29話 衒学的浅慮的思考
俺と蒼馬のテスト対決の結果は、487点と500点で、蒼馬の勝利に終わった。
…まるで相手になっていないようだったが…まあ高校のテスト範囲くらいでは、アイツは手を抜かないならば確実に満点を取る事が出来るからな。
…斯く言う俺も、数学と英語は大学範囲でも満点を取れる自身はある。昔、馬鹿みたいに勉強してた賜物だ。
…そして現在、俺はいつもの三人で昼休憩の時間を過ごしている。
「いや〜、楽しかったな〜。零が本気を出してくれたお陰で、僕もやる気が出たし」
「…全然点数は届いてないが」
「まあ国語に関しては、零から教えられる事無かったからね」
「…馬鹿にしてないか?それ」
…蒼馬は才能と経験から人の心を読む。元々俺より才能があったからか、国語に関しては蒼馬の方が初めから優れていた。
因みに、他は俺の方が優れていた。今は知らんが…英語に関しては、蒼馬にだって負けるつもりは無い。
「…んで、お前等勝負で賭け事とかしてたのか?」
叡がそう訊ねるが…俺達、確か何も約束してなかったよな。
…こういう場合、普通は勝負が無効になるのが筋だ。事前に言っておかないと、契約に不正が出るからな。
事前に取り決めた約束を破らない場合、その決め事を守るのが普通。だから自身が敗北した時を警戒して、約束を制限する。だが勝負がついた後に決めた場合、結果が変わる事は無いのだから好き勝手に出来る。
…そうなったら聞かない事にして反故にするが。
「…まあ、別に単なる勝負だったから…罰ゲームとか報酬とかは特に無いよ」
…蒼馬がそう言ってくれて、少し気が楽になった。
「…まあ零が望むなら罰ゲームは用意するけど」
「俺を特殊性癖の人種に区分するな」
まるで人をドMみたいに言いやがって…俺はそういう奴じゃないってのに…。
「…ってか話逸れるが、もう入学して二ヶ月経つんだな」
ふと、叡は口にする。
…現在は6月中旬だ。4月の上旬終わりに入学してきた俺達は、二ヶ月と少しの間、この高校で過ごしてきた。長いような、短いような。過ぎ去った時には分からなくなる。
「…藪から棒だな。何か訊きたい事でもあるのか?」
「いや、特には。だが、前みたいな退屈な時間じゃ無くなったな、って。ほら、楽しい時間は早く過ぎるって言うだろ?」
「…俺は別に普通に感じるが」
「…零はもう少しドーパミンの分泌量増やそうね」
「どうやってだよ…」
謎に馬鹿にされた気がしてならない、憐れみを含んだ蒼馬の言葉に、俺は少し眉を動かす。
「まあ、そんな事はどうでも良くて…」
蒼馬は軽く息を吐く。そして数秒後、ポケットから何か出した。
「…これは?」
出されたのは…なんの変哲も無いレターの封筒だった。俺はソレを受け取る。
「…コレは?」
「さあ?なんだろうね」
「教えてくれたって良いだろ…」
「ある人が〝零に渡して欲しい〟って僕に頼んできたから、僕はそれを承諾しただけ。それ以上は何も言わないよ」
「なんだよそれ…」
「まあまあ、開けてみなって」
蒼馬にそう言われ、俺は恐る恐る中身を確認する…中には、一枚の便箋。
(…なんか、以前にも似たような事あったな)
あの時は、猪狩が俺を呼ぶ為のものだったが…今回に至っては、蒼馬を経由して俺に渡された物だから、そうでも無さそうだ。
「…えっと」
その便箋に書かれた文字に、前髪越しに目を通す。
(……いやコレ、本当に俺宛か?)
手紙に書かれていた内容は…要点だけ纏めると、こうだ。
〝突然の手紙、ごめんなさい。体育祭の一件から、貴方の事が好きになりました。私と付き合って欲しいので、放課後に図書室へ来て下さい。〟
…誰に宛てて書いたかも書いていないラブレター…本当に俺に向けて書かれた物なのだろうか。
…まあ、〝体育祭の一件〟の時点でそれなりに絞られるから…多分体育祭で活躍した人物なのだろうが。
「ん?なんて書いてたんだ?」
叡はその手紙を覗きこもうとするが…。
「残念だが見せられない。間抜けにもそこら辺に落とす事を期待するんだな」
そう言いながらソレをポケットに仕舞う俺に、叡は「ちぇ」と機嫌を損ねながらも、俺の言葉を受け入れた。
(…もしもこの手紙の差出人が書いた相手が俺だとしたら…)
…早めに手を、打っておくしかないか。
…放課後。手紙に書いていた通り、俺は図書室に赴いていた。
片開き引き戸をスライドして、室内を見回す。
(…少しは人が居るな)
見た感じ、5人くらいは居る。基本的に物静かで大人しそうな生徒達ばかりだ。
全員違うクラスの生徒達だろう…顔見知りが一人も居な──いや、一人居るな。
俺はソイツの許へと歩いていく。
「…読書中か?」
「…!?」
ソイツは話し掛けられると肩をビクリと跳ねさせた。
…桃色のミディアムヘアで、蒼玉の如き蒼の瞳孔…そして最も印象に残っている、左側頭部の大きめの黒いリボン。
「れ、零君…!?ど、どーしたのこんなとこで…?」
…以前この場で話したきり、関わりが殆ど無かった…久しく話していなかった水無月恋菜は、俺に対してそう訊ねた。
「…悪い、邪魔したかもしれない」
「いや、邪魔ってゆー訳じゃ無いけど…」
「…なら、隣に座らせてもらうぞ」
「へぁ…!?…う、うん…」
…様子が最初に話した時と違うのは相変わらずか。
普通に考えて短時間で態度が急変する理由が無い。あるとするならば、何かが要因である可能性しか無い。だとすると…。
「…俺に手紙を書いたのは恋菜か?」
「…え?」
「……悪い、忘れてくれ」
「そ、そう…」
反応を見て違う事がはっきりと分かった。
内容の真偽はともかく、恋菜がこの手紙を書いていたと思ったのだが…当てずっぽうも良いところだったな。
となると…多分差出人は未だ来ていないのか…。
「……」
「……」
……なんでこんなにも気不味い時間が流れているのか。まあ互いに会話を切り出せないからだろうな。俺から振れる会話なんて一つも無いし、恋菜もこの様子だとな…。
(…仕方無い。雑な導入をして、そこから会話を発展させるとしよう)
…このまま気不味い空気が流れ続けるのは、互いに生殺しだろう。だったら下手でも会話を組み立てていくしかない。
…そして、俺が口を開こうとした瞬間。
パンッ!!
「うぉ…!?」
少し大きめの音が鳴り響いた。不意討ちだったので思わずビビってしまった。
見れば、恋菜が自身の両の頬を両の手で叩いていた…そしてその後、何かの念を振り払うかのようにブンブンと頭を左右に振り回し、やがて何やら小声でブツブツと何か呟く。
「大丈夫大丈夫、アタシはいつもどーりに完璧に振舞える…アタシなら出来る…」
…小さすぎて全く聴き取れなかったが、先より少し落ち着いているように見えた。というか、落ち着きを取り戻している最中、という感じだな。
「…それで零君、なんか用?」
…どうやら自然体のようだ。それならなんか安心だ。
そんな事を胸中で呟きながらも、俺は質問に答える。ただまあ、〝謎の手紙で呼び出された〟なんて馬鹿正直に答えると面倒な事態になりかねないので、普通に嘘を吐くのだが…そうだな…。
「……暇になったから、本でも読もうかと思ってな。一先ず此処で何か面白そうなものが無いかと探そうとしてたところだ」
少々返答に間があったが、これで良い筈だ。
図書室に来た理由で真っ当な嘘が吐けるのだとしたら、〝本が読みたくなった〟乃至〝勉強をしに来た〟しか無いだろう。詮索されようがなんとか誤魔化せるからな。逆にそれ以外はリスクが大きいからな…避けるのは当然だ。
「へー、どんな本?」
「いやさっき言っただろ、まだ探し始めてもいない」
「違う違う、ジャンルの話。どーいうジャンルが好きで、どーいうジャンルは興味がないのかって事」
「成程…」
ジャンル、か…俺、別に本あんま読まないんだよな…時間を潰したい時とか、誰とも話したくない時とかになんとなく読むくらいだ。
とはいえ、下手に返すと食いついてくる可能性も高い。慎重に答えるのが吉。
「…そうだな…純文学」
「おー…意外なのが来たね…」
「…そんなに意外か?」
「まーね」
「随分と酷いな…趣味を否定された気分だ」
「ッ、なーんでそんなに悲観的に捉えるかね……──いーと思うけど…?アタシはね…」
「…そりゃどうも」
互いに軽口を交わす…というか気が付けば話す事に夢中になってしまっている。
…まあ、それはそれで良いのだが。静かな図書室内では会話が周囲に丸聞こえな点にさえ目を瞑れば、だが。
さっきから周囲がコソコソと何か話している。まあ多分俺への悪口か何かだろう。そういう事にしておこう。
「あ、そーいえば……──零君、本読まなくていーの?」
「?ああ、別に特段読みたいって訳じゃ無いからな。暇だっただけだから」
しっかりと首尾良く詭弁で答え、自家撞着の無いようにする。
「…それじゃ、さ」
恋菜はそう口に出し、鞄の中からある物を取り出した。
「…それは?」
「テスト。アタシ、成績そこまで良くないから。零君に教えて貰おーかな、って」
「…俺の成績についてなんで知ってるんだ」
「いや、今回のテストで、前回の合計点一位の〝お嬢様〟に点数で勝ってたって噂になってるから」
…京さん意外に点数は見られていないと思っていたのだが…誰かに見られていたか。一体、誰が流したのやら。
「暇ならアタシの結果見てくれない?まー別に断ってもいーけど…」
…まあそのくらいなら良いか…多分。
「分かった、ちょっと見せろ」
「うん──って、近くない…!?」
「…?ああ、すまん」
距離感が近くなってしまったようだ。以前似たような事があった気がするが…まあ、良いか。
「…取り敢えず、どの教科から教えて欲しいんだ?」
「う、うん、えーっと──」
…と、その瞬間。ガラガラと、図書室の扉が開いた。
反射的にそちらを見ると…言うのは憚られるが、見るからに内気そうな女子生徒が立っていた。
…まあ読書に来たのだろうと思い、俺はそちらを向く事を止めたのだが…。
「……」
彼女は俺の前まで来て、そこで止まった。
…セミショートで飾り気の無い黒髪、普通と言わざるを得ない茶色の虹彩…良くも悪くも〝何処にでも居る少女〟といった感じだ。
「………どうかしたか?」
「えっ、と…そ、の…」
…声が小さいが…この静かな空間なら、耳を澄ませばどうにか聴き取れそうだ。
「……」
「手、紙…」
「……ああ、コレか」
俺はポケットからその手紙を出す。
…どうやら、彼女がこの手紙の差出人らしい。どういう意図があってこの手紙を書いたのか、どういう意図があってこんな内容の手紙を俺に届けたのか。
…それを、確かめる必要がある。
「…零君?」
「悪いな恋菜。少し席を外す」
「?別にいーけど…密会?逢瀬?ランデヴー?」
「全部一緒の意味じゃねえか…違うし。そもそも、だったら元からこんな所居ないしな」
俺は椅子から立ち上がり、そして内気な女子生徒に向けて言う。
「場所を変えた方が良いか?」
「ぁ…うん…」
彼女は小さく頷くと、出入り口の扉の方を向き、俺に一瞥をくれる…恐らく〝付いて来い〟という事だろう。
「…また後でな、恋菜」
「う、うん…」
…そして、俺達は図書室から出る。
…歩く事、約2分。階段を昇り、やがて辿り着いたのは。
「──屋上か…」
屋上。ラブコメならば超ド定番な告白スポットである。現実ではどうなのかは知らんが。
扉を開けて、外に出る。梅雨の時期だが、今は雨は降っていない。少し薄暗い雲が空を覆っているだけだ。
…ほんの少し屋上を歩き…やがてお互い立ち止まって…そして、俺は訊ねる。
「それで。この手紙の差出人はアンタなのか?」
「……」
俺の問いに、彼女は何も答えない。背を向け、ただ俯くのみ。
(どうするか…)
ほんの少し悩んだ末…一先ず手紙の真意を訊いてみる事にした。
「あの手紙を書いたなら答えてくれ。アレに書いていた内容は全て事実か?」
「…………ぅ、ん」
今度はこちらを振り向き、しっかりと頷いてくれた。そしてそのままの勢いか、彼女は俺に対して言葉を紡ぐ。
告白の言葉を──
「…ずっと、前から…好き、でした…私と──」
「……ちょっと待て」
その矛盾に気が付いた瞬間、俺はすぐにその言葉を遮っていた。
「ぇ…?ぁ…」
俺が言葉を遮った事への理解が追いついていないように見える彼女は、無意味な瞬きと視線移動を繰り返していた。
…どうやら、概ね俺の予想通りのようだ。
「……」
俺は屋上を歩き回る。ただひたすら、闇雲に。
…そして、見つけた。
「……あまり感心しないな。人様の告白現場を覗き見するなんてな」
…そこに居たのは数人の男女。悪質にも見つかりにくい場所…この屋上で最も死角が多い場所で聴き耳を立てていた。
「うげ、バレた…!」
「やっぱこの人数無理があったんじゃないの!何人か帰って貰って…」
「リアルタイムの方が良いだろうが…!皆そういう意見の筈だったって…!」
…何やら下らない内容で話しているようだ。というか…この感じ、もしかして…。
「あ〜、というわけで。嘘告でした〜ドンドンパフパフ〜」
「………」
「あ〜マジ白けたわ〜、しょーもない。もう少し巧くやってくれよ…なあ?三上有咲さんや?」
「ご…め、ん…」
…成程、これは俗に言う〝罰ゲームで告白〟とか〝嘘告〟とかのノリか。
…これらの類は普通に傷付く人が多い。何故ならばこれらは、必ずと言って良い程に存在する〝傍観者〟〝見守り人〟が悦に入る為だけに作られた悪質なシチュエーションであるからだ。
告白する側が愉しむケースもあるにはあるが、今回は違うと見て取れる。告白した女子生徒…三上有咲と呼ばれていたな。三上さんが強制的に告白する場面になったのは確実だ。
何故なら、手紙の内容はこうだった。〝体育祭の一件から、貴方を好きになりました。私と付き合って下さい〟。しかし先程三上さんが口にしたのは〝ずっと前から好きでした〟…と、〝時間〟が違う。告白に脚色を加えるものだとしても、流石に自己矛盾を起こすとは考えにくい。
…だったら一番近しい結論は…〝三上有咲は罰ゲームか何かで俺に告白するよう強制された〟という事。手紙を書いた奴は恐らくこの告白の傍観者の中に居るだろう…呼び出すのに手紙が必要だが、三上さんはそんなもの書きたくない。だからこそ誰かが代理で書いて、俺を呼び出した。
…気に入らないやり方だな。
「………」
「え?何さっきからずっと黙ってんの?…アンタもしかして…有咲が本気でアンタの事好きだと思ったの?アハハハッ!!無いわ〜!アンタみたいな道端で発泡スチロール食ってそうなミールワームが告白されるなんてある訳無いでしょ!アハハハッ!おっかし〜!」
「お前笑いすぎだろ!アッハハ!!確かにこんな陰キャが告白されるとか天地がひっくり返ってもねーけど!ハハハッ!」
…悪口雑言で溢れ返っている悪意の塊。現代社会の闇を煮詰めたような嗜虐的な攻撃性。
ってか言葉の攻撃力…レスバ強めの方ですか?
「有咲も有咲で何マジになってんの?超ウケるんだけど!」
「ホントそれだよな!なんか真剣にやったんだけど!ギャハハハッ!」
「ぁ…ぇ…」
…マズいな。三上さんが悪意に耐え切れていない。耐性が身に付いていないか、元々悪意に弱いタイプか…どちらにせよ、三上さんの心は正常では無い。
…だったら、と。俺は傍観者共へと一歩踏み出す。
──ここは一つ、道化を演じる事にしよう。
「──随分と稚い罵倒ばかりするんだな。やる事が幼稚なお前等にはお似合いだ」




