3話 過度な期待は逆効果?
翌日。朝、俺が蒼馬と話していた時の話。
「…ふわぁ〜……眠い…」
「零、さっきから欠伸ばっかりしてるね。また澪ちゃんの課題代わってやってたの?」
「…そうだよ、悪いか?」
「いや?別に」
あの後結局、妹の手伝いに15時間くらい掛かった。あの妹…まさか課題に一つも手を付けてなかったとは。
…まあ、中1までの範囲を復習出来たので良しとしよう…殆ど覚えてたけどな。
そんな訳で、今の俺は完全な寝不足だ。多分1、2時間しか眠れていない。俺の平均睡眠時間は7時間だから凄く眠い、とにかく眠い。
「でも凄いな〜。僕はやれって言われても絶対にやらないよ」
「…家事を全部やってもらってるからな」
「それでも、家事の肩代わりだけで楽が出来るなんて、澪ちゃんからしたら安いものだよ」
「…そうなのか」
正直分からない。ぶっちゃけ、俺は勉強よりも家事の方が断然面倒だと思っている。家事は頭を使って身体を動かして…それなら頭だけ使う勉強の方が楽だろう。
「…ま、困ったら僕と叡も呼んで。手伝うから」
「さりげなく叡を巻き込んだな…まあ、ありがとう。頼らせてもらおう」
…入学して初めての授業は英語。輝く銀髪、髪色と同じ銀色の瞳。高身長で痩せ型、眼鏡をかけた男性が、教室に入ってくる。
「さて、授業を始めようか。君達の英語の授業を受け持つ、佐々木誠司。是非とも、皆と楽しく授業がしたいな。宜しく」
その自己紹介から得られた印象は〝温厚〟。優しい声、優しい口調。教師としてのレベルの高さが窺えた…気がする。
「今日は最初の授業だから、何か楽しめるのが良いかなって思って…まずは隣の席の人と、英語で会話して、会話の内容をメモしようか。メモ用紙を配るから、ちょっと待ってね」
隣の席と…つまり、俺は京さんと、か。嫉妬の視線に晒されること間違い無し。というのも、本来塩対応や無視をする京さんは、単位を取るなら教師の指示に従い、主体性を示さなければならない。
会話が佐々木先生に聞こえるかどうかは不明だが、メモを取る以上、半端なことは出来ない。
つまり〝塩対応・無視では切り抜けない〟。よって、〝この授業では京さんとまともな会話を交わせる〟。
あと、嫉妬の視線だが、隣に居るのが〝天官零〟というのが問題でもある。叡や蒼馬なら、恐らく問題無かった、寧ろ外野は黙認していた筈だ。
…俺という〝陰の者〟が、学校内でも輝いている存在と関わる。それが許せないという奴は、少なからず居るだろう。
「…配り終わったかな?それじゃあ、始めよう。出来るだけ多く話すと嬉しいかな」
そう言うと、あちこちで会話が起きた。
「…あ〜…」
俺は京さんの方に身体を向ける。京さんは顔だけこちらに向けていた。
『…名前、なんでしたっけ』
『天官零だ…自己紹介くらい聞いとけ』
『…興味がないので』
『随分と酷いな』
お互い英語で会話する…のだが。これ、会話を発展させるの無理だろ。相手は何か話題を振るような性格ではないだろうし、俺はそもそも話題を思いつかない。
『あー…えー………好きな食べ物は?』
終わってるだろ…必死に考えて捻り出した会話がこれかよ。
『…ショートケーキです』
いや可愛いな。
『…因みに俺は目玉焼きが好きだ』
『…訊いてませんけど?』
『じゃないと会話が成り立たないだろ…身長は?』
『…なんですか?身長の次は体重、その次はスリーサイズと訊く気ですか?…変態ですね』
『んな訳あるか…!』
英語がそれなりに出来るから、こういう言葉も拾ってしまう。…誰が変態だ。
『私は事実しか言いません…貴方は変態。これは決定事項です』
『まだ身長を訊ねただけだろうが…』
『〝まだ〟ってことは、それらを訊く気だったってことですね?…やっぱり変態です』
『…話が脱線してるから、取り敢えず話題を変えるぞ』
『変態だと認めた訳ですか…いいでしょう。それで、何を訊きたいんですか?』
最早、京さんの俺に対する印象が〝変態〟と固められてしまったのだが…まあいいか。いや良くねえけど。
『…京さんの趣味は?』
『読書です』
『最近の日課は?』
『読書です』
『…読書以外で好きなのは?』
『読書です』
『アンタさては真面目に聞いてないな?』
『読書です』
『もう意味が分からんぞ』
京さんが完全にbotと化した。これはもう何を訊いても無駄だな。俺はそう思い、質問を止め、身体を京さんから前の黒板に向けた。
『…もう訊かないんですか?』
『はい?』
めっちゃ間抜けな声が出た。俺は顔だけ彼女の方へ向ける。
『いや、アンタが真面目に聞いてくれないから、嫌なのかと思って気を遣って…』
『……?そうですか』
彼女は何故か、少し驚いたような表情をした。…俺、なんか変な事言ったか?
「は〜い、そこまで。会話の内容をメモしてね」
終了の合図。
…参ったな…京さんについて書けるのは、ショートケーキと読書が好きなことと、俺のことを〝変態〟呼ばわりしたことくらいだ。
それ以外に、書けることはない。
「…取り敢えず、正直に書くか」
別に〝変態〟呼ばわりされたことは書かなくても良い。だけど書くことで、現実味が増す。…もしかしたら、ふざけていると捉えられてもおかしくないが。
そして、そのメモは回収された。確認の為に、佐々木先生がプリントを一枚一枚確認して、佐々木先生が「ふふっ」と笑ったのを見て、「やってしまった」と思ったのだった。
(視点変更:京瑞葉)
私は、隣の席の彼…名前は天官君と言っていただろうか。彼の言動に、疑問を抱いた。
私は美少女だ。それは決して自惚れなどではなく、ただの客観的事実。私が言い始めたのではない。誰かが言い始めてから、私はそれを自覚した。
中学の頃から発育が良くなり、身体つきが女性のものとなっていった。そこからだっただろうか。様々な人に付き纏われ、何回も自身の貞操の危機に見舞われた。
それら全て、間一髪で回避してきたが…とにかく、私は男の人が怖い。私が知る限り、それに例外は居なかった…だが。
(…彼だけは、違った)
入学からたったの2日だが…彼は、私に靡くどころか、私を避けようとしている感じがする。そう、〝襲いたい〟〝仲良くなりたい〟でもない。〝避けたい〟。彼は私にまるで興味無し、関わることを嫌っている。
今まで私という存在は注視されていたが、彼の瞳に私は映っていなかった。それよりも大事な〝何か〟があるかのようだった。
__ちょっと、気になる。
…勘違いしないで欲しいが、私は彼に特別な感情を抱いているわけではない。そもそも、こんな短期間で好きになる理由が無い。
私はただ、彼の興味索然ぶりの正体が気に掛かるだけだ。もし、私がもっと詰め寄って、彼が鼻の下を伸ばそうものなら、即刻〝有象無象の中の一人〟だと烙印を押すことだろう。
彼に限って、そんなことは無いと思うが。…とにかく。もう少し、様子を見ることにしてみよう。
(視点変更:天官零)
現在放課後。食材やら何やらが切れかけているので、俺はスーパーで買い物中だ。
…英語の授業から、何故か京さんの視線を多く感じるようになった。それも、冷酷さが混ざっている視線では無く、もっと違う視線。
もしかしたら自意識過剰の可能性もある。俺ではなく、窓からの景色を眺めていたのかもしれない。
だが、一度視線を感じたと思うと、気になってしまうのが人間だ。よって、授業にはあまり集中出来なかった。
「…えっと…これとこれ…あと一応、涼菜さんと愛依の為に…」
商品をポンポンと買い物カゴに詰めていく。
「…よし、これでいいか」
必要な物は大体買ったので、レジへと直行…しようとしたのだが。
「…あっ」
「…?」
京さんが居た。いや、なんでこんな所に?
「…私だって、こういう所に来ることくらいあります」
「あ、ああ、そうか…って、俺口に出してたか?」
「大体分かります…貴方は分かりやすいですから」
「…そうかよ」
〝分かりやすい〟。昔よく言われたな…それからそんなことは言われていなかったから、懐かしく感じる。
「にしても、〝お嬢様〟も普通にこういう所に来るのが驚きだ」
「…〝お嬢様〟?」
京さんは、俺の発した言葉に疑問を持っていたようだった。
「?…何か間違ってたか?」
俺がそう問うと、京さんは。
「…〝お嬢様〟って、誰のことですか?」
「…え?」
そう、言った。
「いや、アンタのことだけど…」
俺がそう返すと、京さんは大きな溜息を吐き。
「私は〝お嬢様〟なんかじゃなく、ただの一般人です。〝お嬢様〟はただの噂でしょうね…鵜呑みにしないで下さい」
「…なんか、すまん」
何も考えずに噂を信じてしまったことに、少し申し訳なくなって、俺はそう謝罪した。
「別にいいです。貴方が悪い訳じゃありませんから…でも」
彼女は鋭い目つきで俺を睨んだ。…ちょっと圧が強い。
「私としては、貴方が此処に居る理由の方が分かりませんね…ストーカーですか?変態ですね」
「誰が変態だ」
またしても〝変態〟呼ばわり。京さんは俺を〝変態〟扱いしないと気が済まないのだろうか…?
「女子のスリーサイズを訊こうとする人を変態と呼んで何が悪いんですか?」
「訊いてないし訊こうともしてなかったんだが?」
そもそも、スリーサイズを訊く程の勇気は俺にはない。というか、そんな勇気がある奴は正気を疑う。相当な馬鹿でないと、そんなこと訊かないだろう。
「偶然会っただけだろ…」
「…本当にそうでしょうかね?」
疑いの視線を向けて来る。…いや、本当に偶然なんだが。
「…まあ良いです。今回の所は勘弁してあげます…変態さん、それでは」
そうして、京さんはその場を去って行った。残された俺は、呆然と立ち尽くしながら、
「…俺って変態なのか…?」
と、呟くのだった。
夜。ベッドの上で、俺は思考していた。
(…変態…か。初めて言われたな…)
そう、相当心に来ていた。記憶では、今まで誰にも変態とか言われてこなかったからな。…いや、そもそも話す相手が居なかったんだが。
というか、奇しくもスーパーで京さんと会うとは。どんな偶然なんだか。
「…これ以上関わりを増やすことはしたくないが…」
隣の席である以上、最低でも授業中に関わることはあるだろう。となると、それ以外…プライベートで関わらないことを意識しようか。
京さんは俺と関わりたくない…筈だ。だって陰キャだぞ?今、京さんと関われている理由は、単なる情けだろう…多分。
つまり俺から関わらなくなれば、あちらから関わる必要も無くなる。これぞ、win-winな関係って訳だ。
「これで関わることも無くなるはずだ…もう寝よう…」
俺はそう呟き、眠りにつくのだった。
次の日。入学して3日目。
「……」
「……」
横目でチラッと見てくる京さんから必死に顔を逸らす。この行動は〝お情けで関わっているのにその態度は何?もういい!関わるのやめた!〟という風な展開を期待しての行動だ。
「…あの」
この作戦が成功すれば、ある程度の面倒事は避けられる。というのも、全ての生徒に塩対応を貫いている京さんだが、そんな京さんが俺に関わる機会というのを与えてくれた(俺にとってはチャンスではなかったが)。
その厚意を無碍に扱えば、京さんからの印象はガタ落ち…つまり、ただでさえ俺を〝嫌い〟だったのが、〝大嫌い〟に降格する。京さんも、優しさをぞんざいに扱った俺にはさぞ憤るだろう。
京さんが俺を〝大嫌い〟となり、周囲の生徒からは〝京瑞葉は天官零が大嫌い〟という認識が広まりさえすれば、嫉妬の視線に晒されることも無い。
「…あの」
俺に対する京さんの優しさが失せれば、それだけ俺にとってメリットがある。対応が普遍的なら、天官零の〝特別感〟を俺も周囲も感じなくなるからだ。
全ては俺の計算…陰キャを舐めるな。どうやったら目立たないか、日常的に考えてんだ。
ドガアン!
「うおっ!?」
突如、俺の座っている椅子に、かなりの衝撃が伝播した。驚いて身体を震わせ、前髪が少し揺れる。
俺がゆっくりと、衝撃が来たであろう方向を見ると…。
「私が話しかけてるのに、良い度胸じゃないですか…変態さん?」
…あれ、おかしいな。俺が予想していた未来と違うぞ。
無論、椅子に衝撃を与えたのは京さんだ。かなりの威力で椅子を蹴ったと窺える…その理由は。
「なんですか、私の脚をジロジロ見て…通報されたいんですか?」
「いや…脚めっちゃ震えてんぞ…」
椅子を蹴った反動だろう、京さんの右脚は逆にダメージを受けて、プルプルと震えていた。
「…貴方の気の所為じゃ、ないです、か…」
めっちゃ痛そうじゃん。普段は大人びた雰囲気を漂わせている京さんが、目尻に涙を浮かべている。
「お、おい、アイツ京さんを泣かせたぞ…」
「え〜…有り得ない…」
「…でも泣いてる顔も可愛くね?」
「確かに…!アイツ、名前なんだっけ…まあいっか、アイツに感謝だな!」
まだ入学3日目だから名前を覚えていないことはどうでもいいとして、生徒達に何故か変な勘違いを生んでしまった。俺は泣かせてない…そう弁明をしたいが、それはそれで目立つ。
「はぁ…んで、何のようだ?」
「……いえ、なんでも、無いです」
「え?…ああ、そう、か…」
…何か用件があったからこそ声を掛けたのだとおもったのだが。何か、俺が気に障ることでもしたのだろうか。答えは分からない。
「……」
「…あの〜、そんなに睨まないでもらって」
涙目なのに、圧が凄い形相だ…はっきり言うと、怖い。
というか、俺の予期していたものと殆ど違うじゃないか…!
俺が期待した未来は〝京さんと関わらない未来〟…だがさっきの京さんは、無理矢理と言っても良い程、強引に俺の意識を自身に向けさせてきた。
…何がなんだか分からないが…俺は期待を裏切られた、ということなのだろう。
…過度な期待はしないほうが良い、と。俺はそう肝に銘じるのだった。
どうもです。…自分で書いてて思ったんです。…何この回。零が変態となった回ですかね?…うん。
〝零は瑞葉と距離を取ろうとするが、そんな対応をされたのが初めてだった瑞葉が零に興味をもって、自ら関わりに言っている〟…解りやすく言えばこんな感じですかね。
というか、まだ入学3日目です…些か密度がエグいかもしれません。でも、暫くはこのやり取りが続きます。
次回は体育の授業を書く予定です…それでは。