6話 インフェリオリティー・コンプレックス(後半)
「うらぁっ!」
蹴りが飛んでくる。それを捌いて、お返しに腹部を足蹴にする。
「ぶほおぁっ!?!?」
「…でも参ったな…」
幾つか、心配な事がある。人数が多い、ということでは無い。
激しい動きをしてフードが取れないか、シャトルランでの筋肉痛がここで効いてくるか。それらが気になっていた。
まあ多分、大丈夫だろう。そこまで痛くないし、コイツ等なら問題無い。
「な、なんだこのガキ…」
「狼狽えんじゃねぇ!一斉にかかれ!!」
4人の男が俺を包囲する。ナイフ持ちはまだ出てこないらしい。
「へへ、流石に4人じゃどうしようも__ふべぁっ!?」
「があぁっ!?」
「ぎゃああああ!?」
「あべしっ!?」
それぞれ順に、回し蹴り、目潰し、金的、平手打ち。大丈夫、手加減したから、目や睾丸に損傷は殆ど無い筈…だよな?
何はともあれ、これで計7人鎮圧。残り8人。
「っち、ナイフ持ちはナイフ出せぇ!」
鳳崎の一言で、鳳崎とその他3人はナイフを構える。
「流石に凶器出されちゃあ勝ち目ねえよなぁ!?」
調子に乗ったのか、ナイフを持ってない輩4人が飛び出す。
…え?阿呆なの?ナイフを持ってない奴なんか怖くないよ?
「ぎゃあああ!?」
「おわっ!?ぎゃあああ!?」
「ぴゃあああ!?」
「おっほぉぉ!?」
それぞれ順に、右フック、足払いからの踵落とし、左フック、右ストレート(金的)。
…右ストレートは勝手に男が跳び上がって、偶然股間が拳の先にあっただけだからな?本当だからな?
「ふぅ…後はナイフ持ちか。大人気ないとは思わない?人1人に寄って集って、しかも凶器なんか持っちゃってさ」
「黙れクソガキ…ぶっ殺してやらぁ!!」
男達が一斉に襲いかかる。それに対し、俺はポケットに手を突っ込んだまま立ち尽くす。
「へっ!今更降参なんて言っても赦さ__」
「なこと言うわけ無いだろっ!!」
「びょええええ!?」
顎を蹴り上げる。綺麗に吹っ飛んだ。
「よっと!」
「ぶふぉぉっ!?」
「ごばああっ!?」
同時にナイフを振り上げてきたので、懐に潜って、2人の背中を強く押してやった。すると2人は見事に前に倒れ、顔面を強打した。
…さて、残りは鳳崎のみ。
「な…なんだ、テメェ」
戦慄の形相を浮かべる鳳崎。
「…ほらね、言ったでしょ?〝僕にかかってきたらやられる〟ってさ」
「ぐ…ぐ…」
歯軋り。
元々、邪魔が入ることは想定していたのだろう。だからこれだけの人数を集めていた。邪魔者を、消す為に。
だが、現実は非情。俺というたった一つの存在があったが故に、その策も計画も破綻した。
__褒められる事ではないが…俺は喧嘩に長けている。
何故かって?…まあ、過去そういう場面に出会した、とだけ言っておくか。
まあとにかく、喧嘩に長けている俺なら、油断さえしなければ、1対1の勝負で負ける道理はない。
「…舐めんなぁ、テメェ」
「…ん?」
鳳崎は、ナイフを構え直す。どうやら、仲間がやられただけでは、コイツの心を完全に折ることは出来ないらしい。
「俺ぁ、此処ら一帯を束ねてる【開闢】の副総長のお墨付きを貰ってるんだぁ!んな俺が、テメェみたいな無名のクソガキにやられるわけねぇだろうがよぉ!!!」
俺が顎を蹴り上げた男の落としたナイフを拾い上げ、鳳崎が迫ってくる。
今の鳳崎の両手にはナイフ…捌き切れるだろうか。いや、無理だろう。あまりにも、手数が多い。
「おらおらおらおらおらおらぁ!!」
一心不乱にナイフを振るってくる。これが【開闢】とやらの組織の副総長が買っている男の実力。
…確かに、中々の腕前だ。
「…」
ナイフが、右の袖を掠めた。コイツ、何も考えずただ振るうことしか考えてないから、視線とかで軌道を読みづらいな。
「死ねぇぇぇ!!」
「…ここだ」
「ばぁっ!?」
俺は完全に虚を突くタイミングで、鳳崎の顔面を殴った。
(視点変更:京瑞葉)
開いた口が塞がらない、とはこのことだろうか。そう、私は目の前の光景に、愕然としていた。
だって普通、考えられないだろう。たった一人で、十数人の男達を一方的に蹂躙しているのだから。
私に対して下衆な言動をした鳳崎と呼ばれる男にも、あのフードの人は余裕そうな動きだった。
「ふごっ!?づぁっ!?」
普通、両手に凶器を持っている人間に、躊躇なく立ち向かえる訳が無い。人間、凶器には嫌なイメージがこびりついている筈だ。
ナイフで刺されたら、痛いじゃ済まない。そんなこと、誰でも理解出来る筈。
なのにこの人は、凶器を持った、自身より体格の良い男相手に、臆することなく立ち向かって…そして圧倒している。
…何もかも、常人を逸脱している。身体能力も、精神力も。
(…この人は、一体…何者なの…?)
全てが、謎。謎だらけの、人。
…本当に、何者なのだろう。
そう、思わずには居られなかった。
(視点変更:鳳崎)
(…この、ガキ…!)
動きが、速い訳じゃねえ。動きが、読めねえ訳じゃねえ。
ただ…俺の攻撃が1つも当たらない。逆に、コイツの攻撃は全て俺に命中する。
「ふざ__がはっ!?」
一瞬だけ出来る空隙を、急所を。的確に狙ってくる。
一撃は、重くない。だが着実に。俺の身体には、ダメージが蓄積されていた。
「ぐほっ…何モンだぁ、テメェ…」
肩で息をしながら、そう尋ねる。
「さあね〜。まあ、そうだな…〝ゼロ〟とでも名乗っておこうか」
「あぁ?…ゼロだぁ?」
「そう、ゼロ」
「くっ__!?」
再び距離を詰めてくる。右フック、来る…!
「ぐぼぁっ!?」
違う…今のはフェイント。コイツ、右フックで俺が左半身の防御に意識を割くことで、ガラ空きになった右半身に蹴りを入れやがった。
重心から、フェイントを入れるような素振りは一切無かった。どんな体幹をしているんだ、コイツ…!
「っ…?」
奴のフードから一瞬だけ、顔が覗かれる。男だ、かなり長い灰色の前髪。
目も少しだけだが見えた…特徴的な、白銀の双眸だった。
…コイツ。
「__ま__がはっ…!」
(視点変更:天官零)
「ふぅ…大丈夫だった?」
深呼吸をして、京さんに話しかける。姿も声も問題無し、しっかり天官零を隠蔽出来ている。
「え?あ…はい」
まだ現状の把握が正確でないのか、そう戸惑った返事をする京さん。
「君も災難だったね…君みたいな可愛い子は早めに帰らないとね。こんな奴等に、何度も絡まれるのは嫌でしょ?」
「まあ…はい。そう、ですね」
「…んで、警察に連絡するかだけど」
まだ警察には連絡してない。こういう暴力沙汰になる可能性があった以上、どうしても躊躇ってしまったからな。
「警察に連絡するならそれでいいけど__」
「しません」
俺の言葉を遮ってはっきりと、そう言った。
「警察に連絡したところで…その警察官がまともな人だとは限らないじゃないですか。下手したら、この人達よりも厄介な状況になるかもしれません」
成程。確かに、警察の方が限りなく厄介だろう。
この男達は不良組織を後ろ盾に、足掛かりにしていた…だが警察が京さんを標的にした場合、背後についているのは権力。
公務を装い、あれやこれやされるかもしれない、抵抗しても〝公務執行妨害〟と人前で逮捕され、裏では…と。そう思っているらしいな。
「…ま、人それぞれだし、僕は口出ししない。警察には連絡しない、だけど早めに帰ってね。また襲われたら、僕が来るとは限らないから」
俺は背を向け、路地を抜けようとする。
「は、はい…!えっと…」
「ゼロ。偽名だけど、僕の名前」
あくまで俺の名前、零の英語読みなだけだが。
というか、名前を教える必要あったか?まあいいか。
「あ、そうだ」
あることを思い出したので、俺は京さんの方へ振り返り…。
「僕のことは口外禁止だ。お願いするよ」
もしかしたら。ゼロの姿で動く時が、まだあるかもしれない。日常でも、非日常でも。
「…分かりました。助けてくれたお礼として、ゼロさんのことは口外しません」
「…そうか。助かるよ」
助けてくれた、か。
別に、そんなつもりじゃなかったんだがな。京さんがそう思っているってことは…俺に少し、そのような不遜な考えがあって行動していた節が、あったのかもしれないな。
そんな事を考えながら俺は路地を一人、抜けるのだった。
「…ゼロさん。貴方は、なんで私を助けてくれたの…?」
そう聞こえた気がしたが、恐らく空耳だろう。
「ふぅぅ…吐き気がする…」
路地を抜けて少し歩いた後、俺はそう言葉を漏らした。
今の自分とは大きくかけ離れた性格、声…そして行動。それらを演じるのは、相当なストレスだった。
「…それにしても、パーカー持っておいて良かった…」
こういう事態が起きたときに直ぐに動けるように、常備しているパーカー。それを持っていなければ、俺は男達の前に現れなかった。警察に連絡して善良な警察官が来ても、手遅れの可能性だってあった。
…ま、そんなたらればの話はどうでもいいか。結果的に、そうはならなかった訳だし。
「…血も止まってるか」
さっき右袖にナイフが掠った時、刃先が僅かに皮膚に届いたんだよな。まあほんの少しだから、気にする程でも無い。数日あれば治るだろう。
「…お、あった」
隅に置いていたビニール袋を見つける。
中身のアイスの状態を、触ったり振ったりして確認してみる…すると、やはり僅かに溶けていた。
「…こりゃ、帰るまで持つかな…」
そう心配しながら、俺は帰路を辿るのだった。
…結論から言うと、帰宅時にはアイスは完全に溶けていた。その為再冷却して澪は食べた。なんと一度溶けても美味かったらしい。
…因みに。アイスは一度溶けると味とか食感とかが元に戻らないらしい。それと、溶けた状態で長時間放置していると食中毒のリスクがあるから、出来るだけ溶ける前に食べることを推奨する。
…翌日。どうやら昨日の一件は、メディア上の何処にも載っていないらしい。京さんが約束を違えないでいてくれて何よりだ。
…それと、京さんから視線を感じなくなった。頭を抱えて、何かを考えている様子だった。よく分からんが。
「〝私は…目を、瞠った…?…彼の、言う事が…全く、理解…出来なかった…?〟」
現在授業は現代文。担当教師は俺達の担任の椎名胡桃。
案の定…授業の進行が遅い。他の授業の半分以下のペースだ。
「あぁ…面倒臭い…比嘉君、読んで…?」
おいとうとう生徒に押し付けたぞこの教師。
「分かりました」
椎名先生が指名したのは、比嘉灯夜。派手な鸚緑色の髪に、派手な鸚緑色の瞳。高身長、痩せ型、フレームの厚い眼鏡を掛けていている。
比嘉を一言で言うなら〝THE・仕事人〟。与えられた仕事を淡々と熟すタイプの人間だ。基本的には無口でクールな性格。なので意外とモテそうなのだが…どうやら、このクラスでの立ち位置は中途半端なものとなってしまっているらしい。それもこれも、叡と蒼馬が大半を持っていっているからだろうな。
…と、説明している間に読み終わったか。
「比嘉君、ありがとうございます…?…この文は…えっと…この主人公が__あ」
授業の終わりを告げるチャイムが鳴った、鳴ってしまった。
…進んだの、この物語の冒頭部分の解説と、その次の段落の音読だけだったんだが?普通の教師がやれば20分で終わるところなんだが?
「はい…授業は、ここまでです…?」
…なんというか。この先生、ブレないな…。
(視点変更:京瑞葉)
「京さん、良かったら一緒に__」
「お断りします」
「うっ、相変わらずだね…」
いつも通り、私に関わってくる人を軽くあしらう。
…だけどつい昨日。あの男達は、このような態度をとっても執拗に__
「ぅっ…」
思い出すだけで、眩暈、吐き気。それらを何とか振り払い、それを感じさせない凛然とした態度を取り繕う。
(ゼロさん…)
ゼロさん…昨日私を助けてくれた人。抵抗も何も出来なかった私を、貞操の危機から守ってくれた人。
つまり、私を救ってくれた恩人という事になる。
他の人と違って。不愉快な視線も何も無かった、隣に居る彼のように。
ゼロさんは、信用出来るかもしれない。人間不信に陥った私が、信じられる相手かもしれない。
(…また、会いたいな)
窓からの景色を眺め、胸中でそう呟く。
「…ん?」
そう反応したのは彼…天官君、だっただろうか。私の視線の先には、外の景色の他に、彼が居る。彼が1番窓側の席、私が窓側から2番目の席なのだから当然と言えば当然だ。
…そういえば、彼はシャトルランで私を治療してくれたのを思い出した。彼もある意味で、私を助けてくれたのかもしれない。
…ただ、最低限は警戒しないといけないのかもしれない。理由は、その前髪だ。
長い前髪が、他人に彼の視線を悟らせない。何処を見ているのかが、殆ど読めない。〝もしかしたら〟がある以上、多少怖い部分があるのだ。
…まあ、私に興味無さそうな素振りだし、行動に純粋な優しさが滲んでいるから、一先ずは安心して関わっているのだが。
私は無意識に、視線を下に落とす。
「…え」
見えたのは、彼の手の甲。
右の手首辺りに、絆創膏が貼られている。
〝だからどうした〟って感じだけど…私の記憶が正しければ…。
「……」
「ん?……どうした?」
彼の顔をじっと、見つめる。この時の周囲の視線など、私は一切気にしていなかった。
「……」
「おい…なんか言ってくれ」
「…いえ、なんでも」
「……?」
私は、彼から視線を外し、読書に耽った。
…だが、文字を読む事に、集中なんか出来なかった。だって、そうでしょう?普通、それに気が付いてしまったら、落ち着けるわけなんて無い。
確かめるには、彼自身にそれを訊かなければならない…だが、それは前提として、私が昨日どんな状況にあったかを語らなければならない。
気の所為なら、昨日の忸怩たる出来事を語っただけの、デメリットしか無い行為になってしまう。
…故にどんな状況でも、訊けるわけがないのだ。
__〝貴方はゼロさんですか?〟なんて。
6話終了です。無心で書いてました。
…無心で書いたらこうなってたんです。…何がとは言いませんが、気にしないでください。
え?エピソードタイトルの要素は何処に、って?ご安心を、暗示レベルですけどちゃんとありますんで。よく読んでくれたら分かります。
それはさておき。現在、この作品に執筆意欲が傾いているので、暫くは投稿が早かったり遅かったりするかもです。
自分を鼓舞して頑張っていきます。では。




