないねー。そんなんじゃモテないよー?」
「モテようとも思ってないし余計なお世話だ」
「へえーそっかー」
………。
そこから、沈黙。気まずい。
だが数十秒後。
「ねえ、キミって4組の東雲叡って人と仲良い?」
突然、そんなことを訊いてきた。
「なんでそんな事を訊くんだ?」
「いやー、あの人女子の間で凄い人気でね?ウチのクラスの五十嵐って男子に比肩するくらいのイケメン、って騒いでてね」
「…五十嵐?」
「そう、五十嵐光毅。1-1の生徒で相当なイケメン。まあ…アタシはあんま好きじゃないけど」
「なんでだ?」
「性格が…ね。ちょっと、顔面偏差値じゃ補い切れないくらいに悪いから、アタシは許容出来ないかなー」
「へえ…」
顔面じゃ補えないくらいの性格…一度会ってみたいものだ。どれだけ酷いのだろうか。
「それでー、叡君は性格も良いって聞いたからね。どんなもんか、気になるわけ。で、まだ肝心の仲が良いかを訊けてないけど…仲良いの?」
「まあ…一応」
「ふーん。どんな人?」
「ま…こんな俺でも関わってくれる良い奴だよ」
「成程成程…」
「…狙ってるのか?」
思い切り、バッサリと訊ねた。この「狙ってるのか?」は勿論、「付き合いたいのか?」の意だ。
「だと良いけどねー」
「なんだその曖昧な返事は…」
「ぶっちゃけ、アタシも分からないんだよね〜…彼氏は欲しいと思ってるんだけど、イマイチ自分の好みが分かってないから」
「そうか…」
「だから、叡君がアタシの好みか確かめたい、ってのもあるねー」
「…それで?好みだったらどうする?」
「付き合えるように努力はするけど…出来なかったら諦めるよ。アタシ、潔いタイプだし」
「…そうか」
ノートの数字を見ながら、そう相槌を打つ。駄目だったら潔く諦めるタイプ…か。俺とは大違いだな。
「…ふぁ〜…」
「どしたの欠伸なんかして。眠いの?」
「…ま、集中し過ぎたしな…」
大きく伸びをするが、睡魔は俺を更に蝕んでいく。
「あぁ…やべ…」
ウトウトしてきた。身体が重い。
俺は机に身を伏せる。
「…悪い…18時までには起こしてくれ…」
そう言って、俺は目を閉じる。
「りょーかい。なら暫くは此処に居るよー」
「…感謝する__」
そうして、俺の意識はそこで途切れた。
「ん…ぅあ…」
誰かに身体を揺さぶられ、目を覚ます。ぼやけた視界が、徐々に鮮明になっていく。
「お…起きた…?」
「…起こしてくれたのか…ありがとう」
「ま…まあ、ね…」
「…?」
…なんか寝る前と様子が違うような…。別人か?いや…。
「…どうかしたのか?恋菜」
「…ッ!?い、いや!…その…〜っ、なんでもない!」
何やら顔を赤くしているが…もしかして、キレてるのだろうか。俺の我儘で、図書室に留まらせた訳だしな。
…でもさっき快諾してくれたよな…?なら何故…?
「と、とにかく…!もう、18時だから…!その…あ、アタシ、もう帰るから!」
「?あ、ああ…またな、恋菜」
「ッ!?う、うん…またね…れ、零君」
そう言って、恋菜は図書室を出た。
「…一体なんだったんだ?」
寝る前と寝た後で、様子が違い過ぎた。まるで、別人。
もしかして、別人なのだろうか。見た目が似ているだけの、全くの別人だったり。
「…でも、そうとは思えないしな…」
考えてはみたが、答えは一切分からなかった。一体、俺が寝ている時に何があったのやら…。
「…すっかり暗くなってるな…」
図書室の窓から外を見ると、日はすっかり暮れていた。そろそろ夏だと言うのに、夜の帷が下りるのが随分早いものである。
「…片付けて、急いで帰るか」
…これだけ遅いと、澪に怒られること確定だな。アイツの説教、長いんだよな…。どう言い訳したもんか…。
と、憂いながら。俺も図書室を出るのだった。
(視点変更:水無月恋菜)
「ただいまー」
「あら、おかえりなさい恋菜。今日は遅かったわね」
アタシが「ただいま」を言うと、お母さんは快く「おかえり」を返してくれた。
「あー、ちょっと図書室で勉強してた」
「あら、そうなの。ご飯もう出来てるから、荷物を自室に置いてきて」
「はーい」
自室に入り、扉を閉める。
「すぅ〜……はぁ〜…」
深呼吸。心を落ち着かせる為にしたのだが…動悸が、止まらない…。
(…反則でしょ、アレは…っ)
愧赧の念で、顔が熱くなる。右手で口許を押さえながら、先程までの出来事を思い出す。
…そう、零君が眠りに就いた後。アタシは…見てしまった。
『んー、寝ちゃったか』
アタシは、零君が寝るのを見届けた後。
『んー、暇だな〜…』
現在17時32分。大体55分に起こすとすると、20分以上暇な時間が出来る。
いっそのこと、アタシも寝てしまおうか?いや、ここで寝てしまったら、多分朝まで寝ることになる。零君は〝18時までに起こせ〟と言ったので、寝るのは論外。
『折角だし、零君が何の勉強してたか見てみようかなー』
平均を求めていることは分かったが、なんの平均かまでは判明していない。それを判明させることにした。暇潰しとしては、良いんじゃないだろうか。
…ただ、15分後。
『困ったなー…全然分かんないや』
数字がとにかく出鱈目だった。〝どこからその数字出てきたの?〟という感想が何度も浮かび上がってきた。零君は意外に頭が良いのだろうか。
いずれにせよ、このノートの事については、どれだけ時間を掛けても解明出来そうにはない。
『…だったら』
…そこで、アタシが取った行動は。
『ん〜…ん〜…やっぱり、気になるよねー』
__単なる好奇心だ。
細い灰色の束。その奥にはどんな様相が眠っているのか。
…とどのつまり、アタシは零君の素顔にちょっと興味があるってこと。長い前髪を取っ払った時の、零君の素顔に。
なんで目を覆っているのか。顔に余程自信が無いのか、それとも単なる恥ずかしがり屋なのか。
『……』
前髪を上げようとして、一瞬躊躇う。顔を隠しているのには、それなりの理由がある筈。それをアタシの都合だけで、零君の都合を無視して素顔を見るのは、果たして本当にやって良い事なのか、と。
…だけど、アタシは負けた。
アタシの好奇心は、倫理に反しているであろう行為をしてしまった。
…それが、正しかったのか、間違いだったのか__
『…へ…?』
アタシはそう、素っ頓狂な声を漏らした。
『へ…!?え、あ…!?』
暫く、そんな慌てふためいた声を出していたと思う。それだけ、ソレはアタシにとって刺激が強かったのだ。
__そう、アタシの目に映った映像が間違い無ければ。あの時アタシが見たのは…。
__アタシが今まで見てきた全てを凌駕する、最高級の容姿だったのだ。
7話終了です。
もう少し後の登場になるかと思っていた水無月恋菜の登場でした。
物語内では掘り下げないと思うので一応書いときますが、恋菜は妄想癖が凄いです。想像力が豊かなものでね…時々、良からぬ事も考えてます。
…それと、一人称の統一、って言うんですかね。自分忘れっぽいので、一人称がごちゃごちゃになってしまうんです。恋菜の一人称が〝アタシ〟なんですけど…やっぱり癖が抜けなくて〝私〟って書いちゃうんですよね。ちゃんと直していきたいです。
それでは。